167愚者の外法

 人は自分の都合のいいように、あらゆるモノを作り替える。

 森を切り拓き、山に穴を開け、生物を交配させる。

 一番身近なのは野菜や果物。

 もはや原種とされるモノを食せないほどに、味も見た目も収穫量も全く違う。

 ルシルやクラリスの身近なもので言えば軍馬や騎獣だろうか。


「地道な研究だったらまだいいんだけどなぁ」


「小国の『賭け』みたいなものですからね。ブレーキは付いていないか、緩いでしょうねぇ」


 まさしくやりたい放題であるが、それが『ここではない何処か』にまで及べば……?

 未知で不明なものを交配まぜるのなら、変化は良くも悪くも劇的なものになるだろう。


「介入するのか?」


「ルシル様の出番はありませんよ」


「お前が、だよ」


「まだ勇者の商会バベルが口を出すには早すぎます。

 なにより『国家機密やそれに近しい情報を持ちうる』と周囲に知られては警戒されますから」


 そんなことをアトラスクラリスの前で言うことではない。

 だが、そんな『心地の良い信頼』で、彼女はメルヴィ側である。

 アトラスを売ることはないだろうが、メルヴィを害することもあり得ない。

 まぁ、外交官の任を外された時が少し心配だが。


「だが放置するにはコトが大きすぎるだろ?」


「ですので未確認情報として『小国マーデンで新技術が開発された』と噂を流します」


「……すでに大氾濫スタンピードが起きてるなら、噂じゃ遅いんじゃないか?」


 そう、事は緊急だ。

 彼が思うのは為政者の失策を国民が支払うのは筋違いだということ。

 そしてルシルの逸る気持ちを押し留めるのは、シエルの仕事である。


「救援要請がルシル様だけに届いたものではありません」


「そうなのか?」


「というより、ルシル様の方がついで・・・です。

 国家が勇者の介入を求めるには『各国せかいの承認』が必要ですからね。

 それよりも間違いなく影響を受ける周辺国が真っ先に対応します。

 大きな動きが無いことを思えば、マーデンが考えるほど切羽詰まっていないのでしょう。

 なのでマーデンからすると、単に勇者の『肩書き』に救援要請を出しただけです。ルシル様も特に関りはないでしょう?」


「まぁ、たしかに。マーデンって初めて聞いたかもなぁ。クラリスは知ってるか?」


「内陸……というより、険しい山岳地帯に作られた国だったかと」


「よくご存じで。国土のほとんどが急斜面の山林です。

 標高も高く、使える土地もあまりありません。

 主産業は牧畜で、乳製品や肉、毛皮製品を商っています。

 ちなみに早朝は霧が立ち込めてなかなか幻想的な風景が見れるそうですよ」


「牧畜? 土地が狭いのに?」


「逆ですね。雑草で育てられる牧畜しか選択肢がないんです。

 元々は山岳越境の交易の中継地として栄えた国ですが、う回路の開通で現在は陰りが出ています」


 シエルはすらすらと国の状況をそらんじる。

 今さら驚くこともないが、一体この娘の頭にはどれほどの情報が詰まっているのやら。

 ルシルは呆れるしかない。


「そりゃまた栄枯盛衰ってやつか」


「越境の道中が険しすぎて、馬車などの『車』の通行ができないのが難点ですね」


「なるほど、大規模な運搬ができないってわけだな」


「一概にはそうとも言えないんですよね」


「そうなのか?」


「はい。牧畜で扱うのが山羊の系統でして。

 背中に荷物括りつけて、ぞろぞろ引き連れて越境するようです。

 険しいだけあって短期間で運べるので、今でも一定の需要があるみたいですね」


 山越え。行軍でも難所の一つだ。

 それを支えることができるというのならば――


「ちなみに小国に分類される割にかなりの戦力を保有しています」


 シエルがぼそりと付け足した。

 それはそうだ。過酷な環境であるほど人の基礎能力は求められる。

 山岳地帯を踏破して強靭な足腰と体力が必要だろう。なければ淘汰されるか、移住を迫られる。

 魔力はどうかは分からないが、戦士としてなら訓練無しでも十分一流に肩を並べそうだ。


「そいつらが救援要請かぁ」


「ぼやいても駄目ですよルシル様。

 さすがに極大戦力が簡単に投入されると、むしろ世界が荒れてしまいます。

 戦時であればまだ勝手に動けたんですけど……どちらにせよ『勇者』はまだ参戦できませんからね」


「わーったよ。大人しく待ってればいいんだろ」


 ・

 ・

 ・


 召喚における弱点の一つが時間制限だ。

 だが実体の召喚によってその問題は解決されたように見えた……が――生物である以上は代謝する。

