恋の成就はフクロウ頼み?
天鳥そら
木彫りのフクロウ
気づいているのは俺だけかもしれない。いや、もしかしたら、他にも気づいたヤツがいるかも。だけど、こんなこと怖くて誰にも聞けない。
「おはよう。将太君」
「あ、おはよう、真奈ちゃん」
(う~ん。30点。もう少し元気な声だと真奈が喜ぶのに)
突然頭に響いた声にドキリとして、思わず声をあげた。
「お、おはよう!真奈ちゃん!」
俺が大声を上げるときょとんとした真奈ちゃんが、口元に手をあててくすくすと笑う。思わず顔が赤くなった。
「そんなに大きな声出さなくても、聞こえるよ。しかも2回言ってる」
俺の奇妙な行動に気を悪くするでもなく、軽やかな笑い声をあげる。変に思われなかったことにほっとして、真奈ちゃんの鞄についているキーホルダーに目を向けた。木彫りのフクロウが揺れている。友達にもらった北海道のお土産で、おそろいでつけているんだそうだ。その木彫りのふくろうが、大きく瞬きをした。
(ね。真奈、喜んだでしょ)
この声が木彫りのフクロウからするだなんて、誰が信じるだろう。持ち主の真奈ちゃんだって知らないにちがいない。
俺と真奈ちゃんは同じ小学校に通い、そのまま同じ中学校に通った。一度も同じクラスになったことがない俺らは、何の関わりもないまま同じ高校に進学し、たまたま同じクラスで隣の席になった。
知ってはいても関りがまったくないという偶然は、知り合いの少ない高校での会話の突破口になった。小学校のこと、中学校のことも話せる相手がいるのはこの高校で、真奈ちゃんただ一人きりだった。話してすぐに好きになる自分に気がついたけど知らんふり。それが変わったのはほんの一週間ほど前のこと。
ゴールデンウィークが終わり、大型連休を利用した北海道旅行のお土産を、友達からもらったんだと嬉しそうに話してくれた。
「フクロウ?かわいいね」
「うん。木彫りなんだって。小さな工房で買ったんだって」
「北海道か……俺は家でゲームしてたよ」
「私は、埼玉にいる親戚の家に挨拶」
他愛のない話をしながら、フクロウの木目を人差し指で撫でた時、頭の中に声が響いた。
(二人でデートすれば良いのに)
「え?」
真奈ちゃんが自分に言ったのかと思って、顔をあげると真奈ちゃんは一体どうしたのかと小首をかしげる。どうやら、空耳だったらしい。
(小学校も中学校も高校も一緒で、こうして気が合っているのに、何をもたもたしているのかしら)
俺はきょろきょろとまわりの様子を伺う。教室内はがやがやしていたけれど、自分たちに何かを話けているわけではなさそうだ。変な声が聞こえるってもしかしてヤバい?
(大丈夫、大丈夫。ヤバくない)
いや、めっちゃヤバい。関西人でもないのに関西弁がでしまった。もしかしたら熱でもあるのかもしれない。今日は早く帰って寝よう。そんなことを考えているともう一度声が聞こえた。
(今日、まっすぐ家に帰るなら、真奈を誘ってあげて。喜ぶから)
俺が木彫りのフクロウを眺めると、ぱっちりとした目が瞬きをした。
それからだ、声が聞こえるのは真奈ちゃんがフクロウのキーホルダーを持っている時だけ。こうすると真奈ちゃんが喜ぶというので、うっかりその通りに従っている。それがいちいちうまくいくので、このフクロウは恋の守護者だと勝手に解釈することした。
「でもさ、持ち主のことは応援しないわけ?」
真奈ちゃんがトイレに行っている隙を狙い、まわりの人に変に思われないように気をつけながら話しかける。フクロウは瞬きをして答えた。
(何か困ることでも?)
「だってさ……。真奈ちゃんに他に好きな人がいたら……」
そう、俺と真奈ちゃんはつき合っていない。お互い過去に好きだった人のことを話したことがあったけど、俺のことは絶対好みじゃないなって思った。真奈ちゃんはサッカーとかテニスをやってるような体育会系が好きみたいだ。俺とはずいぶん違う。ちょっとへこんだけど仕方ない。今はこうして仲良くしている関係が心地よかった。
(バカね。そんなこと気にしてるの)
「大事なことだと思うけど」
(気になるなら聞いてみたら?)
「誰に?」
(真奈によ。決まっているじゃない)
「なっ!何言って…」
(いいじゃない。そろそろ次のステップに進みたいんでしょ?あ、真奈が戻って来たわ)
「いや、ムリムリムリムリ!」
「何が無理なの?将太君」
背後から真奈ちゃんの声がして俺の心臓が大きく跳ねる。慌てて何でもないと取り繕おうとする俺の頭に大きく声が響いた。
(はい。そこで好きですって言いなさい!)
「お、俺は、真奈ちゃんが好きです!」
勢いよく立ち上がり、気をつけした俺は思わず叫んでた。真奈ちゃんは口をあんぐり開けてから、顔がみるみる赤くなっていく。それから両手を口にあてて、嬉しいと呟いた。
想いが通じ合った次の日、初めて待ち合わせをして学校に行こうと約束をした。いつもより早く起きて、身支度を整えて、真奈ちゃんよりも早く着いた。もしかして張り切り過ぎたかと思っていると、真奈ちゃんが息を切らして走ってくる。
「ごめん。早く出てきたのに」
「俺が早すぎたんだ。気にしないで」
真奈ちゃんの鞄の方をちらりと見る。いつもゆらゆら揺れている、木彫りのフクロウがなくなっていた。
「真奈ちゃん、フクロウのキーホルダー……」
俺が鞄を指さすと、真奈ちゃんはちょっと残念そうな顔をした。
「金具が緩んでたみたいでね。昨日、家に帰ったらフクロウの部分だけなくなってたの」
どこかで落としたみたいと言う真奈ちゃんに、そっか、残念だったねと小さく呟く。フクロウの声はもう聞こえない。今度は自分で考えないと。真奈ちゃんが喜びそうなこと。
「あのさ、手、つながない?」
「え?」
顔が真っ赤になる真奈ちゃんを見て、マズかったかなと心の中で舌打ちをする。真奈ちゃんは鞄を肩にかけてから、右手をそっと差し出した。
「い、いいよ」
おずおずと差し出された手をそっと握る。
(うん。合格)
どこかで、あのフクロウの声が聞こえたような気がした。
恋の成就はフクロウ頼み? 天鳥そら @green7plaza
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