変身魔法、解いたら大賢者

小暮悠斗

エピソード1 過保護な梟

「勇者、下がってください!! 魔法使いは勇者の戦線離脱の援護を! 僧侶はパーティー全員に回復魔法をお願いします」


 少年は的確に指示を出す。

 彼は賢者見習いである。

 かつて魔王を倒した伝説のパーティー。その頭脳、大賢者の孫である。

 肩には、尊敬する祖父からもらった鳥――梟を止めていた。

 祖父も父親――少年の曾祖父から梟をもらっていたらしい。

 賢者一族の習わしのようなものだ。


 祖父に憧れ、パーティーを組みダンジョンに繰り出す日々。

 実力はそこそこ。

 可もなく不可もなくといった感じであった。


「勇者、いけますか?」

「おう。大丈夫だ」


 二人は頷き合い、勇者は地面を力強く蹴った。

 すぐさま賢者(見習い)が指示を飛ばす。


「魔法使い、援護射撃を!」


(あぁぁぁあああッ!? 違う違う。そうじゃあない)


 魔法使いの放った魔法が炸裂すると同時に、モンスターは咆哮をあげる。

 パーティーの面々は一様に「やったか」と視線を合わせている。


 残念ながらやれていない。

 目の前のモンスターの見た目は、巨大なハリネズミ。

 名前はニードルラット。別名、針飛ばしネズミ。

 体力が一定値を下回ると全身の針を敵に向けて発射。

 この針は相当固く、貫通力もある。

 見習いパーティーでは大怪我必至である。


(仕方ない。あまり手出ししたくはなかったが……)


 少年の肩に止まっていた梟は翼を広げる。

 同時に空中にいくつもの魔法陣が現れる。

 人間の動体視力を超えた速度で飛んで来るモンスターの攻撃。

 宙に浮かび上がった魔法陣は、その攻撃すべてを撃ち落とす。


「ホーッホッホー」


 まるで老人の高笑いのごとき鳴き声をダンジョンに響かせる梟。

 呆気にとられる仲間を尻目に、賢者の少年は「今のうちに脱出するんだ!!」と声を荒げる。

 その声に我に返ったパーティーの面々の行動は迅速だった。

 脱兎のごとく来た道を引き返す。

 一人運動の苦手な僧侶が「待ってよ~」と息を荒げながら仲間の背中を追いかける。


 モンスターの前には少年賢者の梟が残っていた……。




 ###




(さてと。そうじゃあ、チチョッと済まして帰るかのぉ)


 体毛を逆立てるネズミ。

 威嚇というより、虚勢を張っているという感じだ。

 野生の勘というヤツだろうか。

 自らの命の危機を感じ取っている節がある。


 別に命を奪いたい訳ではない。

 しかし時と場合による。

 今回の場合は許すわけにはいかなかった。

 なんせワシのかわいい孫が怪我をしそうになったのだ。


(ネズミ風情がワシの孫を傷つけていい訳がない!!)


 梟は翼を大きく広げる。

 風を捕まえて上空に舞い上がる。

 ネズミを眼下に捉える。

 翼を羽ばたかせてホバリング。

 狙いを定めてから、羽ばたくのを止めて降下する。

 音もなく迫るその姿はネズミには恐怖でしかない。


 懸命に逃げるネズミ。

 しかし梟の方が速い。

 見る見るうちにその距離は縮まり、梟の鋭い爪がネズミに触れた――

 掴む寸前でネズミは巣穴に潜ってしまった。


 梟は岩壁にぶつかる間際に急上昇。

 激突するのを回避。


「ホッホーッ!!」

(忌ま忌ましいネズミめ。必ず屠ってくれるわ!!)


 梟は三度翼を広げた。

 魔法陣がダンジョンを埋め尽くす。

 過剰な攻撃――オーバーキルである。


「ホッホッホーッ!!」


 ――瞬間。


 複数の爆発が起こる。

 頭に「大」を付けなくてはいけない規模だ……それでも足りないかもしれない。

 連鎖する爆発はダンジョン内のモンスターすべてを焼き尽くす。

 ネズミの巻き添えでダンジョンモンスターたちは全滅。

 ついでにダンジョンも崩壊した。



 瓦礫の山と化したダンジョンの前――上空では昼間だというのに梟が「ホッホッホーーー!!!」と鳴いているのを多くの人が目撃した。





 ###





 自宅へと戻った梟は、少年賢者の腕に舞い降りる。


「ホーホーホー」


 甘えるように擦り寄る梟を少年賢者は拒む。


「ち、ちょっとおじいちゃん、やめてよ!」


 叱られてしまった。

 昔、おじいちゃん臭い、と言われた事がショックで、人間の姿で抱き着くような事は止めた。

 変身した姿であれば臭いなんて事は言われないはずなのに……


「ホホーホー」

「いい加減もとの姿に戻りなよ」


 また叱られてしまった。


「ホロッホー、ホロッホー」

(わかった、わかった)


 ボン、と煙りを上げると梟はその姿を変える。

 正確には元の姿に戻ったというのが正しい。

 現れたのは大賢者。


「おじいちゃん。もうそろそろボク一人でもやれるよ」

「何を言っているんだ。今日も一歩間違っていたら怪我をしていたんだぞ? まだ一人でパーティーをまとめあげるのは無理だ。もう少しワシと修業してからでもいいだろう?」


 内心では(まだ孫と二人きりで修業をしたい――二人きりの時間……)などと大賢者は考えていた。

 そんな大賢者の心を見透かすように孫は冷静に「そろそろ孫離れしてください」と突き放す。


 絶望した顔で、そんなぁ、と呟く大賢者。

 かつての栄光は見る影もない。

 今では孫を溺愛する一人のおじいちゃんだ。


 はあ、とため息を零しながら少年賢者は、フッと表情を柔らかくして尊敬する祖父――大賢者に修業をつけてくれるように頼む。


 なんだかんだ言って、少年賢者もおじいちゃん子なのであった。


「ホッホッホッ」


 高笑いしながら大賢者は顎に蓄えた自慢の髭を撫でる。

 孫は、尊敬の眼差しで大賢者を見つめていた。


「どんな修業をしようかのぉ」

「ボク、今日おじいちゃんが使ってた魔法を覚えたい」

「な!? ダ、ダメじゃ! あれは危ないんじゃ!!」


 そんな老人と少年のやり取りを見ながら、少年賢者の仲間たちは顔を見合せる。


「ほんと仲いいよな。あの二人」

「過保護が過ぎますけどね」


 ケタケタ笑い合う仲間たち。


「ま、オレたちも似たようなもんだよな」


 そう言う勇者の頭には梟が止まっている。


「仕方ないですよ」


 どこか悟った様子の僧侶の肩にも梟。


「もっと強くなるほかない」


 決意を新たにする魔法使いの杖にも梟が止まっていた。



 ###




 梟たちはいつも一緒。

 かつての勇者パーティーの傍らにも常に梟たちがいた。

 いつの時代も梟たちは過保護である。

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