163シエルの仕事

 儀式場と呼ばれる、範囲指定フィールド型かつ制約ルール変更を強いる大規模魔術のコストは膨大だ。

 ゆえに要衝地に据え、戦闘を有利に進めるように運用するのが一般的だ。

 が、その常識をたった一人でぶっ壊した天才がバベルに所属している。

 彼の名前はノキマ=ブレネス。

 稀代の魔術研究者であり、バベルの警備部門を担当する彼は――


「こんなもん完全に雑用やろ!?」


 と絶叫を上げて嘆く。

 目の前には机にうず高く積まれていく問題ごとしょるい

 処理すれど処理すれど、津波のように押し寄せる書類もんだいの束。

 発狂するのも仕方ないのかもしれない。


「まったく、弱音を吐く暇があるなら手を動かしなさい」


 溜息交じりに指摘しながらも、シエルはパッパッと書類を決裁していく。

 ノキマの上司たる彼女の仕事はバベル全体の管理。

 つまり、彼の百倍は忙しい、はずなのだ。

 だというのに、彼女のデスクには書類が積まれている光景を見たことがない。

 たとえ積まれていたとしても、翌日に持ち越すような場面はなかった。

 それだけ仕事が早いということだ。


 対してノキマが管理していたのは、連れ歩いていた配下の一団と、ベルファストへ送ったゴロツキ達だ。

 その片割れのゴロツキ達を処分リストラしたので、実質半分以下なのだが……。


「五隊に分割されたらやることが増えるやろ?!」


「あんな人数を一か所に集めてたら戦争でも起こすのか、ってクレームが入りますよ。

 実際、山賊の引き渡しにベルファストに行った際はすんなり言い包めて来たでしょう?

 それでなくても辺境は物騒なのに、私たちが率先して風評被害を煽ってどうするのですか」


「物騒やさかい、戦力をまとめとくんやろ! 小分けにしたら戦えん!」


「はぁ、これだから素人は」


「いや、その素人に采配させてるお前がどうかと思うけどな」


 シエルに『調教中のノキマを見ておけ』などと唆されたルシルが、思わず口を挟む。

 すかさず「ではルシル様、解説を」と切り返される。まさに『何を言うかではない、誰が言うかだ』と言わんばかり。

 これを見越して呼ばれたのかもしれないと、溜息交じりに「まったく」と一息入れて説明を始める。


「人が多いと動きが遅れる。

 連携取るにも判断下すにも関係者が多いからな。

 そうなると選択肢が限りなく狭くなる。その筆頭は逃げが打てないことだ」


「そんなもん、散り散りになったらええんちゃうの?」


「その場はな。でも山賊の身になって考えてもみろ。

 こっちは本気で逃げてても、相手からすると『散会した大部隊に囲まれる』んだぞ。

 何としてでも数を減らしに来る。なのに、さっきも言ったように数が増えるとあらゆる判断が遅くなる」


「でも動物はそれで逃げとるやろ」


「たしかに少数の犠牲で大勢を逃す手段にはなる。

 実際、草食獣ってのはまとまってこのリスクを下げてるからな」


「ほれみろ!」


「けどそれ、野生動物の話だぞ」


「うん?」


「どっちが動物は狩猟者かが決まってるからな。

 それに『今日食べる分』しか襲わないから成立するだけだ。

 人は平気で反撃するし、必要なら根絶やしを選ぶだろ。それに背中を切るのは簡単だ」


 人はそこらの野生動物とは異色の思考を持っている。

 未来を予想して備えるために、やりすぎだと思われることさえ厭わない。


「だから交戦一択。当然、負ければ死ぬ。

 なのに退けても追撃することが難しい。隊を分けると各個撃破の可能性も上がるしな」


「それは少なくても一緒やろ?」


「たしかにな。実際、応戦力や撃退の可能性は下がる。

 何なら襲撃される可能性は上がっていいことがないように思える」


「ほれみろ!」


「だが、積み荷を即座に捨てればどうだ?

