164救援要請

「召喚術の事故?」


「はい。どうやら大氾濫スタンピードを引き起こしてしまったようです」


 召喚術は、異界から対象物を呼び寄せ、一定時間使役する魔術だ。

 であれば、事故だろうが何だろうが、その時間を何とかしてやり過ごせば勝手に帰る。

 後始末に手間が掛かる可能性はあっても、魔物が押し寄せるような大氾濫スタンピードの話に発展するわけがない。

 まだ復旧支援であればわかるが……規模や内容を考えても、見間違い・勘違いの次元ではないだろう。


「情報が錯綜しているようですね。

 確認先からの返答がないようで、念のため私まで報告が上がって来たみたいです」


「どういうことだ?」


「そのままです。国境を越えるような公的な連絡は宛先が限られます。

 多くの場合は国の外交部が担っていますので、そちらに問い合わせるのが筋ですね。

 その他、国家元首を筆頭に、宰相や法衣貴族など、伝手のある人物に連絡することもあります。

 要はあちこちに確認する、って思っていただければ大筋で間違いありません」


「それで?」


「救援要請の第一報を出した外交部は音信不通。

 それらの指示を出したであろう、中央の首脳陣も同じくです。

 また、地方の有力貴族は状況把握に奔走中と言ったところでしょうか」


「つまり首都で何か起きた?」


「恐らくは。魔術の暴走か、自然災害か。

 理由は不明ですが、国が混乱するだけの規模で何かが起きたのでしょう」


 国が乱れれば、民の生活が荒れる。

 民が困窮すれば治安が崩壊するのは目に見えている。先日も辺境を平定してきたばかりだ。

 鎮圧に動くべき国が混乱している中では、この悪循環を止める手立てはない。

 誰かが強引に割って入らなければ、事態は加速度的に悪化し続ける。

 その筆頭が勇者ルシルになるわけだが――


勇者ルシル様の出番はありませんよ」


「あー……武力行使、な。オーランドと縁が切れてないしな」


「違いますよ。自国を治める能力のない国家に存在価値がないだけです」


「うぉい?!」


「下手に手を差し伸べて国を延命させた結果、何十倍もの被害が出かねませんからね」


「ううむ……」


 実際、国家は統治能力が問われる。

 外敵・災害・内紛など、国が倒れる理由は事欠かない。

 それら全て乗りこなし、なおかつ民を肥え太らせるのが国の仕事である。

 いや、実際に太るのはまずいのだが。


「どちらにしても、事情が分からない中でルシル様の出動はあり得ません。

 何処かの国から『侵略行為である』と誹りを受ける可能性も十分に考えられますからね」


「当事国から救援要請が出てるのに、か?」


「要請が本気でも、仕掛けたのがまた別の国かもしれません。

 マティアス様のように噂で世論をコントロールしようとする方が居るかもしれませんしね」


「それを言われるとなぁ」


 すごすごと引き下がるしかない。

 そもそも各国共同の称号である『勇者』が、国に対して軍事介入するのはややこしい。

 それこそ魔族のような共通の敵でなければ、勝手なことはできないのだ。


 ・

 ・

 ・


「何だってまた召喚術なんか――」


「言ったろ! ニッチ技術で世界に打って出るってな!」


「失伝したような魔術を復興して役に立つのか、って話ですよ!」


「いくら新人でも召喚術の概要ぐらい知っとけ!」


 建物が揺さぶられる轟音に、研究者は足早に向かう。その後を追うのは新人だ。

 周囲の音がうるさくて、自ずと大声を張り上げてしまう。

 どんな事態が起きているのかを確かめるためだ。

 これほどの影響を及ぼす結果だ。研究者としては見逃してはいけない。


「まず、召喚数に上限がない。術者の魔力が尽きるまでいくらでも呼び出せる」


「へぇ……でもそれって普通の魔術でも同じでは?」


「違うのは『自立行動ができる』ところだ」


「どういうことだ?」


「要は召喚時に付与した命令を実行し続ける。

 召喚時に付与した魔力が尽きるか、命令が終了すると送還されるんだよ」


「それが他の魔術とどう違――」


「たとえば火蜥蜴サラマンダーを攻撃魔術で使えば、自動で追尾して殲滅に動く。

 日常的な例なら、範囲内の街灯に火を灯して回るのも可能だ。

 トカゲだから立体的な動きができて、障害物をものともしない。当然、回避もする」


「……それって個人で軍隊を編成できるってことじゃ?」


「そうだよ! だから研究してんだよ!

 それに召喚術士は召喚獣を選べる。火蜥蜴サラマンダー水精霊ウィンディーネなんて相反する属性でも同時に、いくつでもな」


「魔術には属性の相性があるのに?」


「『召喚』という手順が変わらないからだ。魔術式は違うけどな。

 何なら手段も変えられる。灯りが欲しいなら、さっきの火蜥蜴サラマンダーでも燦爛甲虫グロウスカラベでもいい。

 要は場面に合わせて対処ができるってことだ。しかもこれらが自律行動するって考えてみろ」


「……ッ! そんなすごい魔術が、何で廃れたんだ?」


 全くその通り。

 相手の弱点、もしくは自らの利点を活用できるため、どんな場面でも一定以上の性能を持つ。

 それほどの魔術が廃れる理由などどこにあるというのか。


代用が利く・・・・・からだ」


「は?」


「灯りを点けるなら《灯火トーチ》が。光が欲しいなら《光源ライト》でいい。

 どちらも初歩的な魔術だし、攻撃にしてもわざわざ代理に頼む・・・・・より、自分で操作した方が簡単なんだよ」


「え、それは……」


「召喚魔術ってのは、自分ではない誰かに命令して結果を得る。要は伝言ゲームだ。

 完璧な意思疎通なんてのは不可能だ。たとえばこうやって説明しても、お前と俺の考えが一致することはあり得ないだろ?」


「それはたしかに」


「それに召喚術式に組み込む以上、命令も間違えられない。

 自律するってのは、他からの干渉を受けないってことと同義だからな。

 すでに火がついてる燭台に火を噴くなんてことすれば、火事になりかねない」


「難易度が高い?」


「簡単に言えばな。しかも適正者は少ないし、失伝した未知の言語の術式しか残っていないんだよ」


「……何で実験ができるんだ?」


「現代の召喚術士は、発掘した術式を読めないまま丸暗記して使ってる」


「それだと召喚術の『汎用性』って強みが――」


「その通り。だから・・・廃れてるんだ。どうだ、研究する価値はありそうだろ?」


 足早に現場へ向かう。

 次の角を曲がれば実験室。

 足早に曲がり、そこで繰り広げられていた光景を見て――


「す、素晴らしい……!!」


 先輩研究者は、そう言って膝を折った。

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