156一般人の猛威

「やってまえ!」


 ――おおおおぉぉっ!!


 クレイバーの号令に、ついに意を決した彼らの猛攻は――残念ながら威勢だけで腰が引けていた。

 やはりどれほど弱体化しようとも、ついさっきまで猛威を振るっていたルシルに突撃できるほど割り切れない。

 そうして既知の猛威ルシルを避け、実力不明の女ルクレリアを選択する輩も出て来るわけだ。

 それが正解かどうかはまた別の話だが。


「はあっ!」


 ルクレリアの裂帛れっぱくの発声と共に、走り込んで来たゴロツキを相手に前に一歩踏み出す。

 彼女は純然たるアタッカーだ。

 強靭な魔物を相手に『待ち』を選ぶより、手持ちの最強を叩きつけることこそが最良だと断じている。

 実力を発揮しないままに負けては意味がないからだ。

 まぁ、だから手加減が下手というのもある。


 自信に漲る彼女に対し、様子見のゴロツキは牽制のつもりか、遠巻きの距離から剣を切り上げた。

 当然、ルクレリアは怯まない。むしろ構わず踏み込み、ブーツの裏で受け止める。

 合板が入った靴底を引き裂く威力には程遠く、そのまま踏み付け地面に着地。

 いかに敵の力が強くとも、剣先に乗る彼女の体重を即座に支えられるほどではない。


 予想外の手応えに、たたらを踏んだが最後。

 前のめりに頭が下がった敵の顔面を、すくい上げるようなアッパーで綺麗に捉える。

 顔の中央に着弾した打撃が鼻を血で汚し、その勢いを物語るかのように身を仰け反せた。

 顔を庇うため、反射的に手が上がった手首を掴み取る。

 それを引き寄せながらさらに踏み込み、今度は振り下ろすように顎を的確に打ち抜いた。


 ぐわん、と脳が揺らされ、泡を吹いて白目を剥く。

 全身から力が抜け、がくんとへたり込む。

 ルクレリアが掴んでいた腕をパッと放せば、男に手が落ちて前のめりに崩れた。

 彼女はその様子に一瞥もせず、あちこちの関節を回して具合を確かめる。


 大人と子供よりも大きなはずの能力差などお構いなし。

 荒くれ者を擁するギルドでSランクに君臨するのは伊達ではない。

 冴え渡る戦闘センスは衰えを知らず、まさに屈服させるための暴力を振るう。


 喧嘩慣れした彼女は、弱体化をいいことに『本気』を楽しむ。

 昏倒させて足元を這う相手のことなどもう頭にない。

 何せ目の前には目を血走らせたゴロツキが、斧に身を預けるような鋭い一撃が振り下ろされて――


 ――ガツンッ!


