162才能の使い道

「どう、なって、る……!」


 黒曜の猫クロネコと呼ばれるギルドのSランク、ルクレリアが膝から崩れ落ちた。

 傍に立つのは少しばかり息の上がった、勇者ルシルである。

 ここは、しばらくぶりのメルヴィの本島。

 鬱蒼と生い茂る密林地帯にエルフカランディールを招けば、大抵の建築は驚くほど早く終わる。


 そうして作られたのが、先日の辺境にあった儀式場のコピーだ。

 といっても、同じなのはサイズだけで、造りは完全にエルフの建築である。

 それにしても。

 まさか本職でもないエルフの戦士長に、これほどの建築技術があるとは誰も思うまい。

 というより、こうなってくるとエルフ全員が人より優秀な工兵と考えた方がよさそうだ。

 戦闘までこなせる工兵など、もはや敵対するだけで恐ろしい。


「最短距離を射抜くから、動きが直線的過ぎんだよ」


 ふぅと息を吐きながらルシルが笑う。

 そこへ「それで避けれたら苦労しないんだがな」とツッコミを入れるのは、件のカランディールである。

 彼の言葉を拾ったシエルが「どういうことです?」と解説を求めた。


「まず最短距離を進む攻撃を放つには、あらゆる無駄な動作を削ぐ必要がある。

 無駄のない動作は最速で到達する攻撃に昇華され、『初動』は無くなり受け手の反応は致命的に遅らせる」


「つまり見てからでは間に合わない?

 なるほど。避けるのは至難の業ですね。

 たしかにそれだとルシル様の話はまるで説明になってませんね」


「そうだな。『最短距離の攻撃』は、基礎的でありながら奥義に匹敵する技術だ。

 無駄を削ぎ落してる分、体力も使わない。当然、継戦能力にも繋がる。

 たかだか二十年ほどの生でルクレリアが平然と扱っている時点で随分な化け物だぞ」


 言ってしまえば、正面から殴り合いをしてるのに、何故か常に不意打ちしているようなものである。

 予期しない衝撃は、身構えられないために想像以上に致命的。

 言うなれば意識の外にあった足の小指をぶつけたようなもの。

 それが全身のあらゆる場所で起きると考えれば、その恐ろしさが伝わるだろう。

 ゆえに身体能力の差が歴然でも、ルクレリアはゴロツキ達を打倒できた。

 対するルシルは――


「攻撃ってのは当てなきゃ意味がない。

 逆に言えば『当たる場所』ってのは予測できるだろ」


「……そうか?」


「射程の考えを逆転させてみろって。

 当てられて、かつ意味ダメージのある部位ってのはそう多くない。

 特に一般人化いまみたいな状態なら、お互い致命傷ノックアウトには程遠い。

 となると、無意識に急所を狙うから、簡単にさばけるって寸法だ」


「だとしてもあたしが押し負ける理由になんないだろ」


「そうかぁ?」


 うーむ、とルシルが黙り込む。

 実際、ルクレリアの攻撃はことごとく無力化されている。

 フェイントにはほとんど引っ掛からず、威力を求めない牽制は軽くいなされ、叩き落される。

 本命の攻撃に至っては触れることさえままならない。

 カランディールはシエルに向けて肩を竦める所作でルシルの話を評価した。

 アレは天性のカン・・である、と。


 ルクレリアからすれば、たしかにルシルの反撃の手数は少ない。

 後の先とでも言うべきか。だが、それにしたって息さえ上がっていないのは理不尽だ。

 疲労を突かれているのかと思って自制しても、単にルシルの手数が増えただけという始末。

 一体、どうやって体力を温存したままあの威力を――


「……リア、体重って気にしたことあるか?」


「おまえ、喧嘩売ってんのか?」


「何でだよ。人ってのは案外重いんだよ」


「はぁ?」


「そうだなぁ、たとえば荷物……砂袋を投げ渡されたら・・・・・・・どうする?」


 砂袋。サイズにもよるだろうが、一抱えほどでも持ち上げるだけで苦労するアレである。

 そんな物を投げるのならば、凶器と言われても否定できない。

 だが――


「受け取る」


「リアならな。だが大抵のヤツは潰される。お前も人に物を投げつけないだろ?」


「まぁ、たしかに」


「その点、体重ってのは小柄な奴でも50キロはある。

 立っている、って状況は、全身で『体重50キロ』を持ち上げているのと同じだろ。

 雑に言えば、体重おもさ分の威力はジャンプするだけで得られると思わないか?」


 『ジャンプする』とは、身体を投げ飛ばすのと同じだとルシルは言う。

 だが、それが本当なら、飛び跳ねる子供なんて、あちこちで床板を踏み抜いてしまうだろう。

 それがないのは――


「無意識に威力を殺してる?」


「多分な。それができなきゃちょっと高いところから降りるだけで身体が壊れるからな。

 握り潰すのに苦労するリンゴも、二階から落とせば砕けるだろ?

