158山賊の役割

「な、簡単だったろ?」


 儀式場が敷かれたエリアから、普通に歩いて外に出てきたルシルがそう得意気に言う。

 もちろん、改めて中に入っても、新たな儀式場が構築されることはない。


「範囲から出ればいい、とは盲点でした」


「まぁ、儀式場を必要とする場面なんて大規模合戦くらいだ。

 それも攻城戦の防衛みたいなときに展開するものでな。

 そんな場所から動くとなると負けか撤退だから、普通は選択肢に入らないからな」


 とはいえ。戦闘を生業とする者と一般人とでは、大人と子供どころではない差が開く。

 打倒することはもちろん、儀式場の外へ逃げられる者などありえない。

 数を頼んで何人かが逃げ出せたとしてもそれだけ。クレイバーの有利は揺るがない。

 彼が絶対の自信を持っていたのには、それだけの理由があったのだ。


 そうして魔力供給源ルシルたちが範囲外に出た途端、儀式場は維持できず崩壊。

 それぞれ隔離されていた『余剰能力』が解放されて現在に至る。

 維持されていた時間は僅か十数分と短い。それでもシエルにはその疲労が重くのしかかる。

 だが、リゼットは《循環回帰リスタート》により原状復帰。

 精魂尽き果てていたルクレリアやルシルはむしろ回復されたような感覚だ。

 ミルムに至っては魔術が解禁されただけで、何ら変わりがない。相変わらずの底なしさを見せつけていた。


 そればかりか激増した能力を確認すべく、ルクレリアとルシルが軽く手合わせまで始める始末。

 ちなみに目の前では本気になりかけたルクレリアを、ルシルが地面に叩きつけて制圧している。

 全く何をしているのやら……シエルはのほほんと「皆さん元気で何よりです」などと微笑ましいものを見る目である。


「ほんま何も言えんわ」


「違いますよ。これからしっかり喋ってもらわないといけません」


「あぁ、負けた以上は従うで。わいはな、落胤おとしごなんや」


 そんな語りから始まるクレイバーの話――


「そんなもんは知らん。簡潔に言え。誰の差し金だ?」


 を聞く者など居ない。

 というより、顔を地面に半分めり込ませながらルクレリアが一方的に話をぶった切る。

 まったく威厳のない姿だが、精神的な疲労でいっぱいの彼女からすれば、さっさと終わらせて帰りたい一択である。

 ゆえにクレイバーは肩を竦めて簡潔に答えた。


「ベルファストのレスター領、カーディフ家」


「どっかで聞いたことあるな」


「先日の十三国の一つですよルシル様。

 しかもカーディフ家なら御三家ではありませんか?」


「よう知っとるな。その現当主がわいの父ちゃんなんや」


「リア、あんま口挟むなよ。話が戻ってるじゃねぇか。

 こいつら頭いいんだから、ちゃんと順序立てて話してくれるさ」


「ぐぬぬ……」


 唸るルクレリアを起こしながら、ルシルが諫めた。

 実際、この手の奴らは邪魔をしないのが一番話が早い。

 その代わり、謎の会話が延々続く可能性もあるのだが。


「雑に言えば平和的侵略やな。

 辺境なんて何処も必要としとらん。けどな、地図上の『国境線』としてなら価値がある」


「民心を買って地域を細かく切り取っていく、ということですか?」


「……なぁ、勇者の兄ちゃん。この嬢ちゃんの頭どうなってんの?」


「一周回って馬鹿になってるな」


「そりゃまたぶっ飛んだ評価やな」


 たった一言で主目的を言い当てられるとは。

 呆れながらもクレイバーは話を続ける。


「まぁ、実際は自警団作るのがやっとでな。いくつか拠点展開した辺りで頓挫しとるよ」


「有事の備えですからね。逆に言うと平時は役立たずです。

 痩せた辺境が支えられる『タダ飯食らい』の数はそう多くありませんよ」


「山賊やらが居るってことは、それだけ『るもん』が多いって思ったんやけどな」


「開拓が上手く行かず、身を落とすのはよくある話ですよ」


「見込みが甘かったんや」


 なかなかの茨の道であることに嘆く。

 誰もが手を出さない理由は非常にシンプルなものなのだ。

 何もかもが足りていない。辺境が辺境である所以である。


ゴロツキ達かれらはどこから?」


「ん? あぁ、こっちであんたらみたいに集めたで。

 実家くにから連れて来たのはあの偽勇者だけや。身軽でないと工作できんからな」


「農夫の……」


「本職は庭師やけどな。一年経ってもまだ荒事には慣れやんのや」


「討伐した山賊の数や質は?」


「そうやな。大体十四、五くらいか。

 数人から数十人規模のとこまで大小まちまちやったな」


