バカな男が指を立てるとき

ブリモヤシ

第1話で完結

 すっごいバカなやついてさぁ。元木祐介ってみんな呼んでたんだけど、本名じゃないのよね。テレビドラマで原田透がやってる役の名前なのよ。でも、みんなにそう呼べって言って、呼ばせてたのよ。ぜんぜん似てもいないし、かっこよくもないし、バカじゃないのって感じなんだけど、呼んでやるとその気になってカッコつけてるからさ、みんなおもしろがって呼んでたのよね。

 本人は、自分がモテるって思ってて、それを自慢したくてしょうがないのよね。確かに電話はしょっちゅうかかってくるのよ。そのたんびに、いやー何子はしつこくて嫌んなっちゃうよ、なんて、見え透いたこと言うしね。で、ある時、マネージャーがね、店の女の子と相談して、空き時間にみんながダベってる時さあ、店の外からそいつの携帯に電話入れたのよ。もちろん話す前に切ったんだけど、女の子のひとりが、ユースケぇ、誰からぁ? ってわざと聞くとさぁ、チラッとか番号表示、見てさ、舌打ちなんかしちゃって、ああ何子かぁ、こいつにはつきまとわれて困ってんだよなぁ、なんて真面目な顔で言うんだよね。しかもさぁ、何子っていう名前が……そいつには一応、六、七人つき合ってる相手がいるらしいんだけどさ、そのどの娘とも名前が違う、瞬間的につけた新しい名前なんだから、大したもんよね。

 そうそう、話してるうちに思い出したけど……ほんとバカなやつのことって、どんどん思い出すよね……プロのウエイターって、お盆持つ時、親指と人指ゆびと中ゆびの三本だけ立てて、こうやって乗せるのよ。その方がかっこいいじゃない。でもマネージャーは、あれは慣れないとできないから五本指でやれ、って、いつも全員に言ってたのよ。だけど、そいつだけさぁ、そのユースケってやつだけはさぁ、いっくら言ってもやめないで、ずっと三本でやってるのよ。そしたら、やっぱり、お客さんの前で、グワァッシャーンってやったのよね。空のグラスや皿が一杯のったやつ。空だったからお客さんの服とかは大丈夫だったんだけども、その代わり、だれーも、片づけ手伝わないの、ふふ。

 最高にしょーもなかったのはねぇ、何考えてんだおまえ、っていうようなのがあるのよ。その時はね、お客さんが飲み過ぎて、吐いちゃってさぁ、それもソファーの上に。それが、すごい臭いのよ。他のお客さんもいるし、マネージャーがユースケに、すぐにきれいにしとけって言っておしぼりたくさん渡したらさ、ユースケは何を思ったか、お客さんの席に行かないで、いきなりトイレに入っちゃったのよ。臭いで自分も気持悪くなって、吐きに行ったのかなって思うじゃない? ちがうのよ。出て来たら、鼻の穴にこうやって二つ、丸めたトイレットペーパを詰めてあるわけ。……だってそうでしょ、周りのお客さんはみんな臭い思いしてんのに、常識でもの考えろっ、つーのよ。マネージャーだって本気で怒ってさ、そいつのこと張っ倒して、それでクビになっちゃったのよ。

 でもさぁ、クビになっても、そいつ、来るのよね、今度はお客で。女の子の中に、前から好きだった子がいたらしくてさ。マネージャーは、客として来るならしょうがない、って、許してた。結局、根は悪いやつじゃないからさぁ。でもそのうち、ストーカーみたいになっちゃって。閉店間際に、いつもチャリンコで来るのよ。それで、店が終わったあと、近くで隠れて女の子を待ってるんだけど、やっぱバカなのよね、店の真ん前に自転車置いてあるから、わかっちゃうじゃない。誰かが、あるよ、って教えてあげると、ゆきの……その娘、雪乃ちゃんていうんだけど……裏から出ればいいだけの話しじゃん。で、そんなことしてるうちにさ、ついに店にも出入り禁止になっちゃって。

