157偽勇者の本性
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をし、仰向けに寝転がるルクレリア。
彼女の身体に大きな傷はない。
だが、体力を完全に使い切っていて、しばらく動けそうにない。
正直、顔を傾けるのも億劫なくらいだというのに――
「もうお前だけだぞ。勇者
疲労困憊のルクレリアの傍らには、少し息が上がった程度のルシルが立つ。
そんな二人の周りには、あちこちから呻き声を上げる数十人の男たちが転がっていた。
彼女は内心で「化け物め」と悪態を吐く。
体力を温存しているのはもちろんのこと、倒した数が彼女の倍を超える。
これだから『勇者パーティ』とくくられるのはごめんなのだ、と。
そしてこの惨状に一番衝撃を受けているのは、偽勇者の参謀クレイバー=ハミットだ。
そう、
逆説的に、彼にもこの惨状を作れると言えてしまう。
いや、そんなことがありえないからこそ、必勝の儀式場をこしらえていたのに。
手を休めないルシルは、おもむろに歩を進める。
剣も抜かずに腕組みをして趨勢を見守っていた偽勇者に向かう。
「このっ!」
転がるゴロツキの一人が、最後の力を振り絞る。
ルシルの足に組み付こうとして――あっさりと踏みつけられた。
「気概は良いが、やるなら静かにな。せっかくの奇襲が台無しだぞ」
わずかに地面に埋まった意識のない男に、助言を落とす勇者に油断も隙も存在しない。
能力の激減、数の暴力をもってしても打倒できない。
そのありえなさを目の当たりにさせられる。
まさしく『常勝』の宿命を背負わせられた勇者の歩みは続く。
サクッ、サクッ、サクッ、
草を踏みつける静かな音がやたらと響く。
敵が迫るというのに、偽勇者は腕組みをしたままクレイバーを盗み見る。
予想通りの状況なのか。それとも――
「
視線を向けられたクレイバーは肩を竦めてそう言った。
その言葉に乗るのは哀愁か。それとも『今後』を危惧してのことか。
「……そうか」
偽勇者も組んでいた腕をほどいて同意する。
しっかりした声ではあるものの、身体は小さく震えていた。
この場に居る全員の処遇が、今まさに決まった瞬間だ。
しかしこの終わりに納得できない者も居る――
「おいおい、仮にも勇者を名乗るヤツが敵前逃亡か?」
ようやく息が整ってきたルクレリアだ。
彼女はもはや立てないし、ルシルにしても疲労は小さくない。
確かに大勢は決したが、それでもルシルたちはいつになく弱体化している。
実力差はともかくとしても、せっかくこれまで手出しせずに我慢して体力を温存していたのだ。
討つなら……戦うならば今しかない。
それにこの場での敗北は、そのままルシルたちの胸三寸で刑の決定にまで至る。
勇者を騙って辺境民を騙し、みかじめ料を受け取っていた。
一応、治安維持に魔物や山賊狩りをしていたそうだが、それも随分怪しいものである。
これらの内容では極刑でも文句は言えない。
挑戦すらせずに尻尾をまくるのはどうなのだ、とルクレリアは煽る。
だが――
「あーそりゃ無理だろ。あいつはただの『旗』だぞ」
「旗?」
「腕が振るえてるだろ」
「む――」
「武者震いじゃないからな。あいつはおそらく農夫だ」
「そこまでわかっとったんか」
クレイバーは額に手を当て参ったとジャスチャーする。
最後の最後で刺し違える、なんてことさえできそうにない。完敗である。
「マジか。よくわかったなルシル」
「肉の付き方が違う。アレは縦方向への動きが多いタイプだ。
あと立ち方が安定的すぎる。あれじゃすぐに動き出せない。戦闘者は『居つき』を嫌うもんだろ」
「……全っ然、わからん」
「お前の専門は魔物だし、人体の機微は難しいかもな」
そんな風に品評する。
実際農夫も剣ダコのように手の平が硬くなったりする。
打ち下ろしが得意な流派も存在するので、一概には言えないだろう。
「さて、とりあえずこの儀式場を解除してくれ」
「そりゃ無理やな」
「殺しはしないぞ。全員生かしてるだろ?」
「そうやない。術式を死ぬほど単純化しててな。自然にしか解けん」
「なるほど。で、その『自然』ってのは?」
「
ちなみに殺したら暴走するかもしれんから、やるなら気を付けてな」
「上手いこと予防線を張ってるんだな。なら継続時間は?」
「……ざっと三十分や」
