「また会いに来たよ」

桝屋千夏

第1話 「また会いに来たよ」

 その日、僕は奇妙なおじさんに出会った。


 いつもの友達と帰るいつもの帰り道。

 何故だか今日は教科書を詰め込んだランドセルがやけに重たく感じる。

 友達といつもの曲がり角でバイバイしてからまっすぐ家に帰る。

 コンビニを少し行ったところに大きな公園があって、僕は下校ルートで決められた道を外れて公園に足を踏み入れる。

 僕だけのいつもの下校ルートだ。

 ほんとはダメなんだけど公園を通った方が早く家に帰れるもん。


 その日、僕は奇妙なおじさんに出会った。

 公園の隅っこにあるブランコを一人で漕いでるおじさん。

 怪しいなぁ、怖いなぁ。

 でも、そのブランコの側を通らないといけない。

 僕はなるべく距離を取りながら歩いていると、おじさんと目が合ってしまった。

 するとおじさんは、にっこり微笑んだ。


「坊や、一人か?」


「うん」


 少し怖そうな見た目だけど、つぶらな目と温かい声が優しくてつい返事をしちゃった。

 知らない人に話しかけられても返事をしちゃいけないってママに言われてるから、このことは内緒にしなくちゃ。


「そうか。ところで、今日おじさんを見たことは秘密にしておいて欲しいんだ」


「どうして?」


「それは、おじさんがイセカイからきた魔法使いだからだよ」


「イセカイ?」


「あぁ、そうだな。不思議の国からきた妖精と言えばわかるかな?」


「わかる」


「よしよし。もしおじさんのことを秘密にしておいてくれるなら、とびきり面白いお話をしてあげよう」


 優しいおじさん。

 おじさんはきっと寂しいんだな。

 寂しいから不思議の国から僕たちのところにやってきたんだ。

 でも、来たばっかりで友達がいない。

 きっとそうだ。

 僕が友達になってあげよう!


