第七章――
161侵略の意趣返し
「まぁ、あれだけの規模の山賊を見逃していたので、ベルファストの国境警備隊には渡りに船でしょうね」
ノキマからの報告書を受けたシエルがうんうん、と頷く。
辺境とはいえ、無法者が結託しているのは危険すぎる。
ましてや数が数である。国境線を警邏していないと言われても反論できない。
「それだけで済むのか?」
「国際的にはともかく、国内は少し荒れそうですね。
特に
「そのカーディフってところにコネができたとか思われるのは何か嫌だな」
「それどころではないでしょう」
「なんで?」
「ノキマを派遣した者は、彼らの侵略行為を未然に防いだことを理解しています」
「あーてことは、敵対してるくらい思ってる?」
「はい。少なくとも友好とは程遠いでしょうね。
ですが、そんなことを知らない外野は、ルシル様へのアプローチの札が増えたと考えます」
「ふーむ? なら結局連絡が来る、か?」
「どうでしょう? 来るなら厚顔無恥さには頭が下がりますが、こちらは相手にしませんよ」
「……一国の三大貴族を無視すんのか?」
「無視だなんて人聞きの悪い。こちらが相手に何の用もないだけですよ。
しかし実は敵対さえする相手に、人を紹介しないといけない時の心境ってどんなものですかね?」
「そんなもん、断ればいいだろ」
「
断れない相手はいくらでも居ますし、引き延ばしにも限界があります。もちろん理由も明かせません。
もしかすると証拠であり証人のノキマを、躍起になって取り返そうと何か画策し始めるかもしれませんね?」
シエルはのほほんと笑うが、結構なオオゴトである。
だが、
これまで返り討ちにされてきた組織や個人の数は計り知れない。
だからと正式に取り返しに来た場合でも、理論武装は完璧だ。
バベルは新規事業を立ち上げ、そのために現地でスカウトしただけ。
その際に『騙り』を一掃したのは、バベル内に正式に軍事部門を作るから、と説明ができる。
これは『ルシル関連の騙りは潰す』と世界に告知したに等しい。
利益どころか出費しかなかったこの遠征の唯一の収穫である。
ルシルの名誉を汚すなど言語道断なので、シエルからすると十二分の成果だが。
「しかしギルドと敵対するような部門作って大丈夫か?」
「『地方創生の必須業務の一つ』って言い訳があるから大丈夫ですよ。
といっても元々各部門に散らばっていた戦力を一つにまとめただけですが。
どうにも大商会は対外的な印象が重要なもので、動きが鈍重になりがちなんですよね」
「傭兵団から参入オファーが来るとか面倒な話に発展しないか?」
「だとしても選ぶ権利はこちらにありますから。
それに管理・運営はノキマが上手くやりますよ。
何もない中で数十人の配下と百を超える手駒を作ったのですからね。
これからは潤沢な資金と人材が……あぁ、特別顧問にルクレリア様が就いてくれますし」
「……はぁっ!?」
「ほら、『衣食住があれば――』って言ってたでしょう?」
「そりゃ軽口ってもんじゃ……」
「手配してからオファーしたら、『掛け持ちなら』って快諾してくれましたよ?」
「何で受け入れてんだよ! 余計にややこしいことに!?」
ギルドの重鎮のくせに驚くほどのフットワークである。
これだから謎の自警団を追っかけることになるのだ。彼女は全く反省していない。
「それとギルドから派遣された方々は、任期の終わりに勧誘するつもりです」
「……引き抜きとか、敵対する気満々だろ?」
「まさか。今まで国家や領主が抱える正規兵、広く民間から雇用するギルド。
それらに零れた者は傭兵を名乗っていました。
今回のような自警団も傭兵の一つで、組織としては小粒で非常に貧弱です。
要は巨大な二つの勢力の寡占状態にあったところに、
それの何が問題なのか、とシエルはルシルに問う。
その通りである。まったくもってその通りなのだ。
だがバベルがルシル以外の戦力を持つとなると、戦争でも起こす――
「少なくともしばらくは問題ありません」
「どうしてそう言い切れる?」
「主な業務はこれまでのものに辺境の治安維持が加わっただけです。
むしろルシル様の得意分野なので、当然の商売です。
それに単に巨大に
警戒するのはギルドくらいで、むしろ国や領主などは歓迎じゃないですか?」
「そりゃまた何でだ?」
「ギルド以外に戦力の委託先ができるからです。
しかも
「うーむ。それしつけるのって……」
「ノキマですね。あるいはルクレリア様か」
「――呼んだか?」
ガチャ、とドアを開けて登場するのはルクレリア本人である。
ルシルは顔を見るなり、はぁと大きくため息を零してしまう。
どうにも流されやすい彼女をどうしたものか、と。
「何だよ。人の顔見て溜息とか失礼なヤツだな」
「いや、お前バベルにも所属するらしいな。
しかも衣食住で。それってほぼタダじゃねぇか」
「いや、まぁそれは、な……? シエルの口車に乗ったというか」
「お前、ほんとにいつか詐欺に遭うぞ」
ルシルは頭を抱えてしまうが、その時はきっと相手は生きていないだろう。
彼女の周りにはサポーターが随分いるのだから。
「それより訓練だ。行くぞルシル!」
「え、またノキマが来てんのか?」
「うむ。最近はリゼットと二人で走り回ってるぞ」
「……それってつまりバベルの仕事だよな?」
「リゼット様って本当にお優しいですよね!」
勇者パーティの一翼を、顎で使う彼女にルシルはジト目を送ることしかできない。
一体、リゼットはどんな弱みでこき使われているのだろうか。
ルシルはあまり考えないことにして、「早く行くぞ!」とうるさいルクレリアに引かれて訓練場へと向かうのだった。
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