挿話8

「つ、つ……続けて」

 そう言ってしまった自分に愕然とする。

「身体……には、害が無い……みたい……それにこれは……こんな……使い方がある……なんて、これをものに出来るなら……」

 弥生は思う、その言葉を自己欺瞞だと。

 彼女は自分を包み込むような初めての感覚、この快感に抗えずにいた。

 そして、もっと感じていたいという想いに支配されていた。

 ……それが彼に知られたなら、私の事をどう思うだろうか? はしたない女だと蔑むだろうか? きっとそう思うだろう。

 そんな不安、哀しみに胸を締め付けられる彼女は、その感情の根源となる自分の胸の裡を認める事が出来なかった。

 それを認めてしまったらもう戻れないのだから。



「ほ、ホテル シンデレラ城?」

 暴力的なまでの強い快感に酩酊状態に陥っていた弥生の耳に、隆の声が届く。

 それは……い、いわゆるラブホテルのアレ? もしかして高城君……

 強い快感がしかも持続している事もあり、ちょっとだけ期待してしまうのは仕方ない事……なのだろうか?


「違う。俺はただ単に先生とHしたい訳じゃないだよ。恋人になりたい。結婚して夫婦になりたい。子供が生まれてお父さんとお母さんになり、年老いてどちらかが先に死ぬまで一緒でいたい。先生の身体や心だけじゃない。生涯をかけて一緒に人生という物語を描いて欲しいんだ」

 弥生の耳にはそれはプロポーズの言葉にしか聞こえなかった。

 世間一般では、ちょっと引くような重たい言葉だが、もてない訳ではないが恋愛経験が無く、それでいて恋愛に対して憧れを持っていた彼女は結構重い女であり、テンションが上がったまま失神に至った。

 昭和が息づくS県に有ってなお古い、幕末から大正的な空気の北條家で育ってしまったのも原因である。

 それを考えると、皐月は同市ああなったのか不思議である。




 弥生が目覚めると自分の部屋のベッドの中……そして布団の中は下着姿。

 慌てて身体を確認して何かがあった様子は無くほっと溜息を漏らす。

 ベッド脇の照明を点けると椅子の上に服がきちんと畳んで置かれている。

 母親が脱がせて畳んでくれた野だろうと納得するまで僅か数秒。

 身体の中に残った隆の【気】は抜けたのだろう──「はぁ……くぅん」

 色っぽいため息を漏らし、まだ【気】が抜けてはいない事を示すのだった。


 上半身を起こすと、酩酊感に頭が揺れる。

 息をするたびに、心臓が鼓動する度に左手の中から柔らかく温かく、そして気持ちが良い何かが、水面の波紋の様に身体中に広がって行くのだった。

「高城君……」

 自分の左手を胸に抱きしめて隆の事を想ってしまう。

「きっと、私の中に居るこれがいけないのね……」

 そう言いながらも、少しずつ力を失っていく彼の【気】を惜しんでいる。

「もう少しだけ……消えないで」

 そう呟いて左手を胸に抱きしめるのだった。




「貴方。高城君が高城流柔拳術の後継者候補ってどういうことですか?」

「そうです。それでは弥生の婿にするという計画は?」

 儂が悪いわけでも無いのに女房と嫁から責められる理不尽さよと、妻達には聞こえないように小さく呟く有明。

 次の瞬間、奈緒子から鋭い視線が飛び、首を竦める。

 この男は内弁慶ならぬ外弁慶であり、外では実力に物を言わせてのイケイケ爺だが、家庭内では息子以外には強い態度には出られないのだった。


「難しい。どちらも後継者問題を抱えているとはいえ、相手は破鬼十六門の三席。マイナーじゃが歴史が長く格式だけは高い高城と滅鬼六十四家の一つに過ぎない北條とでは格が違う。上がどう判断するかは、考えるまでもあるまい。高城の現当主には二人の娘がいるから、そのどちらかが婿取りして後を継がせるのだろう──うぉっ!」

 自分のすぐ傍で湧き上がる強力な【気】に思わず跳び退いて向けた視線の先には──

「弥生!」

 まさか【鬼】が憑いたか? と思い誰何する有明。


「お爺ちゃん。それはどういう事なの?」

 どうやら弥生の様だが、儂に向けて来るその視線は完全に目が座っておる。

 圧倒的な強者が玉座に腰を下ろして脚を組み、こちらを睥睨する。そんなイメージが浮かぶほどの威圧感……震えじゃと? 儂はもしかして怖いのか? ……いや、間違いなく怖いな。

 自分の中の恐怖と向かい合うには、恐怖を認め受け入れるしかないと自分を慰めるのであった。



「いや、だから、これは……ほら央條のが言っていた事で儂は関係ない!」

 確かに央條は本家筋ではあり、破鬼十六門の一角を占めてはいるが、正直なところ当代はパッとしていない。

 央條を中心とする東條、南條、西條、北條、更に上条と下條の七家の中で本家筋にあたる央條を尊重しているように対外的には取り繕っているが、純粋に剣でも【気】でも央條の当主を上回っている有明は隠した扱いしている事を本人にすら隠していない。

