160不穏分子の末路

 開拓とは、常に不足との闘いだ。

 耕さなければ飢え、そのためには土地が要り、土地を広げるには道具が。

 その道具には金が必要で、そんなものがあれば町でぬくぬく過ごしている。

 明日の糧を得るために野山を漁れば、切り拓き耕す時間など残るわけもない。

 要は開拓・辺境の民は、今日生きるだけで精いっぱいなのだ。


 そんな折、行商人が訪れる頻度が目に見えて増えた。

 半年だったのが、三ヵ月、二ヵ月、気付けば一ヵ月と短期間に訪れる。

 しかも入用なのか、何かにつけて買い付けて行った。


 懐が温まれば財布の紐も緩くなるのは道理だろう。

 そうしてついつい買い物を。やはり最初は農具や工具が求められた。

 また、行商人による纏まった仕入れが見込めることで、彼らへの販売を生業とする者も現れ始める。

 いつの間にか行商人にもしっかり護衛がついていたので、きっと儲かっているのだろう。


「とまぁ、商売は順調やで」


 険が取れてにこやかに話すのはクレイバー=ハミット改め、本名ノキマ=ブレネスである。

 偽勇者を取りまとめていた頃は誰も指摘しなかったが、さすがに『小利口な隠匿者クレイバー=ハミット』なんて、偽名にしても適当すぎろう。

 今では本名で呼ばれている。


「やはり私の見込みは正しかったようですね」


 とは言ったものの、シエルからすれば当然の結果だ。

 彼はゼロから組織を立ち上げ、一年そこそこで巨大商会ギルド目を付けられた・・・・・・・のだ。

 もはや胸を張れるだけの実績と言っても大げさではない。

 そこに勇者の商会バベルとシエルのバックアップが付けば、成功は約束されたも同然である。


「わいもそっちに籍を移して正解やったな」


 くくく、と笑うノキマは、あの勧誘を思い出す。

 あれはなかなかに痛快だったと。


 ・

 ・

 ・


「このまま山賊どもを国境警備隊に突き出す、って?」


「はい♪」


 存分に暴れ、額の汗を拭うルシルはシエルの提案を復唱した。

 最初から何処かしかには突き出すつもりだったので、特段反対する理由も思い当たらない。

 ただ――


「そりゃいいが、何でまた国境警備隊なんだ?」


「自警団も混じっているでしょう?

 近隣の村に突き出すと解放されるかもしれませんから」


「あぁ、たしかに?

 一見の俺らより、顔見知りのあいつらを信じる可能性は高いな」


「なので勇者の商会バベルの『辺境警備長ノキマ』の名でベルファストの国境警備隊に」


「いいけど、ノキマって誰だ?」


「クレイバーの本名です」


「そっか。まぁ、どっちにしろ俺の名前は出せないしな。頼んだぞノキマ」


 ルシルはあっさりと認め、シエルは「承知しました」と受け取った。

 これに『「自称貴族の端くれ」を信用しすぎちゃうか?』とモヤモヤするのはノキマである。

 まぁ、口に出してもこの二人にはなしのつぶてだろう。


「というわけでノキマ。早速お仕事ですよ。

 ルクレリア様とリゼット様に頭を下げて、ベルファストの国境警備隊に挨拶しに行きなさい」


「なんやてっ!? 今、からかっ?」


「それはもう。山賊相手に食事の用意なんてしたくありませんからね」


「な、内容はっ!?」


「内容もなにも。罪人を引き渡すだけですよ。

 私を相手取ったように適当に済ませて来ればいいのです」


「クソみたいな家から解放されたと思ったら、上司が無茶苦茶なこと言いよる!!」


 頭を抱えるノキマを置いて、シエルは「ふふ。楽しそうで何よりです」と話を切り上げて撤収作業に入った。


 移動方法は至ってシンプル。山賊狩りにも利用した方法だ。

 ルシルがリゼットを背負って移動し、転移のポイントを作って他の者を呼び寄せる。

 たとえ馬車で一週間は掛かる距離でも、ルシルであれば数時間足らずで到達する。

 悪路どころか一直線に突っ切ってしまうからだ。


 こうしてベルファストの国境警備隊は、終わらない最終日ラストデイを迎えた。

 手枷・足枷を付けられ、ぞろぞろと三桁に迫る人数が来訪する。


 先頭には勇者の商会バベルの辺境警備長を名乗る胡散臭い男。

 その連れ合いはギルドの『黒曜の猫クロネコ』、フォルーノ聖教の『聖女』である。

 どちらの身分証も確かなものなので、面会に応じないわけにはいかない。

 任期最終日、思いもよらない報告を受けた警備隊長は、いそいそと応接室へと急いだ。


「こ、これは錚々たる顔ぶれですな」


 通された部屋のソファで顔を伏せるように中央に男が座っている。

 報告の通り、黒塗りの鎧を纏う黒曜の猫クロネコと、白いローブをたゆらせる聖女を左右に侍らせている光景が異様だ。

 勇者であればまだ現実味があるのだが……得体のしれない男に警備隊長は気味悪さを感じた。


「そうでもあらへん。わいはまだ新参者やさかいな」


「新参者、とは……?」


「バベルの新規事業、辺境開拓の警備部門を任されたノキマ=ブレネスや。

 荒事にはとんと向かんのでね。勇者のご友人二人を護衛に付けてくれとるんよ」


 すくっと立って握手を求める。

 たしかに動くのはノキマだけ。左右の二人は我関せず。

 片や兜を薄く開けて茶菓子を齧り、片や出された茶器を優雅に傾けていた。


「そうでしたか。それはまた……状況をご説明いただいても?」


「では改めて。ベルファスト国境付近で大規模な山賊に出くわしたんや。

 現地調査中のわいらがそいつらをひっ捕まえて、一番近い警備隊に持ち込ませてもろたってわけやな」


「……現地で誅殺しなかったのは何故です?」


「何やようわからん事言うててな。

 『わいの顔を知ってる』とか『お前の企みだろ』とか。

 『カーディフ家が絡んでる』だの『ベルファストは裏切るのか』とか口々にな」


「それは犯罪者のたわごとでは?

