健康売買の買い占めはやめてください!

ちびまるフォイ

いくらなら健康がほしいですか?

「あれ? こんなところに店なんてあったか?」


大学の帰り道に見慣れない店を見つけたジョンは、

好奇心に負けて中に入ってみた。


「いらっしゃいませ」


「見慣れない玉ばかりあるけど、ここは一体なんの店なんだ?」


「へぇ、うちでは"健康"を売っています」

「健康?」


「この玉は人間の健康をぎゅぎゅっと凝縮したもので、

 ひと飲みすれば健康になれるんですよ」


「うさんくさ……そういうの、詐欺健康食品のうたい文句でみたぞ」


「健康食品ではないですよ、健康そのものです」


「……1つもらおうか」


ジョンは健康をひとつ手に入れた。


金に汚いジョンはこの健康に効果がないことを証明して、

慰謝料からなにまでふんだくってやろうと画策していた。


ところが、健康を飲み込むと身体は劇的に変化した。


「おおおお!? なんだ!? 身体がエネルギーに満ちてくる!」


最近、腰の痛みに悩んでいたはずが痛みどころか違和感も消えていた。

それだけでなく、悩まされていた頭痛も消えてしまっている。


「これが、健康……! すごいな……」


10年に1度訪れるか訪れないかの健康な身体を

こうもあっさりと手に入れられるなんて。


ジョンはまたあの店に戻った。


「いらっしゃ……おや、またあなたですか」


「健康ってのはすごいな! 健康になったとたん、

 いままでの自分がいかに不健康だったかが比較してわかるようになった!」


「でしょう。よければもう一ついかかですか?