 積み荷もくてきが放置されてるのに、わざわざリスクと難易度の高い山狩りするか?」


 そして賢さからくる強欲さが、誘惑に抗えない。

 楽に果実を得られ、その理由が明確ならば、言い訳を作って手を止めるのだ。


「それにお前の仕事・・・・・は治安維持で、護衛はついで・・・だ。

 広大な山林エリアから『山賊を探し出す』のと『襲撃される』ならどっちが楽だ?」


「うっ……」


「それに悪いことばかりでもない。

 少数だと相手は油断する。何より『逃走』の選択肢が取れるのはかなりでかい。

 むしろ初手で逃げを選ぶのは常套手段だしな。

 対して最悪は皆殺しぜんめつだ。被害に遭った場所が分からないから今後の警戒もできなくなる。

 まぁ、定期便回してる今なら区間が特定できるけどな。

 ともあれ行商人は山賊の情報を持ち帰るだけで十分。

 必要なときに戦力を編成して向かうんだ。

 じゃないと誰も休めないし、コストが掛かって仕方ない。

 護衛ってのは味方の安全を優先する。討伐はそのまんま、敵殲滅が目的だ。

 それぞれ違う目的を果たすためには、必要な編成や意識が全く変わって来るんだよ」


「というわけです」


 ノキマはルシルの説明に頭を抱える。

 他を真似して商人役や護衛役を仕立てて編成していたが、それにもれっきとした理由があったと思い知る。

 護衛を雇う行商人は間違いなく積み荷を守ってほしいだろうが。

 とはいえ、彼はどちらかと言えば内務官シエル寄り。兵科の運用にまでは頭が回るわけがない。

 そして明確に説明をされてしまえば、あとはこなすしかない。


「ところでノキマ、各部署が保有する戦力は把握は進んでいますか?」


「ギルドランクを基準に数を申告できるようなフォーマットを送っとる」


「皆が皆、貴方のように・・・・・・暇ではありません。回答が後回しにされるでしょうね。特に新人相手ですし」


「わいのようにって……嘘やろ?」


「バベルに暇人など居ませんよ。戦力把握は概要で構いません。一週間以内に」


「んな無茶なッ?!」


できるように考えなさい・・・・・・・・・・・。貴方なら簡単でしょう?」


「ぐぬぬぅッ!!」


「はぁ、仕方ありませんね。私は貴方の上司ですが、仕事を頼む相手でもあるのですよ。

 通達が届かないことも考えらますので、各部署に調査員を派遣する指示を出しましょう」


 ノキマの苦悩に、シエルは即座に答えを導き出して動き出す。

 その指揮を執るのはノキマである。もちろん、報告が上がってくる先も。

 取りまとめたものを提出する段になってようやくシエルの出番だ。

 こうして彼女の前には仕事がなくなるのだ。


「……あら、これは?」


「どうした?」


 あっさり仕事が増やされたノキマをしり目に、ルシルがシエルの変化を拾い上げる。

 彼女が目を通す書類に記載されているのは――


「勇者への救援要請・・・・?」


 彼女が眉根を寄せて読み上げたのは、そんな荒唐無稽な嘆願書だった。


 ・

 ・

 ・


 召喚術。

 ここではない何処かから、動植物を呼び出して使役する魔術だ。

 意志薄弱のモノほど扱いやすく、植物・昆虫・動物の順に難易度が上がっていく。

 中でも人型……いや、言語を有し、魔術に類する技術が習得可能なモノは格別だ。

 人も、悪魔も、天使も、神格持ちも。要は『頭の良さ』に比例して、洗脳しにくくなる・・・・・・・・・と考えればいい。


 ――というのは世間一般的な解釈だ。

 もしも世間解釈が正しいのならば、実質的には対象を呼び出す『転移魔術』である。

 しかも距離や重量、対象のサイズを考えると、費用対効果は最悪だ。

 モノを運ぶのは、ただそれだけでコストが大きい。


 しかも契約・洗脳を強いるならば、呪術に分類する方が正しい。

 だが、そんなに都合よく、こちらの問題を解決してくれる相手を『縛れる』だろうか?

 また、対象にそれほど強力な縛りを与えられるのなら、もっと他に使い道があるだろう。

 そもそも解決目的で呼んだ召喚物に、意思があっては困る。断られでもしたらどうするのだ。


 これら二つの問題を解決する術式が、たった一つの魔術として編纂されているのは異常である。

 ゆえに召喚術は『誰かの幻影うつしみ』を、この場に再現し、機能を利用する技術なのだ。

 ただ、難易度に関しては完全に一致しているのが面白いところだろう。

 これは思考力があるモノほど行動が読めず、対象への理解と再現率が落ちることに起因す――


「誰ですか、こんな眉唾な魔術論文を書いたのは」


「稀代の大天才、ハロルド=ホーエンハイムだよ」


「あぁ、あの変人と名高い……」


 何とも罰当たりなことを言う新人に、深く暗い溜息で返答する。

 いくら秘匿されていたとはいえ、今この国は、まさにその『変人の論文』を元に、正しい・・・召喚術を構築しているのに。


「実際に召喚獣は、何もしなくても時間経過で霧か霞かって感じで掻き消えるからな。

 本当に呼び出しているなら、送還用の術式が何処かに組まれてるはず、って主張だ」


「しっかし、何でまた召喚術なんてマイナーな魔術に熱を上げて……」


「マイナーだからだろ」


「それってどういう?」


「各国がしのぎを削って研究合戦してるような魔術体系に参戦しても絶対負けるだろ。

 それならだーれも注目してなくて、かつ未来がありそうな研究に力を入れてんだよ」


「未来がありそうな研究、ねぇ?」


「おまえ、絶対にその態度を上のやつらの前で出すなよ」


「へいへ――ズガァンッ!!!


 盛大な衝撃に建物が大きく揺らぐ。

 積もった埃だけでなく、整然と並べられている、書類や本までがバラバラと降ってくる。

 いいや、中には瓦礫だって混じっていた。


「何だっ!?」


 慌てて部屋から廊下へ避難すれば、別の部屋からも同じように人が飛び出している。

 何が起きたのかは誰も分からない。

 ただ、衝撃は断続的なもので、その方角は――


「地下、実験室?」


「変なもんでも召喚したのか?」


 困惑する研究者たちは口々に呟き、惨状の確認に向かった。

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