 逆に言えば、それだけの衝撃を上手く相手に伝えられれば、十分な威力になるってこった」


「……だとしても一般人が耐えられる限界なんて知れてるんじゃないか?」


「まぁな。でも一般人でも一瞬くらい逆立ちできるだろ。

 それに骨ってのは思ってるより頑丈だからあんまり心配いらん。

 腕一本でも体重くらいは十分耐えられる。それを砂袋より小さい拳に集約すれば?」


「相手が……吹き飛ぶ、のか」


「そういうこと。勢いなんていらん。

 ただ重心が向かう先に、重さを伝えるための部位を持って行くだけだ。

 分かり易いのは手先だけど、慣れれば全身どこでもできるようになるぞ」


 シエルがカランディールへと視線を向ければ、すかさず首を振る。

 意味は分かる。そしてルシルがやっているのでできるのだろう。

 だが、それが万人に可能かは全く別の話である。

 そもそもが――


「日頃、自分の『身体の重みたいじゅう』を感じることなんてあるか?」


「……あまり」


 カランディールとシエルは頷き合う。

 感覚に上らないモノを意識して扱うと言っているのだ。

 まずは自覚するところから。魔力を持っていても魔術を扱えない者がザラに居るのと変わらない。

 たとえ自覚できたとしても、実戦で使えるようになるまでどれほどの修練が必要か。

 しかも『身体操作』は魔術と違って誰でもできることであり、すでに無意識に制御されている。

 それらを一から書き換えるのは、難しいなんてレベルでは語れない。


「今更だけど、ノキマの《共鳴同位ルフラン》で魔物をけしかけられたら厄介だったな」


「……どうしてだ?」


「人体の強度って大したことないけど、魔物は素でもかなり硬いからな。

 さすがに鋼が通らない相手となると、かなり苦戦したはずだ。命懸けかもな?」


 などとルシルは笑うが、武装した複数人を相手にしてる時点で今さらだ。

 それにそんな強力な魔物を従えられるなら、そもそもそいつで強襲した方が手っ取り早い。

 コストのバカ高い《共鳴同位ルフラン》を便利に使おうという発想自体が間違いだ。


 そんな頭がおかしくなるような会話を繰り広げている。

 闘技場の端で必死に書類仕事を片付けるノキマに視線を移し――


「ところであいつは何をやってるんだ?」


「事務処理ですね」


「何でこんなところで、って聞いてんだよ。

 椅子やら机やら書類を持ち込んでるんでわかってるよ」


「そりゃあたしがバベルに所属すはいる理由だしな」


「うん? まさか――」


「『《共鳴同位ルフラン》の定期的運用および対戦相手の手配』ですね」


「んなっ――! あいつの秘儀をそんな軽く……てか、術式の反動相当ヤバいだろ!」


 まさかの展開にルシルが驚く。

 それでしょっちゅうノキマが来て、ルクレリアが訓練に誘っていたのか。

 というか、対軍を想定するような規模になる儀式場を、個人的な訓練そんなことに使っていいのか、と。


「タネがバレちまったら使いもんにならん。

 でもまぁ、使い道がある方がええし、ここには勇者様の関係者以外は来んやろ。

 ならこれ以上に秘密が広がるわけでもなし、わいとしても術式の理解が深まって丁度ええんや」


「ノキマがそう言うなら良いんだが……」


「彼はバベル所属なので、商会長わたしの言葉が正義なのです」


「そんな言葉は聞きたくなかった!」


 ルシルと関わった者が、いつの間にかシエルの手下になっている。

 しかも漏れなく能力を使い切られる・・・・・・・・・

 元宰相しかり、他国の軍人しかり、他商会のエース、そして此度の偽勇者の先導役も。

 いいや、本来所属していないはずのエルフや聖女も、気付けば『ルシルのため』に尽力している。

 真に恐ろしきは――


「そうですか? 皆さん、楽しそうですけれども」


 全くその通りなので、ルシルは閉口するしかないことだろうか。

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