 本来はおひとりさま1健康までですが、今回は特別です」


「買います!!」


ジョンは迷わずに健康を買った。

健康さえあればもう怖いものなし。


風邪薬で眠気に耐えながら治す必要もない。

手軽にあっさりと健康が手に入るのならこれ以上いいことはない。


ジョンは毎日店に通っては健康を買うようになった。


「ジョン。お前、最近すごく元気そうだな」

「だろ」


「俺なんて試験が近いから寝不足できついよ……」


「ハハハ。不健康な状態で勉強したって身につかないぞ。

 健康なときに詰め込んでこそ、頭に入るってものさ」


ジョンの健康志向はますます加速度的にあがっていき、

今ではわずかに体の不調を感じ取ったなら即座に健康を使うようになった。


まるで潔癖症の人がわずかな汚れでも気にするように、

常に健康であることをキープしているジョンにとって

体の不調はこれ以上無いほど際立つ不快感だった。


「おや、いらっしゃい」


「おじさん。ここにある健康をまとめて売ってくれないか。

 いちいちココに来るのは面倒なんだよ」


「それはできないよ。ほかにも健康を買う人はいるんだ。

 おひとりさま、1健康まで。それがここでのルールさ」


「でも、1日に2回も不調になることだってあるでしょうよ!」


「それは自力で治してもらわないと」

「融通がきかないな!」


断られたジョンはパンストをかぶった。

ヘリウムガスで自分の声の面影をなくしてから銃を手にして店に戻る。


「オラァ! 動くんじゃねぇ!!」


「ひ、ひええええ!」


幸いだったのは店に店主以外の人がいなかった。


「うちなんて質素な店襲っても金なんて出せませんよ!?」


「だったら、ここにある健康を全部よこせ!」


「どうしてうちが健康を取り扱ってるって知ってるんですか!?」


「……うるせぇ! 風穴開けられたくなかったら早くしろ!」


店にある大量の健康を手に入れて帰るとジョンは大満足だった。

意味なくお風呂に健康を浮かべたりして記念写真取ったりの浮かれよう。


「これだけ健康があればしばらくは大丈夫だな」


やがて何食わぬ顔で店に行こうとすると、すでにその場所に店はなかった。

ジョンの健康強奪より店は立ち行かなくなってしまった。


「……まあいいか。あれだけ健康があれば困らないだろ」


ジョンは特に不安に感じていなかったが、

その横に絶望的な表情をしている会社員に気がついた。


「ああ……なんてことだ、もう健康が買えないなんて……。

 いまさら健康的な生活を意識するなんて無理だ……」


デカめの独り言を聞いてジョンはひらめいた。

家に帰るや健康をオークションに出品して反応を確かめた。


「おおお! すごい! めっちゃ高値がついている!!」


出品した「健康」の値段は瞬きする間に桁数を増やしていく。

きっと、健康の価値を理解している人が金に糸目をつけずにやっているのだろう。


店が潰れた今、健康を手にしているのは俺しかいない。


「これはいいビジネスになるかもしれない」


ジョンは健康をどんどん出品して荒稼ぎしはじめた。

いくら出品しても値段が下がることはなく、常に高値で取引される。


これなら健康を売ったところで、得た利益で健康的な生活を送ってもお釣りが来る。


「アッハッハ! これで俺も億万長者だぜ!」


オークションの期限をわざと延長させて落札額をますます伸ばす。

そんなある日、ジョンは立ちくらみで倒れてしまった。


目を覚ました病院で医者は深刻そうに告げた。


「どうやらあなたには深刻な病気があるようです」


「うそ!?」


「日頃の生活がよくなかったんでしょうね。

 これは入院してしっかり治療しても治るかどうか……」


「それは困ります! 俺には商品を待っている客がいるんですよ!」


「命あってのものだねでしょうよ」

「うるさい! 離せ!」


ジョンは病院を出るとふらふらの身体で家にある健康を使った。

さっきまでの不調はどこへやら。身体はいっきに健康を取り戻した。


「ハハハハ! なーにが医者だ、病気だ。

 俺にはこの健康があるんだ。恐れるものなどなにも……あれ!?」


ふたたびジョンは倒れて病院へと搬送された。


「……だから言ったでしょう。あなたは病気なんだって」


「健康になったのに……どうして……」


「よくわかりませんけど、あなたの身体は今めっちゃ不調に弱いんです。

 温室でぬくぬく育った植物と同じくらい病気に抵抗力がなくなっています。

 おとなしくここで治療してください」


「いやだーー! こんなフラフラな状態で毎日過ごしたくない!!」


ジョンは家にある健康を不調がぶり返すたびに使っていった。

なんとか継ぎ足し継ぎ足しで健康をキープすることはできたが、

ついに山程あったはずの健康は失われてしまった。



健康最高落札額: 100000000



「ど、どうしよう……めっちゃすごい金額になってる……」


出品したまま放置していたオークションでは考えられないほどの高額になっていた。

しかし、もはや出品者に渡す健康は使ってしまっている。


いまさら「使っちゃった☆てへぺろ♪」などと言ったらどうなるか。

想像しただけでも身体が不調になってしまいそうになる。


「に、逃げよう! 身体が健康なうちに!!」


健康を渡すとお金だけ先に受け取ったジョンは、

それを軍資金にして雲隠れすることを決めた。


落札者からは怒りのメッセージが山程届くが、

精神健康を損なわないよう無視してジョンは必死に逃げた。

見つかれば確実に殺されてしまうと確信していた。



逃亡生活からしばらくした頃だった。


新しい生活にも慣れたジョンはすっかり健康的な生活を取り戻した。

かつて自分がやらかした「健康あげるよ詐欺」なんて忘れていたころ。



「……お前がジョンか?」



夜道で声をかけられジョンは背筋が冷えた。


「ち、ちがいますよ……」


「ずっと探していたぞ。お前は人の健康を取り扱うそうじゃないか」


「あばばばばば……」


ジョンの頭では人生の走馬灯とこの場の言い逃れを同時に考えていた。

けれど頭はオーバーヒートして何も考えられなくなった。


このままごまかしても殺されるくらいなら、

誠実にすべてを話して事情を理解してもらえれば同情されるかもしれない。


ジョンはその場に手をついて謝った。


「ごめんなさい!! じつは……実は健康はもうないんです!!

 全部、自分の健康に使ってしまって……!

 騙すつもりはなかったんです! 本当です! 本当に健康を渡すつもりでした!」


「ほう」


「だから……だから……」


「言いたいことはそれだけか? それじゃあ――」


男の冷たい言葉にジョンはすべてを諦めた。




「頼む! うちの家内の健康を奪ってくれないか!

 お前は健康を回収したり与えたりできるんだろう!?」

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