クレイバーの絶対にありえない返答にルシルが黙り込む。
起動していること自体が神業なのに、三十分もの間維持させるなど……。
「『対象外』から魔力の供給を受けているのでしょう」
「……お前は本当に優秀なやつだな」
思考に耽っていたルシルは、シエルに向かって呆れる。
彼女は知らぬ間にリゼットを伴って、呻いているゴロツキの手足を縛って別の者と繋いでいた。
一人が動けば全員に連動するので、かなり身動きが取りづらいだろう。
人並の力しか出せない現状では、時間稼ぎとしては最良の策である。
「で、対象外ってのは?」
「『範囲指定内を同一能力にする』のがこの儀式場だと仮定すれば、対象外は存在しないことになります」
「そうだな。だから装備とか――」
「もっと簡単ですよ。
基準をクレイバー、操作を魔術士、魔力供給を
これでめでたく全員が『術式の一部』と見なされるので、儀式場の影響から逃れられる、と思います」
シエルが指差しながら説明する。
となると――
「術式に気付けなかったのは、戦闘時に個人が魔力使用量を上げたように誤解させるって意図もあったってわけか?」
「はい。それに
こちらが事前に確認しているのもあって違和感を持つのは難しいです。
そういう意味では境界線が目でわかる空間を準備したことがトリックの一つと言えそうですね」
「そうそう儀式場なんて作れないしな。
環境自体を変えられるとどうしても後手に回る、か」
「ただ、『敵の一般人化』も儀式場あってのこと。
維持のために時間経過とともに莫大な魔力を消費します。
時間稼ぎされると、逆に術者側が弱体化してひっくり返されそうですが……」
シエルの考察には納得ができるものの、どうにも違和感が残る。
というより、ゴロツキたちの強さが最初の見積もりから下がっていなかった。
要はシエルが考察したような弱体化はなかったし、彼らを魔力の当てにするなら三十分も持つはずがない。
儀式場の燃費は驚くほど悪いのだ。
「では、場の、余剰能力を、維持に、利用、されて、るのでは?」
「リゼット様、息大丈夫ですか?」
「は、はい」
捕縛が終わったシエルは、パンパンと手を叩いて汚れを落とす。
その横で話を聞いていたリゼットは既に息切れ気味である。貧弱にもほどがある。
「はっ、ふぅ。魔力供給は術式の起動時に限れば負担を小さくできます。
術式の
「それで儀式場の維持に『余剰能力』が使われる、って?」
「はい。私たち『一般人化を受けた対象者』が本来持ち得た能力は、隔離されていると考えられます」
「隔離? 封印して上限を下げてるわけじゃなく?」
「一般的な
もしも出力制限タイプであれば、体力が減っていくのはおかしな話です」
「あ、そうか。全力疾走が禁止されてジョギングしてるようなもんだからな」
「そうですね。ですので隔離や剥離と言った方が近いかもしれません。
たとえば水で満たした水槽の中に、水を通さない仕切りを作ってしまう感じでしょうか。
術式によって十分の一にされたとすれば、隔離された九割は術式が解けるまで使えません」
「なるほど、その九割の方が『余剰能力』というわけですね」
「はい。その隔離した余剰能力を儀式場維持に消費すれば、時間稼ぎをされたときの備えにもなります」
「たしかに『時間切れ=魔力や体力が空っぽ』では、戦うどころの話ではなさそうですね」
「えぇ、あらゆる相手に有効な術式と言えそうです」
「わいが生涯を費やした術式が……」
「な、俺の仲間は優秀だろ?」
嘆くクレイバーに、勝ち誇るルシル。
だが、どれだけコストを軽くしても、今のような結果を得られるとは思えない。
それが勇者たちの総意だ。きっとまだ何かある。
まったく、どうして。こんなヤツが在野でくすぶっているのか。
ルシルは空を見上げて感傷に浸る。世界は広いな、と。
「しかしそうなるとこのメンツではいつ解除されるか分かりませんね」
そう嘆息するのはシエルである。
確かに人類圏の最高峰が集い、なおかつ未だ底知れぬ
しかも問題は解除されるまで待てば、全員の魔力・体力が枯れてしまう。
そうなれば次の行動に支障が出るのは必然――
「あぁ、それな。もっと簡単な方法があるだろ?」
ルシルはあっけらかんと答えた。
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