165バケーション

「そういやルクレリアの穴は誰が埋めてるんだ?」


 ルシルがふとそんなことを言いだした。

 彼女が常駐しないといけない仕事はたしかに存在しない。

 だが、居ないと困る仕事は山ほどある。

 高い討伐難易度、そして緊急性・確実性が求められるような依頼はその筆頭だろう。


 彼女ほど仕事を選ばず、かつフットワークの軽い者もいない。

 事実、彼女も求められるままに、戦場を転戦して多大な戦果を上げていた。

 いかに休戦に持ち込まれようとも、辺境を始めとして必要とされる場面は少なくないはずだ。

 だが、こんな僻地しまに引っ込んでしまっては、少なくとも緊急の依頼は受け取れない。

 というより、どうやって依頼を届ければいいのかさえ不明である。


「あぁん? 別にいいだろ。Sランクなんてあたし以外にも居るし」


「そりゃそうだが。どっちかと言うとお前って勤勉な方だろ?」


「そういや討伐依頼ばっかやってたな。まとまった休みは久しぶりかもな」


「休暇になってるならいいことだ。でも音信不通はまずくないか?」


「ちょっと連絡つかなくなったくらいでガタガタ言ったりしないさ。

 それにSランクあたしを招集するような事態は早々ないし、居なけりゃA、Bランクしたのヤツらが何とかするだろ」


「つまり何も知らん、ってことか」


「うっさいな。あたしにどっか行けっていうのか?」


「そういう意味じゃないんだけどな」


 半パン、タンクトップという姿で自堕落にゴロゴロしている。

 張りのある肌と浮かび上がる筋肉の線が、欲情よりも健康的な印象を与える。

 だからと言って、目のやり場に困らない、というわけでもないのだが。


「衣食住って言って、ほんとに食っちゃ寝してるのはどうなんだ?」


「お前のストレス発散にも付き合ってやってるだろ」


「俺の? 毎回リアから求めてくるくせに。

 お前の気の済むまで付き合わされる身にもなってみろよ」


「ルシルも楽しんでるだろ。それにあたしの他に誰が務まるんだ?」


「……それを言われちゃな。

 なら今度は俺の気が済むまで相手してもらおうか!」


「――何をいかがわしい会話をしてるのですか」


 割って入って来たのはシエルだ。

 あれこれノキマパシリに指示を出して来たようである。


「ようシエル。いかがわしいって何のことだ?」


「分からないなら結構です。

 それよりルクレリア様、それが人を迎える恰好くらいしてください」


「えー? あたしはいつもこんなだぜ」


「完全武装か半裸しかないのですか」


「まぁ、割と? どうせ見られてもどやされる相手はここに居ないしな」


「そうですか。では上司の私が『服を着ろ』と言えば従いますね?」


「うっ……しゃぁねぇなぁ……」


 頭を掻きながらすごすごと引っ込んでいく。

 もしかしなくともシエルが最強なのでは、とまたもルシルの背に冷たい汗が流れる。


「それとルシル様。ギルドの依頼は通常と指名の二種類があります」


「お、おう?」


「通常依頼は提示されてる依頼の中から、ギルド員が選んで立候補するタイプです。

 依頼にもランク付されているので、よっぽどでないとハズレはありませんが、誰が来るかわかりません」


「あぁ、その反対が指名か。依頼者側が相手を選ぶタイプってことだな」


「その通りです。ただしそちらは指名料が余分に掛かります。

 また、手が空いているとは限りませんし、ギルド員には拒否権もあります」


「つまりリアが『仕事を受ける』と言わない限りは休暇が続くってことか?」


「貴族からの依頼とか断れない例外はありますが、概ねその通りです。

 たしか規約で年間にこなす最低限の依頼数が決まってたかと。

 ただまぁ、それをこなすにも、まず彼女に依頼が届く必要があるんですけどね」


 そう、ここは絶海の孤島。というか完全な私有地だ。

 そもそも周辺の港をバベルが抑えているので、手紙の一通でさえ届かせるのは至難の業だ。


「……メルヴィここに居る、って知ってるヤツがどれだけ居ると思う?」


「ギルドの上層部なら見当くらい付けているでしょうね。

 ただ、先日の件もあるので行動に移せるとまでは思えませんが」


「……なぁ、俺らって世界からちょっと距離置かれてたりする?」


「絶海の孤島に引きこもっておいて何を今さら」


 さらりとシエルは毒を吐くと、思わずルシルは「ぐぬぬっ」とうめき声を上げる。

 そして――


「与えられた土地がここだっただけなのにっ!!」


「平和な世界に勇者は要らないのかもしれませんね」


「おい、全否定すんなよっ!」


「大丈夫、働かなくても私がすべて面倒を見ますから」


「ヒモになる未来しかない?!」


 悲しきかな、ルシルの絶叫は虚空に消えるのみだった。


 ・

 ・

 ・


 現存する召喚の術式は、現存するどの言語とも一致しない。

 つまり召喚術士を名乗る者たちは、意味も分からないまま丸暗記して実行していた。

 当然、誰一人解読できず、読めないからには研究も進まない。

 よって既存の術式をあれこれ組み換え、得られた結果から変更箇所の意味を推測するのが日常である。

 そういう意味では、この『失敗作』も多大な貢献だと言えるだろう。


「はははっ! ついに変更した術式で召喚獣が呼べたということか!」


 ごうごうと火炎が吹きすさぶ中、彼は目に狂気の光を灯す。

 苦節、五年。ようやく、成果らしきものが現れた。

 熱気の向こうで蠢くのは、スライムのような粘性の溶岩……おそらく魔物。


 その召喚物ナニカは机を跳ね飛ばし、柱に激突して飛び散り、無差別に攻撃をしている。

 破壊の限りを尽くし、魔力の衝撃波が幾筋も迸る。

 実験室の設備が次々と吹き飛ばされ、激突の衝撃は建物を揺らすほど。

 そして周囲に燃え盛る体液らしきものを振り撒いて被害を拡大させている。


「これは一体何なんだろうな?!」


 ようやく訪れた成果に知らずに声が大きくなる。

 だが、それも悠長なことは言っていられない――魔物は目の前で蠢いているのだ。


「け、警備兵はっ!?」


 こんな非常時に備え、警備も配置していたはず。

 だが、この惨状を見れば答えは出ている。

 体当たりにやられたか、それとも高温で焼き滅ぼされたか。


「こっちだっ! 早く!」


 駆けつけた警備兵をけしかけ、研究員は一歩下がる。

 彼らは躊躇することなく剣を抜き、盾を構えて召喚物に挑む。

 甲高い金属音とともに、盾が砕け、警備兵が吹き飛ばされる。

 燃え上がらないことだけが救いだろうか。


「くっ…! 強いぞ、相手は!」


 別の警備兵が回り込んで攻撃を試みるが、召喚物はのそりと身を翻す。

 いや、前後の区別さえあやふやか。すっと振り払うように紫電が走る。

 バタバタと倒れ往く警備兵。ピクピクと痙攣している姿を見ると息はありそうだが、もはや風前の灯火だろう。

 混乱は広がり、被害は増え続ける。


「術者はどいつだっ!」


 契約内容インプットは不明だが、当人であれば上書きはできる。

 何かしら、使えそうな術式群は揃えてあって――


「……いない、のか」


 そう、この惨状である。一番最初に被害を受けるのは術者だろう。

 となれば、送還も現実的ではなく。ただ蹂躙されるがまま――

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