159ノキマ=ブレネス

「国境に配備し直すのは構わんが、理由が要るやろ」


「そんなもの『もっと美味しい狩場ができた』で済むでしょう。

 辺境で大暴れされると目覚めが悪いですが、その場所が『警備隊付近』であれば対応も早いはずです」


「……死地に導けってか?」


「いいえ? 立ち回りの難易度がすこーし上がるだけで同じですよ。

 あまりに反抗的なら、有言実行で貴方が平定してきてくださ――あぁ、ルシル様行きたそうですね?」


「い、いや? まぁ……ちょっと楽しそうだな、って思ったりなんかして」


「まったく」


 溜息交じりに答えるシエルだが、ルシルがしたいと言うなら手配しても構わない。

 そのための人材は揃っているのだから、と内心で笑みを浮かべる。


「ともあれ、辺境の自治区を荒らして自国に組み入れようなんて、こすい真似をしているのです。

 少しくらい痛い目見てもいいかもしれませんね。……貴方を引き抜いたことでもカーディフ家に告知しますか?」


「か、騙りの罰は暗殺に怯えろ、ってことやな……」


「御冗談を。勇者の商会バベルを相手に暗殺?

 そんな命知らずがどの世界に居るのですか。

 むしろ『弱み』を知られたと疑心暗鬼になって暴走しないかを心配した方がいいでしょうね」


「そ、そうか。あいつら執念深いと思うんやけどなぁ」


落胤おとしだね相手にリスクを取るとは思えませんが。

 せいぜい執務室で大暴れするくらいでしょう。

 広い世界では思い通りにならぬことが多いと知るいい機会ですよ」


「……シエルが言うには現実感ないけどな」


「あら。私はいつももどかしく感じていますよ?」


 シエルは意味ありげな視線をルシルに向けるが、彼は知らんふりを決め込んだ。

 余り踏み込むべきことではない、とクレイバーの生存本能が囁いていた。


「ところで。あの儀式場の核は貴方とのことですが、種明かしを頼んでも?」


「《共鳴同位ルフラン》か」


「《共鳴同位ルフラン》、なるほど面白い術式名ですね」


「……まぁええか。術式の大半を『わい』が担っとるんや」


 そう言って、袖と襟をまくった。

 服の下には精緻な刻印タトゥーがびっしりと描かれている。

 それが何を意味するかと言えば――


「貴方自身が魔術士だったのですね。しかもその才能の全てを……」


「ま、そういうことや。わいは身体に《共鳴同位ルフラン》を常駐させとる。

 要はわい自身が『魔道具』みたいなもんや。

 下手に手を出したら暴発するかもしれんから気い付けてくれよ?」


「何故そんな非道を……」


「非道、なのか? 俺らを苦しめるって相当だぞ?」


「結果だけを見るならたしかに。

 ただ儀式場のコストを支払うのなら、刻印タトゥーの広さは全身を覆うほどでしょう。

 つまり彼は、単一の術式しか使えないにも関わらず、一人では何もできないのですよ」


「何もできんとは心外やな。立って歩けて、組織運営だってこなしとるやろ。

 まぁ、人並しかない魔力や筋力は、術式を維持するコストの残り滓・・・ってわけや。

 ほんで実戦では、この影響範囲と、起動する魔力の調達対象を再設定するんや。

 だから『わいと同じ能力になる』んやなくて、『わいと同じ状態になる』の方が正確やな」


「つまり全盛期で・・・・『一般人』ですか。

 いつまで《共鳴同位ルフラン》の負荷に耐えられるか……生涯に渡って・・・・・・弱体化ハンデを背負うだなんて、もはや呪いでは?」


「まったく、聡すぎるのも困ったもんやな。これはまぁ、落胤おとしごの宿命みたいなもんや。

 当主なんて夢見られても困るし、だからって殺すのは目覚めが悪いやろ。

 そんで当主の『駒』に使えるように教育される。わいに多少の頭があんのはのせいや」


 しかも当主候補たちよりも能力があってもいけない。

 あっけらかんと語られる内容は、何ら落ち度のない子供にしわ寄せがくる貴族社会の暗部だ。

 そうして彼は、自らの価値を下げるため・・・・・、当時まだ未完成だった術式を自らその身に刻むこととなる。

 しかし弱体化するだけでは生き残れない。

 切り札として人知れず研究を重ねて今の《共鳴同位ルフラン》へと昇華させたという。


「ちなみに《共鳴同位ルフラン》の詳細を知っとるのはあんたらだけや」


「身内にも伝えていない、と?」


「ははっ、身内ってのは誰のことや?