 それでも店の前までは来てさぁ、外で自転車置いて待ってるし、電話もかけてくるし、あんまりしつこいんで、雪乃って子はさあ、自分にはソレ関係の彼氏がいるから、これ以上つきまとうとどうなるかわからないよ、って言ったのよ。ソレ関係って、ヤーさんのことね。そしたら、はは、ぱったりと現れなくなったんだよね。でも、少しするとまた電話かかってきて、俺は決めた、彼氏と別れて俺とつき合ってくれ、って言うんだって。勝手に決めてんのよね。いろいろ断っても、絶対決めた、って言ってうるさいからさ、雪乃ちゃんは、彼氏にお金借りてるからそれ返すまで別れられない、って言ったのよね。半分本当だったんだけどさぁ。つき合ってたかどうかまでは知らないけど、借りてたらしいのよね。その相手っていうのも、店に来てて、私、知ってるし……見るからにバリバリその筋の人でさあ、いつも子分連れてたから、けっこう格は上なんじゃないかな。

 でも、まさかあそこまでするとは思わなかったな。やだ……また鳥肌立ってきた。うん、だから……その彼氏が店に来てる時に、ユースケが来たのよ。どうやって入ったか知らないけど、入り口通り抜けて、みんなが気がついた時には、その彼氏の前で土下座してたのよ。ほら、ちょうどあそこの席、今三人お客さんがいる所の前の床にさ。私はちょうど、斜め向かいのあそこに居たわけ。ユースケはさ、俺は雪乃を本気で愛しています、借金をチャラにしてください、って言うわけ。愛してるのと借金をチャラにするのは、別問題じゃない、だけどあいつは、とにかく自分の世界に入り込んじゃって、なんか、成り切ってるわけ。まあ、成り切るんでもあれだけできればエライけどさ。

 マネージャーと店の男の子が引っ張り出そうとしたんだけど、ソファーに座った彼氏が止めて、言うのよね、じゃあその代わりになにしてくれんだ、って。顔はね、サングラスしたままだからよくわからないんだけど、おもしろ半分に言ってるなっていうのは、みんな分かってたのよ。今あやまれば、済ませてもらえるなって。でも、ユースケはマジで、指詰めます、って言っちゃったわけ。

 その場に雪乃もいたから、カッコつけたいのはわかるけどさ……。彼が、本当にできんのか、って聞くと、できます、ってきっぱり言うんだよね。彼の方は、ソファーから乗り出して、サングラスのまま祐介をじーっと見てるわけ。周り全員、固まってるよね。私はさあ、そのうちそのヤーさんが笑い出すんじゃないかと思ったわけ。ははは、とか言ってさ、おまえなかなかいい根性してんな、とか、なるんじゃないかと思ったのよ。そういうの、ありがちじゃない。でも、彼は、マネージャーに、調理場借りるぞ、って言ったのよ。

 マネージャーは変な顔したけど、どっちにしろ断れないから、しぶしぶ、どうぞ、って言って、彼はさ、祐介に、先に行けって、顎で合図したのよ。そしたら祐介の目つきが変ったんだよね。顔がさ、この暗さでもわかるくらい、血の気が引いちゃって、ちらちら雪乃の方をうかがってるのよ。きっと、何か言って欲しかったんだろうけど、雪乃だって何も言えないよね。ユースケはそのまま床に土下座して動かないから、彼について来てた若いのが立ち上がらせて、そのままみんなで調理場に行ったのよ。雪乃が、ついて来て、って言うから、私も行ったのね。他にも店の女の子が何人か一緒だった。

 調理場へ行くと、例の彼が、包丁とまな板と……あと、肉を叩いて柔らかくする道具あるじゃない、金属で、先が四角くて、ギザギザがついているやつ……それをどっかから見つけてきたの。それを調理台の上に並べて、みんなでそれを囲むように立って、どうする? って彼がまた言うのよ。誰に、って、ユースケによ。

 明るい調理場で見ると、ユースケの唇は青くて、顔の色と区別なくなっちゃってんの。目は、台の上のまな板と包丁に吸い付いちゃってんのに、まだえらそうにうなずいて、いいですよ、なんて言うんだよね。

 マネージャーが、うちでそんなことされたら困ります、みたいなこと言ったんだけど、お前のところの店員がやるって言ってるんだからしょうがないだろう、って逆に言われて、本当はもう店員じゃないんだけど、そんなことその場で言い出せないからマネージャーも黙っちゃったわけ。