 そんな相手の為に命を懸ける義理は無いので速攻で売るのであった。


「そう。央條家の……」

 強い【鬼気】を放ちながらゆらりと身体を揺らしながら居間を出て行こうとする弥生の背中は、踏み込めば斬られれる。有明をしても死の予感をせざるを得ない。

 その後ろ姿を「央條終わったな。央條だけに往生だな」と言って見送りたかったが、冗談では済まない結果しか想像出来無い孫娘の様子に重い腰を上げる。


「やよ──」

「弥生。お待ちなさい」

 自分の言葉を遮った妻の声に、有明は安堵する。

 孫娘には嫌われたくない上に、奈緒子ならきっと何とかしてくれる。

 そんな本職スモールフォワードの

ポジション番号7番に匹敵する信頼感が彼は妻に抱いていた。


「何ですかお婆様?」

 弥生は奈緒子のプレッシャーにすら眉一つ動かさず応じる。

 その様子に有明は戦慄する。

 何という事じゃ、明らかに一つの厚い壁を打ち破り、新たなステージに立っておる。

 何が弥生をそこまで? 小僧への想いが……それは無いな。男っ気の全くない弥生に限って、あり得ない。

 ある意味、皐月に男が出来るくらいない。

 それじゃ家って跡継ぎが無くての断絶の危機じゃねえか! と今更ながらに気づいたのだった。


「何処に行こうとしてるのですか?」

「少し央條に用事が出来たので」

 央條家にとっては用事ではなく凶事である。


「こんな時間に、そんな恰好でですか? 少し冷静になりなさい」

 あと少しで日付が変わろうという時間帯。しかも弥生はラフな部屋着姿で外を出歩く格好でも、他所の家に行く格好でも無い。

「奈緒子よ本当に良いところを突いてくれた」

 拳を握りしめて小さく小さく呟く。



「それは着替えてまいります」

「そういう事ではないんじゃ!」

 咄嗟に突っ込みを入れてしまったのだが、こちらにヘイトが向いてしまった。

 痛恨のヘイト管理失敗じゃ。

 有明はネット掲示板の荒らし煽り以外にも、ネットゲームに手を出していた。最初は国産のMMORPGだったが、今では国内にもサーバーを置いた海外製FPSにはまっていて、倒した相手への煽りが酷く、トッププレイヤーの一角にありながら全く尊敬されていない。

 ゲーム内では爺コスプレのクソウザ野郎で通じる程である。


「お、央條も言ってしまえば破鬼十六門では下っ端じゃろ。上には逆らえん。それに央條の奴も別にこちらの二乗を知ってた訳じゃないんじゃ。そういう話があると儂に言っただけでな」

「それではどこと話を付ければ良いんですか?」

「いや、それはだな……」

 このままでは、破鬼十六門筆頭の龍王院にカチコミを掛けかねん。

 流石にあそこは拙い。儂が全盛の頃なら……いや、全盛の頃でも厳しい相手が三人ほどいやがる。

 有明がそこまで言う相手では、無敵モード状態の弥生でも残機一つ減らせれば上出来と言ったところだろう。



「そうだ弥生。そこまで怒るという事は小僧との仲は具体的に進展があったのか?」

 我ながらナイス突っ込みじゃ。何度も死線を踏み越えて鍛え上げた、この危機回避能力。自分でも怖いくらいじゃ。


「だ、だって……」

 目に入れても痛くないほど可愛い孫娘ではあるが、流石に二十五を過ぎて、そんな風にもじもじされると有明は痛々しくて悲しくなる。


「──されたもの」

「何をされたんだ!」

 突然立ち上がって叫んだ東雲に、十四号の六角型釣り用の錘を礫代わりに投げつける。

 錘は狙い違わず鳩尾に突き刺さり愚息は再び床に沈んだ。

「五十号を投げつけなかった事は感謝しても良いのじゃぞ」

 そう吐き捨てる有明の顔は少しすっきりとした表情をしていた。


「弥生。何をされたのじゃ?」

「一昨日……こ、告白されんだから! 一年生の頃からずっと好きだったて……」

 あの後、そこまではっきりと言ったのか、やるな小僧。少しは見直したぞ。そして二人にしてやった儂に感謝しろ。そして敬意を払え!

 どこにも敬意を払う理由が無かった。


「よくやりました弥生! まさか十も年下の生徒から告白させるなんて。見事ですよ!」

 東雲の嫁、芳香(よしか)のテンションが高い。

 男っ気の無い二人の娘に色々な気持ちを溜め込んできていたのだろう、完全に弾けている。

「弥生。貴女は北條家の誇りよ! まあ年齢の問題はあるでしょうが高城君なら私も安心です」

 そこまで? と言いたくなるが、それほどの慶事だったのだろう。

 これは言った側よりも、言わせた側が悪い状況であった。



「それでなんと答えたんですか?」

「………………」

 途端に項垂れる弥生。

「弥生!」

 追及する芳香さんに、両手の人差し指の先を合わせて、本格的にもじもじし始めた。そんなもじもじは昭和の漫画やアニメでしか見た事無いわと突っ込みたくても突っ込めない有明だった。


「私は教師だから……」

「ああ、なんて事を」

「弥生。失望しましたよ……これで北條家も終わり」

 奈緒子さんや、勝手に期待して失望するのはどうかと儂は思うんじゃ。


「でも今日も、生涯をかけて一緒に人生という物語を描いて欲しいって言ってくれたもん……」

「何という強い心を……感動しました」

「私もですお義母さん……これはもう、万難を排して婿に迎えるしかありません」

「そうですね。芳香さん私の薙刀を用意して下さい」

「ハイ! 分かりました。私もお供しますわ」

 いや、分かるな。お供するな。それから奈緒子、薙刀持って何処へ行く気じゃ?

 その後、有明は命懸けで二人を止めた。



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三人称から一人称に書き直し、また三人称に戻すという迷走状態

完全に自分を見失っているw


>一般店のクリーニング屋

クリーニング店には二種類あり、大手のフランチャイズに加盟し店舗内に洗濯施設の無い取次店と、クリーニング師の資格を持ち店舗内に洗濯施設がある一般店がある。



>そんなもじもじは漫画やアニメでしか見た事無いわ。

具体的には昭和四十年代のイメージ

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