第12話 Missverständnis

(結局、あれからほとんど眠れなかった)

布団を抱えては、ゴロゴロ、ゴロゴロと転がるばかりで

とうとう朝を迎えてしまった


部屋には入るな、と命じているので

ウィンクライドが起こしに来る様な事は無いだろう、このままゴロゴロとし続けても良いとは思うが


微かに、コーヒーの薫りが漂って来る

(あ、また朝メシ作ってんのか)


どうせまた、壊滅的な食事を作っているのだろう

このまま無視してしまっても良いかもしれない


(ん……?無視……)

ぼんやりと考えて、晴樹はハッとして跳ね起きた


(いやいや!またレンジの中で卵爆発させられたりフライパン焦げつかされたりしたらかなわねえぞ!!)

きちんと起きて監督せねば

晴樹は慌てて部屋から飛び出した


「Guten Morgen、ハルキ」

「おう……」

振り向き挨拶をするウィンクライドに適当に言葉を返し、台所に立ち調理をしている相手の手元やその周辺を確認する


卵、よし

教えた通りきちんと鍋で茹でている


野菜、よし

教えた通り適度なドレッシングの分量であえている


晴樹はほーっと安堵の溜息をついた


「ハルキ」

「ん?」

「Wurde gelehrt……教えられた通り、パンを焼いたらVerbrannt……焦げた」

「あーあー!お前はもー!!どうしてトースター使ってパン焦がすのよお!!」

トースターから覗く、消し炭の様になった食パン。

チェック漏れであった

晴樹は思わず両手で頭を抱えた




「ん……まあ、簡単なモンなら、教えりゃあ出来るって事はわかった……」

さっさと顔を洗い着替えてから

炭と化した食パンを処分し、新たなパンを焼き、その他の料理に手直しをくわえて漸く朝食の席らしき物を整えて席につき、晴樹はぼやいた

「……卵が鍋ん中で破裂して白身漏れたり、トマト潰れてたりしてる程度だから、まあマシか……」


晴樹はコーヒーのカップを手にしながらちら、とウィンクライドを見る

ウィンクライドは台所で調理器具を片付けている

その姿はすらりとして、足も長く、細身であり

整った顔立ちとあわせるや、さながらモデルの様に見える


(……やっぱり、ナヨナヨした優男にしか、見えねえよなあ)

ウィンクライドを見ながら、晴樹はぼんやりと考えていた

(昨日のアレ、夢か何か見てたのか?)


昨夜、見たウィンクライドの白い裸身

それはとてつもなく引き締まった身体で

-とてもではないが、一般的なハウスキーパーの肉体とは思えず


(ミリオタでムッキムキ……軍人?いやいや、それならもっとガチムチじゃねえの?……じゃ、趣味でボディビルとかしてる奴?いや、でもそれならやっぱ……)

それらならもっと、見た目にも分かるという物なのではないだろうか、と

晴樹は悩む


「Was……どうした」

じっと見ていたからであろう、視線が流石に気になったのか

ウィンクライドが振り向き、晴樹に声を掛ける

「いや……」

(夢……じゃあねえよなあ、最初の日も見たし)


しかし、今の目の前の相手はどう見ても優男

パンチの一つでも食らわせたら、簡単にのびてしまいそうにしか見えない


「なあ、ウィン」

「Was」

「お前、何者なの?」

「Haushälterin……ハウスキーパーだ」

「嘘だろ」

「Lie……ウソ、ではない」

「じゃあ、その身体何だよ?」

「……カラダ?」

「とぼけんな、日本語分かってんだろ?筋肉……えーと、マッスル」

「Muskel……」

ウィンクライドは静かに首を振る

何故か、僅かに眉が寄っている様に見える

「Weiß es nicht」

「日本語でお願いします」

「シラナイ」

「いやいや、そんだけムキムキなら、絶対喧嘩とかすげえ強いだろ。本当の仕事は何だよ?」

「Tut mir leid, ich verstehe nicht」

「日本語でお願いします」

「……何、イッテルカ、ワカラナイ」

何時もよりもぎこちない日本語である

顔にこそ出さないが焦っている、絶対に焦っている

(うわ、面白え)