 山賊となれば窃盗はもちろん、殺しもしておるでしょう。

 詳細を調べようがなくとも、ルクレリア様とリゼット様のお墨付きであれば……」


「わいも全面的に同意や。討伐にはお二人も尽力してくれたさかいな」


「では何が気になると?」


「断片的にでも符合する話や名前がいくつかあるんや。

 それこそ『侵略の準備にベルファストに雇われた』ってのも言うとった」


「我が国が侵略ですと!?」


「どこまでホントかは知らんで。でもこの規模やろ?

 放置したら国際的な火種になりかねないと思うてな」


「それで生かして連れてこられたと……。では勇者の商会バベルが調査されると?」


 ごくり。と警備隊長の喉が鳴る。

 まさかオーランドの勇者が他国にまで干渉して来るのか、と。

 そして本国に報告を上げて返信が来るまでどれだけ掛かるか想像もつかない。

 その間の責任は全て現場指揮官の彼が引き取ることになるのだ。

 過大な負担を思い、軽く眩暈までしてくる始末。


「あははっ、いくら勇者の商会バベルや言うても、わいに捜査権なんてあらへん。

 そんな特権持ってるのは勇者様だけやし、ベルファストも横槍入れられたら面白くないやろ」


「た、しかに『内政干渉』と判断されかねませんな」


「うんうん、関係が悪くなるのはバベルとしても困るんよ。それで相談なんやけどな。

 今回のことは『国境警備隊そっちが不穏分子を叩いた』ってことで対応してくれへんかな?」


「それは……功績を譲ると仰っていますか?」


「功績も何も。わいらはたまたま遭遇して撃退しただけや。大したことやない。

 それよりもあんさんらが最前線で平和を守ってくれとる方がよっぽど褒められやなおかしいやろ」


「なんと、我らの苦労をッ……!」


 管轄地域は広大で、物資も人材も娯楽まで足りていない。

 何事もなければ怠慢と指摘されて予算を減らされ、何かあれば無理筋な非難が押し寄せる。

 そんな保守業務けいびの苦労をノキマが汲み取り、しかも汚点をもみ消して手柄まで差し出してくれるのだ。

 目尻に光るものが見えても仕方あるまい。


「何も知らん外野の文句聞くのも飽きとるやろ?

 そんな無駄な労力使うより、あいつらの処遇をまるっと任せた方がお互いの為や。

 任せる以上、調査をする・しないもそっちが決めてくれたらええ。

 どうせやったら聞き出した情報を都合のいいように使ってくれてもええで。

 まぁ、わいらに火の粉が掛からんようにだけ配慮してくれたら嬉しいけどな。どうや?」


「――ッ、ノキマ殿!!」


「おぉっ!? なんや? いきなり立ち上がって」


「わたしは感動しましたぞ。

 これほどまでに高潔な方が居ようとは! さすがバベルは人材が厚いものですな!」


「ということは、受けてもらえるんかな?」


「もちろんです! 調査内容も余さずご報告いたします!」


「そりゃありがたい。けど、いらんで」


 興奮のままに手を掴まれたノキマはスパッと断った。

 これには警備隊長も興奮が冷めて愕然として慌てて言い募る。


「なっ、それでは筋が通りますまい!」


「わいらは国と取引することもあるんで特に問題はない。けど、そっちは違うやろ。

 やり取りが続いてたらどっかで見つかるで。そんなことになったら、あんさんが癒着を疑われたりするかもしれん」


「そんなことで不義理を働くなど……」


「うむ。あんさんならそう言うてくれると思うとった」


 ノキマの言葉に現実味を帯びる未来に、警備隊長はジリッと脂汗が浮かぶ。

 そんな彼に深く頷き、ノキマは一拍入れて語る。


「けど邪推されるくらいならともかく、痛くもない腹突かれるのは癪やろ?

 だったらお互い知らんぷり決め込んどいた方がスッキリするってもんや。

 今、この瞬間だけの接点なら、わいは『ちょっと情報提供で寄っただけ』で済ませられる。

 その情報で不穏分子を一網打尽にしたことにすれば、ちょっとした時間差なんか誰も気にせえへんやろ」


「なんと……そんな先のことまで……ッ!」


「あはは。正直言うとな。わいらもそんなに構ってられへんのよ。

 実は新規事業立ち上げたばっかでなぁ。現地調査もその絡み。

 大々的に関わってるってバレるのは勘弁してほしいんで……あ、これ秘密オフレコで頼んますね」


「なるほど。そちらも事情があるのですね。

 でしたらわたしどもが責任を持ってお預かりいたします。

 しっかり締め上げて不穏分子の芽を摘むことをお約束いたしましょう」


「おぉ、そりゃ頼もしい。やっぱりベルファストに連れて来てよかったわ!」


 わはははっ、と改めて握手をして笑い合う二人。

 そうして和やかなまま、ベルファスト国境警備隊を後にした。

 ただ、最終日だった彼の任期は、調査を理由に随分と引き延ばされることとなる。

 そう、『次の国境警備隊長』を巻き添えに。

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