「すべて討伐ですか?」


「……あんたに隠してもしゃーないな。国境付近で睨み合いさせとる」


「睨み合い?」


 ルシルは思わず口を挟む。

 まさか山賊ごときで屈強な国境警備隊を相手にさせているのか。

 そんなことができるなら、どれほどの戦力が必要になると――


「なるほど。やはり山賊と自警団の両方に配置したのですね」


「あぁ、なるほどな。さすがに正規兵の相手はきついよな」


「というより両陣営で治安の押し引きして、『正規兵に目を付けられない程度』を悪化させていく・・・・・・・のが目的でしょうね」


「何が違うんだ?」


「正規兵が出てくると国や地方領主の評価が上がり、庇護を受けたがります。

 ですが目的は離反なのでそれはまずい。

 ゆえにちょっとした小競り合いを演じて、実際よりも現地民に治安に悪い印象を与えるのです。

 そうすれば治安の悪さが国へは届かないので戦力は派遣されません。

 もちろん、守ってくれない国に恭順もしません。無能な上司など誰も要りませんから。

 それに治安は大事ですから、少し無理をしてでも自警団に出資するでしょう。何なら依存させられますね」


「…‥それってめちゃくちゃ難しくないか?」


「そうですね。国側の動きや辺境民の心証を常に警戒していなければなりませんからね。

 まぁでも元犯罪者です。失敗して自警団が告発されても、山賊に討伐隊が派遣されても、誰も悲しみません。

 そうして利が得られるのは扇動しているクレイバー様たちだけ……いえ、ベルファストと言った方が正しいでしょうか」


「察しがよすぎるのは怖いもんやな」


 クレイバーははぁ、と盛大な溜息を吐く。

 きっと彼女の頭の中では何通りもの案が存在していたのだろう。

 本家のお偉い方や自分が頭を捻った作戦を、こうも簡単に見透かされては立つ瀬がない。

 とんでもないのを相手にしたようである。


「とはいえ、手綱はきちんと握っているのでしょうね?」


「こっちに引き込む予定の開拓民にあんまり迷惑はかけられへんよ」


「暴走した際は?」


「わいらが直々に討伐に向かうことにしてあった。

 利己的で忠誠心なんて欠片もない奴らや。

 討伐隊に捕まったらすぐに自供するウタうやろからな」


「それは山賊側ですか?」


「んにゃ、両陣営で一組なんやから連帯責任や。

 片側だけになると禍根も残るし、じゃなきゃ山賊役のリスク高すぎて誰もやりたがらへんやろ」


「どの程度の制裁を?」


「わいらが出張るような事態なら『皆殺し』やな。

 更生の機会をふいにした奴らにまで慈悲は要らんやろ」


 シエルは深く頷いて「いいでしょう」と言葉を区切った。

 その重みを感じ、クレイバーの喉が鳴る。

 侵略を始めた時に決めた覚悟が揺らぐことはないが、道連れにしてしまった『部下』には申し訳なさが立つ。

 そうして下された『判決』は――


「では私の勇者様に忠誠を誓いますか?」


「……は?」


「偽勇者の頭領として、本物の勇者の傘下に入るか、と訊いているのですよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何か色々と端折りすぎちゃうか?」


「素性と行動指針は聞きました。これ以上は何を?

 あぁ、そうでした。こちらの『手駒さん』たちは山賊でしたか?」


「偽勇者を騙ってた英雄気取りばっかりや」


「前科はおそらくなし、と。貴方の手際を考えれば当然ですか。

 念のため照会くらいはする必要がありますね。

 それと先ほどの儀式場ですが、いくら簡素化してもリソース全く足りてませんよね?」


「それはわい自身が・・・・・術式を担っとるから……って、そうやない!」


 クレイバーの返答に「やはりカギは貴方でしたか」とシエルが呟く。

 その含みがあるような物言いに、クレイバーは思わず「うん? どういうことや?」と拾い上げた。

 そこへ割って入るのはルシルで――


「とりあえず。お前の身柄は俺らが確保した、ってことでいいな?」


「そりゃかまへんが……」


「んじゃお前らの陣営丸ごとバベルが引き受けるわ。

 あぁ、そうそう。すぐに国境付近で睨み合いさせてるやつらをお前んとこの領地にズラしとけよ」 


「はぁっ!? 何でそうなるんや!」


「あん? 最初にシエルが言ったろ? 『どっちの下に就くかを決める』ってな」


 ルシルはニカっと笑ってクレイバーの肩を叩いた。

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