図書室の推理勝負~梟館殺人事件~

Win-CL

第1話

 ――私の通っている学園には『名探偵』がいる。

 もちろん、実際に探偵として働いているわけじゃない。

 これはあくまで、あだ名の話。


 彼は私より一学年上の、三年三組にいる男子生徒で。クラスメイトから寄せられたちょっとした事件を、瞬く間に解決するからそう呼ばれていた。


 文武両道、才色兼備。

 女子生徒の間では、年上年下関係なく人気の存在。

 そしてまさかの、ファンクラブまであるというオマケ付き。


 勉強もできて、運動もできて、容姿端麗。

 学園の生徒からは『名探偵』ともてはやされて。

 ……そんなに完璧な人間っている?


 だから私は、ちょっとした推理勝負を吹っかけてみたのだ。


「気になるんです! 先輩が本当に『名探偵』と呼ばれるだけの実力があるのか!」

「え……?」


「一つ、先輩には推理勝負をしていただきたいと思いまして!」

「はぁ……別にいいけど……」


 やった!


 神がかったスペックと相反して、人付き合いに難あり。

 そんな評判はどこへやら。


 ――とはいえ、素人の私が先輩に真っ向勝負をして敵うわけがない。だからここは……探偵よりも探偵を知り尽くしているお方(?)に、代わりに戦ってもらおうと思う。


 いぶかしげな表情をしている先輩を、図書室まで引っ張ってきた。


「無くなった本でも探させる気か?」


「いえいえ、そんな時間のかかることはさせません! 先輩に立ち向かってもらうのは――こちら! じゃん! 『ふくろう館殺人事件』!」


 そう言って取り出したのは、一冊の本でございます!

 ミステリーの棚から私が選んだ、この分厚い一冊!


「この中身を私がざっと読んで、ヒントを出します。先輩には、その犯人を当ててもらいましょう!」


 そう、推理小説の犯人当て! プロ作家の書いたミステリー作品なら、先輩の相手にふさわしいと思うの。先輩は嫌そうな顔をしたけど、内容を聞かずに受けた方が悪いよね。


「それじゃあ、どれどれ――」


 ――嵐の中、大きな洋館が舞台。そこにはキャンプに来ていた数人の若者と、屋敷の主人、その娘家族の三組が閉じ込められていた。


 うんうん、典型的なクローズド・サークルものね。


「えーっと、殺されたのは一人だけ。屋敷の主人だって」

「……殺された時の状態は?」


 あらすじを読んだ段階で、先輩も食いついていた。

 流石は『名探偵』! 勝負から逃げない! ノリも良い!


 ――鍵のかかった部屋の中で、主人が背中にナイフを刺されて倒れていた。


 もう少し詳しく言うと、娘の一人が主人を呼びに行き、異変に気付いた。男衆を呼んで扉をこじ開けた時には、既に息絶えている状態。


 そして――手には小さなフクロウの置物が握られていた。


「主人はフクロウ好きで、コレクションが屋敷中に飾られていたって」

「ダイイングメッセージはフクロウ……。他には?」


 こうして、向かい合わせで事件について話していると……。


 なんだか、本当の探偵と助手みたい。

 少しドキドキしながら、ページを捲って情報を伝える。


「他には何もなし。わざわざその置物を取りに動いた形跡だけ残ってる。――あ、ここから先は推理の証拠集めに入るっぽいから、ここまでの情報だけで推理してください!」


 探偵役の主人公が既に犯人の目星をつけたようで、そこから証拠固めに動いている。我ながら無理難題を言っているとは思うけど、物語の展開がそうなっているのだから仕方ないよね。


 この物語の主人公ができるんだから、きっと先輩もできるはず。

 そう、『名探偵』ならできないと!


「…………」

「…………」


 先輩が考え込む姿は、実に絵になる。様になる。

 安楽椅子探偵というのは、まさにこのことを言うのだろう。

 流石は我が学園のシャーロック・ホームズ。

 そうなると、今の私はワトソンくん?