 要は食って、寝て、出す。

 いいや、『生存』するのだから、飼育環境が用意できなければ話にならない。

 特に今は秘匿研究中のために外部にも出せず、何事も屋内で完結させなくてはならない。


 しかし基本的には未知の生物である。

 喫緊の問題である食性から、未来の問題になりえる習性や繁殖力などなど。

 何一つ分からない生物がいきなり目の前に発生する。

 世話どころか、生存させるのさえ難しい。

 そう考えれば、事故になった最初の召喚獣が死んだ理由も頷ける。

 まぁ、そちらは術式が未完成だったのか、世界に馴染めなかったのかまではまだ判明していないのだが。

 どれだけの時間が経とうとも、サンプル数が少なすぎては解明には至らないだろう。


「本物を呼び出すなら食事が必要になるのは当然か……」


 頭を抱える研究員のボヤキに、キュルっと召喚獣は視線を上げる。

 このたまたまの成功例はルルと名付けられ、幸運にも雑食性で小さいがために生を繋いでいた。

 どんなモノを拒絶するのか不明なため、未だに試行錯誤の連続で、問題は山積している。

 それと同時に自分以上に召喚術を研究した者はいないと自負している。


「だというのに――」


『早く成果を持ってこい。いつまでも待てると思うなよ』


 上級官僚の言葉が突き刺さる。いや、むしろ彼は十分に我らを庇ってくれている。

 成果のほとんど上がらない……そればかりか小さくない被害を度々出す我らの研究を続けさせてくれているのだ。

 技術革新に月日が掛かると言っても限度がある。

 食い潰すだけの研究に、彼がついに悲鳴を上げたとも言える。

 困窮に陥るこの国に残された時間はそう長くはないのだ。


「何故だ……何がいけない……?」


 自らの限界の中で、答えのない問いを欝々と考える。

 注ぐ魔力の量で出力が変わるとはいえ、術式が同じであれば同様の結果が得られる。

 でなくては術式等組む意味が無い。


「……型式、フォーマット、か?」


 ふと、アイディアとも言えない考えが頭を過る。

 術式の解析は道半ばであり、同一の召喚術式であっても成功率は一割を切る。

 また、同じ術式でも同じ召喚獣が呼び出せるとも限らず、不安定極まりない。

 これはつまり、術式の完成度とは別の要素が絡んでいることに他ならない。

 そして不安定なのは、何かが足りていないからだ。


「そうか。足りていない、か」


 その時、古い文献の一節、『どんなものでも等価交換である』との言葉を思い出す。

 不要を必要に、不便を便利に。より有用なモノを得るために技術革新が成されている。

 だが、未だ人類は無から有を生み出せたことはない。


 そして魔術もこの道理に従う。

 ゆえに術式では補完しきれない情報源、術者だけでは足りない魔力源。

 その他もろもろの不足分を用意できれば――


「ならば足せばいいのか! 触媒・・があればよいのだっ!」


 無意識に封印されていたであろう閃きは、この窮地において奇跡の輝きだ。

 それは絶大な効果を保証されながらも、決して手を伸ばしてはいけない禁忌。


生贄ニエくべる・・・


 追い詰められた愚者が縋る最後の寄る辺。

 情報の塊である生物を消費・・することで、術式が無理やりに目的を遂げる。

 目的のために整理された術式ではないために、成果を総当たりで求めるようなもの。

 そう、理解不能であっても、様々な『足りない』を解消してしまう。

 ゆえに自らの無能を証明する唾棄すべき外法。


 彼は即座に肩口に乗っていた『ルル』と呼ぶ召喚獣を掴む。

 成功の欲求に抗うことなどできない。

 そして関連性の高い生贄モノを使用すれば、その効率は格段に上がる。


「キュキュッ! キューイッ!」


 息苦しそうに鳴き、その手から逃れようと身をよじる。

 思考が現実に引き戻され、すぐに手を放す。

 距離を取るルルを見つめ、諭すように、自分に言い聞かせる・・・・・・・・・ように口にする。


「すまんな。技術の進歩に犠牲は必要なのだ」


 次の実験までに方法が見つからなければ、完全な成功例が消えるかもしれない――

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2024年10月14日 23:14 毎週 日曜日 23:13

大英雄の島流し―型破り勇者が秘島開拓を始めたら― もやしいため @okmoyashi

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