第25話 看護師さん
次に気が付いたとき、私はとある病室のベッドの上にいた。
頭の痛みも身体のだるみもなくなっている。
ただ胃だけは痛い。
沢山薬を飲んだ上、極度のストレスで胃は相当やられていると医師から告げられた。
母と同世代に見受けられる、担当の看護師さんはひたすらに温かい人柄だった。
「とにかく身体を治して。身体が治ったら、心のほうもきっと元気を取り戻せる日がくるからね」
笑顔でそう言うと、私の手を握ってくれた。
採血の時間。
昔から私の血管はなかなか浮き上がってこない。数箇所ほど試みた後、やっと血を抜けることばかりだった。
その日は特にひどかった。
看護師さんではなく医師による採血だったのだけど、身体は衰弱から冷え切っていて、数日間、物も食べていないので、こすっても叩いても全く血管は見つからない。
結局、手の甲から取ることになった。
この世の中にもはや何の感情もなくなっていた私は、どうとでもしてくれとばかりに、医師に対して無言で手を差し出した。
すると担当の看護師さんが言った。
「沢田さん!痛かったら注射をしないほうの手で、私の腕を思いっきり引っ掻いていいからね!
多分あなた、いつでも感情を出さない人なのよ。ずっと痛いことを痛いって口にしないで生きてきたんでしょ?
そんなこと間違ってるんだよ、人間は痛みを分かち合える生き物なんだから。
痛いときには近くにいる人にも同じ痛みを分かち合ってもらえばいいじゃない。
あなたいい妹さんがいるでしょ?妹さんが連絡してくれたんだよ。
ひとりじゃないんだよ?自分からひとりにならないんだよ、いいね、ちゃんと生きていくんだよ」
どうしてアカの他人のために、しかもこんな迷惑者の私なんかのために看護師さんは泣いてくれるの?
なぜ愛情をかけてくれるの?
どうしてなんだろう?
もし私が同じように、日々体の不調に苦しむ方々を目の当たりにしていたなら、命の有り難みに感謝もせず自ら切り捨てようとした患者に対して猛烈に腹が立ったかもしれないのに。
考えても答えは出なかった。
でも涙が後から後から流れ落ちて、気付けば私の右手は看護師さんの腕をギューッと力いっぱい掴んでいた。
看護師さんの腕に赤い筋跡をつけてしまった。
天国にたどり着けたなら 里花 @piano627
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