166新式召喚術

 あの惨状から随分と時が過ぎた。

 召喚術の研究を続けていると、どうしても思い出してしまう。

 あらゆるものが燃えていく暴走事故。実験室は当然のように壊滅状態。

 研究者と資料を避難させる時間を稼ぐために、犠牲になった数は――考えたくもない。


「憂鬱だ」


 復旧するよりも新設した方が早い、と召喚物の死骸・・に群がる生物・魔物の研究者に場所を譲った。

 そう、時間経過で消えるはずの召喚物の死骸が残ったのだ。

 これはまさしく画期的なことで、これまで召喚術が呼び出していたものは、実態ではないことが立証されたことになる。


 また、その死骸の検分では未知の生物だと認定された。

 少なくとも既存の生物図鑑には存在しない。

 これらの発見は世界への公表を見送られ、件の生物・魔物の研究者が狂喜乱舞することになったのだ。

 こうして研究所は奪われたのである。


「それだけならよかったのだがな……」


 思わず呟いてしまうのは、新事実と共に同時に恐ろしいことを示していたからだ。

 それは召喚時点で『瀕死』であったらしい、ということ。

 というのも、こちらは暴走召喚獣の攻撃を防ぐだけで手一杯。

 いや、一方的な蹂躙を受けていたと表現した方が正確だ。

 こちらからの攻撃は届かず、纏っている炎に呑み込まれてノーダメージ。

 いや、実際はどうかは不明だが、少なくとも動きが鈍ることは一切なかった。


 かと思えば、小一時間ほど大暴れして急に沈静化……そのまま死んだのだ。

 ただ、休眠や狸寝入りの可能性もあって放置すみまもるしかなく、死んだと確定させるために三日も要したのだが。

 つまり、かの狂暴極まりない召喚獣は自然死するほど弱っていた、という結論に至ることになる。

 以降の研究は、先の生物・魔物研究者が目を血走らせている。


「必ず、成功させる」


 懇願にも似た覚悟の言葉を口にする。

 甚大な被害をもたらした召喚事故を受け、実験には何重にも制限が設けられた。

 わかりやすいのは警備体制。

 これまでのような落第兵ではなく精鋭を揃え、非難を優先する。

 召喚場所は漆黒の森と呼ばれる国の隙間。この森の維持管理には莫大なコストが掛かるため、互いに放棄している無法地帯だ。

 そのグレーゾーンの地下に、ひっそりと専用地として新設している。


 僻地への集結は国家対立の芽になるので、人員を小分けにして送る必要があり、実験できる機会が激減した。

 そもそもこれまでが緩すぎた、と言えるかもしれないが。

 ともあれ、あの事故以降にアレンジされた術式でまともに召喚が成功したことはない。

 事故のこともあって、そろそろ成果が出なければ打ち切られる可能性さえある。


 研究員兼召喚士は、深呼吸をして心を落ち着け召喚陣の前に立った。

 術式の解明はいまだ道半ばだが、過去の教訓を胸に慎重に魔力を込めた。

 淡い光が再び召喚陣を包み、静かに空気が震え――


 ――シャン


 と世界の境界が裏返る音・・・・がし、光の粒子を纏ってぽすっと何かが落下する。

 成功した――そう喜ぶよりも前に、警備兵に稲妻のように緊張感が走る。

 清廉された動きで武器を突き出し楯を構えた。

 その隙間から垣間見えるのは、小さな毛玉のような可愛らしい生き物。

 猫のような四つ足の丸い体にふわふわの毛並み、つぶらな二対、四個の瞳がきょときょとと周囲を見渡す。

 前回のように殺気立った様子もなく、何ならどこか温かな雰囲気を持つ生き物だった。


「捕らえろ!」


 こんな可愛らしい身なりでも、何を仕出かすか。

 緊張を帯びる警備兵たちが距離を詰めていくと、小動物はバッと駆け出した。

 小動物へと殺到する手を、するするとすり抜け――


「うぉっ!?」


 召喚主である研究員の肩へと駆け上り、首筋に頬擦りをした。

 くすぐったい感触と驚きに身を竦ませていた彼だが、どうやら――


「成功、か?」


 恐る恐る自分の肩に手を差し伸べると、小動物はその手に乗った。

 抱き上げた動物は暴れることなく、丸くなって欠伸をする。

 小動物は再びキュルっと鳴いて、嬉しそうに研究員の手に顔を擦り寄せた。


 ・

 ・

 ・


「新式の召喚術が発表されたようですよ」


 世界のニュースがシエルに届くのは早い。

 そしてその報告を聞くルシルも、ある意味で相当な早耳と言えるだろう。