 まぁ、下手に漏れたら対策される。説明なら『強力な弱体化デバフ』で十分やろ。

 つーか、本チャンで同じ相手に何回も使う手やあらへん。最初から二度目はないしな」


 クレイバーは『だから自分はもう終わりなのだ』と諦めていた。

 本来なら自らの出生も、秘密も、カーディフ家の策略も。別に伝える必要などない。

 それでもペラペラと話してしまうのは、この不遇な人生でも、誰かに覚えてもらいたいからなのかもしれない。

 そんな風に自重していると、ふと「いいことを思いつきました」とシエルが呟いた。


「皆様、体調はいかがです? 元気いっぱいなら、もう一戦行きませんか?」


「――は?」


「久々に暴れられて気分がいいから追加は歓迎だぜ」


「わたくしは何もしていませんので」


「ルシルが行くならわっちもいくぞ!」


「ますたぁについていきます」


「あたしも問題ない。むしろ回復した気分ですらある」


「あぁ、わかる。全快より疲れてるはずだけどな」


 クレイバーを置き去りに、ルシルたちは意見をまとめてしまう。

 そうしてシエルが――


「それでは早速ぶちのめしに行きましょうか!」


 と号令を掛けたのだった。


 ・

 ・

 ・


 場所はベルファストの国境線より少し外側の辺境。

 様々な理由で流れて来た流民・開拓民が、それぞれ自治区むらを作って細々と営んでいる場所である。

 そこからもさらに少し外れた山間で、クレイバーが派遣した自警団、そして山賊団が集っていた。


「はっはっはぁ!!」


「何考えとるんや大将はッ!?」


「ルシル様、ですからねぇ」


「おまえ、どうやって、そんなっ!」


「あの女も変わらんやろ!!」


「あぁ、ルクレリア様も悔しかったのでしょうか。

 それにしても貴方の私兵より随分と手慣れていますね。実に楽しそうです」


「そりゃ、やつらは根っからの山賊やから――って違うねんっ!

 なんで《共鳴同位ルフラン》の対象が味方・・・・・なんや!? わい何度も手順説明したやろ!?」


 基準はもちろんクレイバー、起動にはシエルとリゼットが。

 起動魔力の対象にクロエと敵戦力・・・を指定。

 それらすべての指定を逃れたルシル、ルクレリア、ミルムの三人は、儀式場の維持に余剰能力が使われる。

 そう、彼らは『自らに弱体化デバフを掛けている』のだ。


 二度と使えなくなったと思った必勝の策は、何故だか自分たちに牙を剥いている。

 わざわざ危険を冒して戦う必要が何処にあるというのか。

 せっかくついて来たというのに、何もさせてもらえずぷくーっと膨れているミルムはご愛敬か。

 そうして繰り広げられる惨劇は、まさしく先ほど見たばかりの光景だ。

 一般人でしかないはずの二人が、屈強な山賊たちを……いいや、山賊側には自警団も含まれる。

 そんな二勢力を相手に、ルシルとルクレリアはたった二人で蹂躙していく。


「お二人は強くなりすぎてしまって、戦う相手も場面もそうそうありません。

 それこそ世界的危機くらいしか全力を振るえないほどに。

 そこに全力を出せる環境が飛び込んできたらどう思います? 逃がすわけないじゃないですか」


「に、逃がすわけが、ない……?」


「えぇ、そうですよ。

 ですのでクレイバー、貴方は《共鳴同位ルフラン》をもっと使い勝手の良いものにする努力を怠ってはいけません」


「は……? 何言って?」


「その際に自分で強弱やオン・オフができるようになるのも良いでしょう。

 勇者の商会バベルに入ったのだから、もうカーディフ家に従う必要もありませんし」


「――ッ!!」


「それともその呪いを強いた家に戻りたいですか? 今ならまだ間に合――」


「ノキマ=ブレネスはカーディフには憎悪しかあらへん」


 ノキマと名乗った彼は、虚空を鋭い眼光で見つめる。

 その姿に、シエルは――


「そうですか。その返答を聞けて良かったです」


 とだけ答えるその表情には、わずかに笑みが浮かんでいた。

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