 でもユースケは、一瞬、逃げようとしたのよ。誰も気づかなかったけど、私はそれをたまたま見てて、足をね、後ろにやろうとしてるのが分かったのよね。でも、例の彼が、やるなら早くやれ、って言って、皆にじろっと見られたんで、しょうがなく、まな板と包丁が置いてある台まで行ったんだけど、腰が引けちゃって、歩き方が、ひょこひょこ、じいさんみたいなの。しばらくまた包丁をじっと見てて、今度はゆっくり下を向いて、自分の片手を、逆の手で持って引っ張り出すようにして、まな板の上に乗せたのよね。

 そしたら、そうじゃない裏だ、って言われて、手のひら上にして置き直して、今度は、冷やすか? って聞かれて、いいえ、って。でも、ユースケは何で冷やすか……痛くないようにでしょ? それが分かってないのよ。

 それで、包丁握らされて、近くにいた店の男の子……真澄君ていうんだけど、その子が命令されて、子分と二人掛かりで手を押さえたのよ。

 雪乃を見ると、他の女の子の後ろに隠れるようにして見てた。

 ユースケは、ガクガク震える手で、なんども何度も包丁を小指に当ててさぁ、その度に決心がつかなくて、そのうちに泣き始めたのよ。

 そしたら、彼が、馬鹿野郎! 最初からできもしないことを言うんじゃねぇ、って怒鳴ったんだけど、ユースケは聞いてなくてさ、雪乃の方に振り向いて、これで幸せになれよ、ってどもりながら言って、ワーって大声出して、包丁を……。

 私、目つむっちゃってさ。やっぱり。でも途中で少し開けたら、まな板の上に血みたいなものが見えたから、また目つむってた。しばらくして、みんなの悲鳴がおさまってくると、何か変な音が聞こえてくるのよ。ゴンゴンゴンみたいな音が。また薄目開けると、子分が肉叩きの道具で、包丁を上から思いきり叩いてるのよ。反対の手では、包丁を、ユースケの指の上に押さえつけて。ユースケは抵抗してなかったなぁ、気失ってたのかなぁ。きっと、骨があるから、簡単には切れないのよ。私、気持悪くてさ、吐きそうになってそこから出て来たのよ。

 トイレに行ったら吐かないでもおさまったから、お客さんの座るソファーで休んでたの。閉店近かったから、お客さんいなかったし。そしたら、さっきの彼が子分と一緒に店を出てって、そのあとマネージャーがユースケを、どっかの病院に連れてった。

 病院で、指、つないでもらったんだけど、ダメだったのよね。マネージャーが拾って持って行ったんだって。一度はつながったけど、後から黒くなってきちゃったんだって。

 私も後から見たよ、取れたやつだけど。だって、持ち歩いてるんだもの、指輪のケースみたいなのに入れてさ。何かあると人に見せてさ、惚れた女を助けたんだ、って言って回るんだからさ。

 でも雪乃ちゃんは困るよね。借金チャラになったのはよかったけど、頼みもしないのにそんな男に勝手に指落とされてさぁ、おまえのためだ、って言われてもさぁ。……でも、あの後、あの二人、ちょっとだけつき合ったんだ。やっぱり悪いと思ったのかな、雪乃は……でもあいつが、あんまり指のこと自慢するもんだからさ、雪乃は怒って、指、生ゴミといっしょに捨てちゃったんだよね。そしたらユースケは、がっくり来ちゃって、ホント、魂が抜けたっていうの? しばらく、そういうふうになっちゃって。雪乃の方には、その後、好きな人ができてさ、今、大阪方で一緒に暮らしてるけど。

 ユースケ? ユースケは他の店で働いてるよ。この前見かけたけど、元気みたい。あいかわらずカッコつけてたけど、それでもエライのはさぁ、ちゃんと三本指でお盆持ってたんだよね。小指無いからさ。だいぶ練習したんだろうね。ちょっと見直しちゃった。でもクサイせりふは相変わらずで、おまえオレの女にならないか、とかホザくわけ。で、今、付き合ってる、ユースケと。私、ホラ、バカな男けっこう好きだからさ。


おわり

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