晴樹の悪戯心に、火がついた

「なあ、ウィン」

「……Was」

「服、脱いでみろよ」

分かり易く、衣服を脱ぐジェスチャーさえ見せる晴樹

「Nine」

ウィンクライドはきっぱりと、即答えて首を横に振る

「何でだよ?お前、昨日はすっ裸で俺に詰め寄って来ただろが」

「Wegen des……キノセイ」

「キノセイ?……ああ、気のせいな。そうかもしれねえから、確認してえんだよ、ほれ、脱いでみろ」

「Nine」

「脱げって」

「……Zeitung……チョウカン、トッテクル」

そう言うと、ウィンクライドはそそくさと台所から離れ、足早に玄関へと向かい、鍵とチェーンを外しドアを開け、部屋を出て行こうとした

「待て!」

晴樹がそれを追いかけ、ウィンクライドの細腕をつかむ

掴んだ腕は確かに細い、そしてその心地は妙に弾性がある様に思える

「Loslassen……放せ」

「ちょっと、脱いで身体見せるだけで良いんだっての。男同士で恥ずかしがる事もねえだろ?なあ」

「Ich verstehe nicht」

「ん?……あー……わかんねえってか?だから、脱げっての。服を脱げ」

「Nine」

「そうかそうか、そっちがその気なら……」

晴樹はウィンクライドのシャツのボタンに、手を掛けた

「……っ…!」

ウィンクライドがその手を払おうとする

しかし晴樹はウィンクライドのその手さえも引っ掴み、尚も衣服を脱がせに掛かる

「……ハルキ……!……Bitte hör auf……」

「ハハ、何言ってるかわかんねえなあ」

ウィンクライドを壁に押さえ付けようとすると、一瞬ばかり至極強い力で押し返して来るが、その力押しは不思議にもすぐにふっと消えてしまう

「……」

ウィンクライドの、戸惑いの表情が見える

何時に無い、彫像にも似たその顔の変化を目の当たりとするに、晴樹は妙な、愉快さにも似た感覚を覚えた

「ハルキ……!」

叱る様に、晴樹の名を呼ぶウィンクライド

しかし晴樹は抵抗の力が緩まったのを良い事に、再びシャツに手を掛けた

その手からするりと抜け出すウィンクライド

そしてそれを許さぬとばかりに捕える晴樹


玄関先で、二人はもつれ合い、倒れた


「Bitte hör auf」

「だから、わかんねえっての」

おそらく『やめろ』と言っているのだろうという事を察しはするが、晴樹は素知らぬふりでウィンクライドを床に押さえ付け、服を脱がせようとする

それを退けようとするウィンクライドの手を掴み、押さえ付け

シャツのボタンを一つ、二つと外したところで-


「りっ、陸坂さんっ!?」

という、女性の声が聞こえ

晴樹ははた、と手を止めた


二人、共に攻防の手を止めて声の方を見遣ると

ドアの隙間から、女性がこちらを覗き、驚きの表情を浮かべていた

心なしか、顔が赤く見える


「えーと……あの……」

「あ、あの……陸坂さん、一階の掲示板見てるかなって、気になって……」

「……はあ」

「マンションの排水菅の洗浄が始まりますので、確認してらっしゃるかなと」

「あっ……そ、そうですか……確かに、見てなかった……」

「それで、インターホンを押そうとしたんですけど……ドアがちょっと開いているし、物音が聞こえて来るので……な、何かあったのかって……ごめんなさい……」

「……いえ……」

「……と、ところで……その……外人さんは……?」

「……うちの、家政夫です」

「っ……そ、そうなんですか……」

「はい……」

「あっ!そ、それじゃあ私はこれで……!薄いほ……いえ!何かあったら、遠慮なく御聞かせ下さいね!!つっ、続きをどうぞ!!」

そう言い、女性はそそくさと立ち去って行った


何故か、顔を赤くして、どこか楽し気な表情をして


「…………」

(今、何か『薄い本』とか何とか言いかけなかったかよ、オイ)

というか、『続きをどうぞ』とは何だ。

ウィンクライドにのしかかったままの姿で、女性を見送る晴樹

第三者がその顔を見たらおそらく、チベットスナギツネの様だと形容したであろう


「……ハルキ」

晴樹の下から、ウィンクライドが静かに声を掛ける

「何だよ」

「Wer……今のFrauen……女性、は、誰か?」

「……お隣さんの奥さん」

「……?『オトナリサンノオクサン』……?」

「……隣の、部屋の、男性の、妻」

「Verstehen……理解した」

「おう……」


意気消沈、という感じで晴樹がはあ、とため息をついて項垂れる

その間もウィンクライドは晴樹の下に居る訳であるが


その顔を見ると、眼鏡の下の青い瞳は伏し目がちとなり、晴樹の方は見ずに遠くへと向けている

-何かを、諦めたかの様に


「……っ」

晴樹は眉を寄せ、ウィンクライドの上から退くと、その腕を掴んで引っ張り起こした

「そんな顔すんなっての……」

「……?」

「いや、だからごめんって、ごめんなさいって……もうしねえから……脱がせないから、な?」

「……Ja」

小さく頷くウィンクライド

表情からは感情は全くうかがえないが、心底安心した様なその様子に

晴樹はつい、手を伸ばしてその頭を軽く撫でた



(……お隣さん、絶対勘違いしたよなあ……)



-当たり前である。

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ハウスキーパーは外国人 青沼キヨスケ @aonuma_kiyosuke

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