「新式って? 新しい召喚獣でも見つかったのか?」


「いえ。これまでのモノと全く違うようですよ」


「違うって言っても、何か呼び出して何かさせるだけだろ?」


「はい。ですが死骸が残るとか」


「……それって結構、マズくね?」


「えぇ、本当に」


 二人して頭痛を堪えるように溜息を零して頷き合う。

 その様子に首を傾げるのはクラリスだ。

 ルシルとしては久々の顔合わになる彼女は、外交のためにメルヴィとアトラスを行き来している。

 今はこちらに詰めているようだが、そんな国家機密を世間話のように平然と聞いている。

 ちなみにアトラスへの報告はきっとしない。多分。


「何が変わるのです?」


「うーん。何と言えばいいか。

 召喚ってのは『何処かの誰かの力を一時的に借りる魔術』なのは知ってるよな?

 色々と制約はあるけど、戦場で数を揃えられるから、かなり重宝されてる魔術士だ」


「はい。あと、かなり難易度が高く、適正も多くないので術士なりてが少ないと聞いています」


「あー、何か引く手数多な印象があるのは人口が少ないからか。

 それはともかく、今まではこっちで召喚獣を死なせても、どういう仕組みか元の世界に還ってたわけだ」


「そうですね」


「でも『死骸が残る』って話になると、普通の生物と同じだろ?

 敵対する相手の拠点に召喚獣を呼んで暴れさせるヤツが出てきそうだな、と」


「……えっ」


「知ってる召喚獣だとしても、単なる未知の生物かも知れないだろ。

 少なくとも世間の常識じゃ召喚獣は消え失せるから、先行者はやりたい放題だぞ」


「他にも漁師のように『狩猟目的』で召喚することも考えられますよ」


 ルシルの話に震え上がっていたクラリスが虚を突かれる。

 今度は商人のシエルが別の視点を持ち出した。


「狩猟、って……そうか、死骸そざいが残るからな。

 たしかに探し回るより呼び出す方が確実だし早いな。

 好きなタイミングで始められて、種類も数も特定できるなら事故も格段に減る、か」


「召喚に必要な時間、魔力量や難易度。

 呼べる召喚獣の種類や強さ、利用価値でも変わりそうですが……画期的の一言です」


「めちゃくちゃ流行りそうな気配がするな」


「はい。術式を書き換えられたのなら改良していくでしょうし。

 ただ、気になるのは召喚術の『何処か』は明らかになっていないところですね」


 画期的手法を歓迎しないデメリットが存在するらしい。

 頬に手を当てふぅ、と息を吐くシエルはそんなことを言い出した。


「何が問題なんだ?」


「今まで誰も気にしませんでしたが、誰かの所有物や土地から呼び出す可能性も考えられます」


「あー……意図せず強盗になりかねないのか。

 てか奪われた側でも、手法がわかんないから脱走とか失踪って判断になる?」


「可能性は高いでしょうね。痕跡が残るかどうかも不明ですし。

 それにたとえ所有者の居ない召喚獣であったとしても、『向こう側』の状況がわからないのが問題です」


「どうしてだ?」


「魚が減れば、漁師は違う職に就きますよね」


「そりゃそうだな?」


「でも召喚は、探して捕らえるような通常の漁と違って対象を呼び出します」


「それで?」


「『対象がゼロになるまで呼べる』気がしませんか?」


「――えっ」


「繁殖可能な数が残ってないと絶滅します。

 けれどその状況を把握する方法は現在不明です。

 あまり流行られると、資源の奪い合いに発展しかねないので、今のところリスクの方が高い気が」


 この技術が一部の国に牛耳られているというのは、本当に危険でしかない。

 盗人の手が何処まで伸びるか、殺戮のタネをどこに蒔くのかさえ分からないのだ。

 それと同時に世界に知れ渡るのも困る。その場合は禁忌術式に登録しなくてはならないだろう。

 むしろ何故こんな情報をシエルが仕入れられたのか、の方がルシルは疑問を持つ。

 こんなもの、確実に国家機密だろう。


「……そうか、原因不明の大氾濫スタンピード!」


「まだ未確定ですが」


「なるほどな。って、もしかして交配・・、とかも?」


「えぇ、あり得ますよね……」


「嘘だろ……業が深すぎんか?」


 ルシルはそう言って頭を抱えるが、クラリスにはさっぱりわからなかった。

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