「……屋敷の主人の、死ぬまでの台詞を全部読んでくれ」


 先輩の要求は、実にあっさりしたものだった。

 台詞の中にヒントがあると睨んだらしい。


「え? あ、あぁ。いいですよ。『こんな雨の中、外にいると危ない。今日はここに泊まっていきなさい』――」


 そうして冒頭まで戻って、順番に主人の台詞を読んでいく。


 この主人の台詞って、死ぬまでにどれぐらいあったっけ。

 五十? 百? 全部読まないと、流石にフェアじゃないけど……。


 …………。


「……ふぅ……はぁ……。う、『うちの女神たちは、全員見事にその通りに育ってしまったな』――」

「――っ。そこで止まってくれ」


 ずっと音読し続けるのは、思っていた以上に唇が疲れることを知った。

 ここで止まってくれたのはありがたいけど……。

 私にはこの台詞が、そんなに重要なものだとは思えない。


「主人の娘の、それぞれの特徴はどこかに書いてあったかな?」

「え、えーと……」


 長女はバリバリのキャリアウーマンで、今では二つの会社の社長をしている。

 次女は一際頭がよく、大学で教授をしている。

 三女はとびきり容姿に優れていて、ひときわプライドが高い。


 主人が参加した最後の晩餐。

 全員が揃った席での会話だった。


「犯人は次女だな」

「え――」


『ふむ』と頷いた先輩が、そうポツリと呟いた。

 急いで私は、本を最後のページから遡っていく。


 ……合ってる。犯人は次女だ。


「……どうしてそう思うんです?」


「理由を話さないとダメか?『犯人を当てる』のが推理勝負の条件だったと思うんだけど」

「う゛……」


 確かに。……でもこれだと、当てずっぽうに答えた結果、たまたま当たったという可能性も無くはない。やっぱり推理なんだから、筋道を立てた説明が欲しい。


 もしかして、勝負の内容を言わなかった自分に対しての仕返し?

『そんな大人げないこと……』と目で訴えてみると、先輩の方が折れてくれた。


 ……逆に言えば、それほど自分の推理に自身があるってことだ。


「まぁいいさ。……主人は娘三人を女神と呼んだ。それが指しているのは、特徴からしてヘラとアテネとアフロディーテだ」


 ヘラ? アテネ? アフロディーテ?


「それが何で『次女が犯人』というのに繋がるんですか」


 私も、いま最後の方を読んだことで犯人を知ったので、その答えに至る過程が分からない。本格的な『名探偵』による、推理の答え合わせである。


「――フクロウだよ」

「フクロウ? ダイイング・メッセージの?」


 主人の趣味であるフクロウと、女神と重ねた三人の娘。

 そこまで説明されても、私には意味がさっぱり分からない。


「フクロウは、女神アテネの聖獣だ」

「……ホントだ」


 はっきりと、きっちりと、丁寧に。

 作中の探偵が、ギリシャ神話の『パリスの審判』について解説している。

 ……完璧な推理だった。完敗だ。


「この推理勝負、俺の勝ちだな。……もう帰っていいか?」


 そう言うなり、そそくさと鞄を担いで図書室から出ようとする。

 ちょ、ちょ、ちょっと待ってっ!?


 急いで本を片付けて、靴を履く先輩の脚にしがみついた。


「私の完敗ですから、なにか奢ります!! 帰りに! 帰りにどこかに寄って帰りましょう!?」


 あれ。ぜんぜん先輩が止まる気配がない。

 えええ……? こんなうら可愛い女子を引き摺りながら進むだなんて!


 それなら――私も“切り札”を出すしかなかった。


「――フクロウカフェ!」

「…………」


 そこでぐいぐいと前に出ていた先輩の脚が止まった。

 ……なんとか気を引くことができたみたい。


「この近くで新しくできたんですよ! 割引券だってあるんです!」


 ――この勝負、私の勝ちだ。

 なんたって、このために私は先輩の事を徹底的に調べ上げたのだから。


 先輩がこの本を既に読んでいて、それでいて推理をした振りをしていることも私は全部知っている。全て織り込み済みで、この推理勝負をふっかけた。この本も、私が事前に場所を確認して、狙って選び出したのだ。


 ……なんで先輩がこの本を読んでいる事を知っていたのか。


 それは図書カードにしっかりと書いていたから。

 それはもう、文武両道の先輩のことだし?

 当然の如く頻繁に図書室を利用してましたとも。


 ……それでは、なんで先輩がこの本を読んだのか?


 先輩がミステリー好きだから?

 先輩が『名探偵』って呼ばれる程だから?


 ううん、そうじゃない。


 学園の中では隠しているけど――


「……今回だけだぞ」


 ――実は先輩は、大のフクロウ好きなのだ。

 フクロウと名の付くものには、全て手を出してしまうほどに。





 (了)

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