「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある時、おじいさんは」


「知ってる!山に行ったんでしょ!桃太郎だ!」


「ほほう!坊やは物知りだな」


 おじさんは僕の頭を撫でながらいっぱい誉めてくれた。


「じゃあ、これは知ってるか?昔々あるところにカクヨムコンというコンテストがありました。読者選考という……」


 おじさんの話はとっても面白くって気がつくとすっかり暗くなり始めていた。


「おじさん、もう帰らなきゃ」


「あぁ、そうなのか」


「ねぇ、おじさん。おじさん明日もいるの?」


「おじさんはやらないといけないことがあるからな。しばらくここにいるよ」


「じゃあ、明日も会いに来るね」


 僕はおじさんに精一杯手を振ると、おじさんは満面の笑みで手を振り返してくれた。


 知らないおじさんと話してたのがバレたらママに怒られちゃう。

 僕はママへの言い訳を考えながら、足早に家に向かった。


 ******


 おじさんと出会ってからというもの、僕は毎日おじさんと話してから帰るのが日課になっていた。


「また会いに来たよ」


 それは僕とおじさんの合言葉。


「今いくよ」


 おじさんは茂みの奥からごそごそと出てくる。

 もともと妖精さんだから人間の体が慣れないみたいで、ぶつぶつと嘆いていた。

 服はいつも同じ格好でボロボロだけど、この方が落ち着くらしい。

 元々いた世界では、ボロボロの服が普通なんだって。


 おじさんはいつものようにゆったりと地面に座ると楽しい話をいっぱいしてくれた。


 息子の真似をして電話でお婆さんを騙す大学生。

 舐めると幻覚が見える白い粉。

 国から税金を巻き上げた老夫婦。

 会社から税金を巻き上げた外国人。

 不適切動画の投稿で営業停止になるお店。

 不適切動画の投稿で活動停止になるゆるキャラ。

 不適切コメントの投稿で炎上するお店。

 業績不振なのに海外進出を目指す家具屋。

 業績不振なのに月に行こうとする服屋。

『#METOO』の意味を理解せず騒ぐ男性政治家。

『リベラル』の意味を理解せず騒ぐ烏合の政治家。


 おじさんの話は本当にあった話みたいですごく面白かった。


 ******


「また会いに来たよ」


 今日もいつもの合言葉を茂みに向かって叫ぶ。

 おじさんはいつものように、のそのそと出てきた。

 でも、いつもと違って元気がない。


「どうしたの、おじさん。元気がないの?」


「あぁ、薬が切れちまってな」


「お薬飲んでるの?」


「あぁ、魔法のお薬だ。魔法の白いお薬」


 そしておじさんは突然お別れを言ってきた。

 僕は驚いて大きな声で「ええ!」と言ってしまい、そんな僕を見ておじさんは大声で笑う。


 おじさんの話によると、明日にはここから立ち去るらしい。


「いいかい?明日からここにはすごく悪い化物が住み着くんだ。おじさんはそいつに見つかると食べられちゃうんだ」


「怖い奴なの?悪い奴なの?」


「そうだ。怖くて悪い奴だ。おじさんも食べられる前にここを移動しなくちゃならない。だからもうここには来ちゃダメだよ」


「そんなやつ、僕がやっつけてやる!」


「ダメだ。言うことを聞かない子供は歯を抜かれて死んじゃうぞ?」


 僕は怖くなって、黙って話を聞いていた。


 ******


 いつもの帰り道。

 来ちゃダメだって言われたけど、やっぱり気になる。

 おじさんは無事に不思議の国に帰れたのかな?

 もし、悪い奴に捕まってたら僕が退治してやるんだ!


 いつもの茂みに近づくと、奥の方に人影が見えた。

 おじさんだ!

 僕は嬉しくなって、合言葉を叫ぶ。


「また会いに来たよ」


 嬉しくって、何度も叫ぶ。


「また会いに来たよ」


 すると茂みがガサガサと揺れ、中から知らない男の人が現れた。

 そのあとからおじさんがやってくる。


「なんだこのガキは?知り合いか?」


「あぁ、ちょっとな」


 おじさんが出てきて、さらに嬉しくなった僕は大きな声で叫んだ。


「おじさん、また会いに来たよ」


 すると優しいおじさんは、いつものように僕の頭を撫でてくれた。

 なのに突然その手で僕の髪の毛をぐしゃっと掴んだかと思うと、僕の顔を膝で蹴りあげた。

 おじさんの膝が何度も僕の顔を、顎を痛めつける。

 僕は大きな声を出して泣いた。


 痛い、痛いよ。

 血が止まんないよ。

 口の中が、口の中が血でいっぱいだよ。


 顎が折れてるのか、何もしゃべれない。

 痛い。

 痛くてそれしか考えられない。


 おじさんは僕の頭から手を離すと、男から何かを受け取った。


「お前のそれ、年季入ってるな」


「あぁ、何本かやればショックと出血で終わりだろう」


「早く済ませろよ。臓器は腐ったら売れねぇからな」


 おじさんは手渡されたペンチのようなものを見て、へらへらと笑う。


 泣きじゃくる僕の顎をおじさんはきつく握って口をこじ開ける。

 握られると激痛が身体中に走った。

 そして、受け取ったペンチのようなものを僕の口に強引に押し込む。


 金属と歯が当たる音が顎と頭に響く。

 がちゃがちゃとペンチが開く。

 がっちりと上の前歯を挟んだ。


「約束守らない子には、お仕置きだな」


 おじさんは僕の顎を、このまま握りつぶされるんじゃないかと思うぐらい強く握りしめる。

 そして、ペンチを縦横無尽に動かし引っ張る。


「あばばがば、ばががばあがばあば」


 声を吐いても言葉にならない。

 おじさんはただ無表情で僕のぐらつきだした前歯をおもいっきり引っ張る。


 痛い!痛い!

 やめてよ!痛いよ!

 おじさんお願い!痛いよ!


 僕は恐怖と痛みで暴れたがおじさんの動きを止めることなんてできなかった。


「化けて会いにくんなよ」


 おじさんは最後にそう言い放つと、ペンチを持つ手と腕を勢いよく地面の方へ振り下ろした。

 その先端に、小さく白いものを掴んだまま。


 ******







 それから何年経ったのかな。

 公園は悲しい事件があったみたいで、すっかり様変わりしちゃった。

 今日もおじさんが現れるのを待ってる。

 あの時のまま。

 絶えず。

 口元から。

 血を滴らせながら。

 顎が歪んで。

 上手に。

 閉じられない。


 何年も。

 何年も。

 おじさんを待ってる。

 おじさんに言いたいんだ。










「また会いに来たよ」……って。

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「また会いに来たよ」 桝屋千夏 @anakawakana

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