 飛び込んでくるゴロツキの振り下ろしに合わせて斜めに踏み込み、こめかみにルクレリアのクロスカウンターが突き刺さる。

 すれ違いざまの一撃で意識を刈り取られたゴロツキは、そのまま自らを支えることなく崩れて転がった。

 自分の威力が足りないなら、相手の攻撃力を間借りすればいい。

 一つの答えが示された。


「次はどいつだ!?」


 解き放たれた美しき野獣……ルクレリアは、心からの笑みを浮かべ、戦場へ飛び込んでいく。


 ・

 ・

 ・


 やいばが身に触れれば終わり。

 いや、能力差が歴然で、数も相手の方が多いのだ。

 掴まれば。いいや、触れられただけでも十分危うい。

 まともな神経ではどうにもならない、はずなのに――


「あぁ。『全力』なんていつぶりだ?」


「そりゃ地形変わるような力をしょっちゅう振り回されちゃな」


「お前が言うな!」


 ルシルはルクレリアの突っ込みを受けるが、ともに満面の笑みを浮かべている。

 ドカ、バキ、と打撃音を響かせながらの会話でも動きは止まらない。

 いや、動きすぎては息が切れる。ゆえに二人の対処は迎撃を主体に置かれている。


 何せ魔術メインのリゼット、ミルムはまったく役に立たない。

 ルシルと訓練をするシエルにしても、魔術ありきの護身術だ。

 クロムに至ってはこの環境下で何ができるのかさえ不明である。

 こちらにまともに戦える者はおらず、実は崖っぷちはお互い様だったりする。

 実際――


「はぁ、はッ!」


「リア、息が上がるの早くないか? たるんでるぞ」


 向けられる攻撃を、さらなる攻撃で苛烈に返すルクレリア。

 わかりやすくその『痛み』を目でも感じさせる姿は、まさしく剛の者である。

 ゆえにその運動量は少なくなく、たかたが数分でも息が上がってしまう。

 戦闘に身を置くには短すぎる時間だが、刻々と身体が重みを増し、動きを鈍くしていく。

 それでもなお戦えるのは、ルクレリアの奮戦によって敵はより及び腰となっているのが一つ。

 そして――


「くっそ、何でお前はそんなに余裕ぶってるんだ!」


「温存してるからな」


「さっきまではバテバテだっただろ!?」


「あ、バレてたか。いやぁ、上手いこと隠してたつもりだったんだけどな」


 動きを止めないままに、ルシルは笑って応じる。

 早くはない。むしろ遅いとさえ感じる速度でも、演舞やらせのように当たる気配が微塵もない。

 四方八方から飛び交う攻撃を、流水の如く留まらずに戦場を泳ぐ。

 そして何より。一般人クレイバーの身体能力しかないのに、何故か攻撃は一撃必倒と言えるほどの威力があった。


 たとえば――弱腰の横薙ぎの剣は、速度はあっていても意志が弱い。

 そんな弱腰な攻撃を、ルシルはすいっと前に重心を傾けて掻い潜り、屈んだままで右腕を垂直に上げた。

 そこは敵の腕が弧を描く軌道上。

 剣の速度と重量が乗った敵の腕が、予想外のルシルの腕しょうがいぶつにぶつかる衝撃には耐えられない。

 手放された剣は、その勢いのままに別の誰かへ飛んで、野太い悲鳴が聞こえてくる。

 この混戦でもさすがに致命傷には至らないだろう。


 ルシルはぬるりと間合いをもう一歩侵食する。

 丸腰になった相手の前足を踏み込み、万が一にも逃さない。

 そこへ体重を乗せた……いいや、拳で体当たり・・・・・・を決める。

 身体の芯を打ち抜く威力は革の軽鎧をひしゃげさせ、肺から呼吸を絞り出す。

 そればかりか、破格の衝撃を物語るように後方へと吹き飛ばした。


 もちろん、普段のような人外の威力はないので二メートル程度。

 しかし殺到する彼らの足を止めるには十分だ。

 当然のように貰った方の意識は彼方へと消え失せ、起き上がることはない。


 怯むゴロツキの合間から、中間距離で戦える槍の刺突が飛び込んでくる。

 するりとその柄に手を添えれば、ルシルへ向かう軌道は簡単に逸れていく。

 開いた間隙にルシルが滑り込むのは予定調和だ。


 しかし相手からすると折角の距離を潰されては危険すぎる。

 迫る脅威ルシルに反応し、慌てて槍を引き戻すことさえ罠の一つ。

 柄に添えたままにしていた手を返して握れば、ルシルの前進はグンと上がる。

 さらに距離が縮まり、もやは槍どころか腕が振れるスペースさえない。

 ゆえにコンパクトに折りたたまれた肘が、下から急所に吸い込まれるように突き上げられた。


 ――ドッゴンッ!


 肩の触れ合うようなゼロ距離で、一般人クレイバーの打撃とは到底思えない振動おとが響く。

 腹が暴発したかのような一撃の威力は折り紙付き。戦意どころか意識までもを刈り取っていく。

 くの字に折れて浮く身体を肩に担ぎ、さらに背後に詰める敵へと投げ渡す。

 もんどりうって転がる敵が立ち上がるまでに、ルシルの足が顔面をこするように踏みつけた。


 ――ゴォッ!


 ルシルの周囲が開けた一瞬の凪ぎに、フレイルの鉄球が一直線に飛来する。

 普段ならともかく、今そんなものを受ければ間違いなく潰れてしまう。

 ゆえにルシルの動きを追い切れていないゴロツキを掴んで引き寄せ、体を入れ替え盾に使った。


 背後で軽鎧がひしゃげる嫌な音が聞こえ、そのまま前へと崩れ落ちる。

 その腰から短刀を拝借したルシルは、ジャラリと地面に落ちる鎖の輪に踏み込み、固定――できない・・・・

 ルシルの意図に気付いた鉄球男が鎖を引いたからだ。

 そして、その動きは先ほどの槍と同じ・・・・である。


 距離を詰めるべく、鎖を握って加速する――ことに気付き、持ち手を大きく振ってきた。

 うねる鎖がルシルの手を弾いて事なきを得るが、その代償は大きい。

 しなる鞭の殴打と鉄球のご乱心により、二人の味方ゴロツキが巻き添えを食ってうずくまる。

 こんな狭い場所こんせんで長物を振り回すものではない。


 ゴロツキ達は同士討ちに動揺し、フレイル野郎から距離を取る。

 一直線の道ができる瞬間を見逃さず、いつの間にか拾っていた手頃な石に、体重を乗せて投げ込んだ。

 予想外の投擲とその速度に慌て、空いていた手で防ぐも、想定よりも随分と重い。

 そんな考えが頭を過る頃にはルシルが眼前に居る。その絶望感は想像を絶するだろう。

 石を防ぐために差し出した手を柔らかく掴まれ――


 ――ドオンッ!


 気付けば背中から地面に叩きつけられ、肺から息が絞り出される。

 それと同時に、靴底が顔面に降って来ていた。

 威力は大したことはないはず……なのに、首が千切れんばかりに伸びたように見えた。

 もちろん、フレイル野郎の意識など残っていない。


「はっはっはぁ! たまには繊細さも必要だなぁ!?」


 あれのどこが一般人クレイバーだ。

 敵の誰もが浮足立つ中、ルシルは笑いながら多勢を引き受けていた。

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