155戦闘巧者

 百戦錬磨。どんな状況下・戦況でも生還する。

 ましてや『勝利を手に』とまでつけば、それはもう確かに勇者だろう。

 だがそんな英雄譚ヒストリーの多くは、ただの誇張でしかないのが現実だ。

 だからこそ、今代の勇者に誰もが驚いてしまうのだ。


「そうか。これなら確かに、誰が相手でも効果的だ」


 ルシルは虚脱した手を開け閉めして具合を確かめる。

 同行するルクレリアやシエルも同じだろうか。

 それとも自分だけを対象にしたものか。

 どちらにせよ――


「お前らは誇っていい。一国の対策よりも上等だぞ」


 ルシルは久々の逆境に、心からの笑みをこぼす。

 張り裂けそうな鼓動を抑え、落ち着いた様子を崩さない。

 言葉に乗せた呼吸で息を整えていることを気付かれないように、ルシルの『時間稼ぎこうさつ』は続く。


「だが、それだけなら対象者が絞れない」


 この感覚は世界の法則ルールを侵すものだ。

 だが万能にも思える魔術でも、世界の法則ルールを逸脱することはできない。

 現実を書き換え、望みの結果を得る魔術の本質は『世界の改竄かいざん』だ。

 だから火や水を作れても、存在しないものを生み出すことは不可能なのだ。


 例外的にも感じられる神域も、この法則ルールを破ることはない。

 ただし定められている法則ルールあたいや順番が狂っており、地上でも窒息するなんてことが平気で起きる。

 ある意味、この世は絶妙なバランスで成り立っているとも言えるだろう。

 逆にそうしたバランスを保つために、『世界の不調バグ』が生成されているとも言えるかもしれない。

 また、不調バグ正常ルールとして成立しないため、強大な修正力で常時解消されていく。


 そうした、すべての法則ルールが書き換わる可能性がある、自然発生型の神域とは違う。

 指定区域内に対して条件コンディションを追加し、順守させる技法、『儀式場』くらいしか該当しない。


 人為的に神域を再現する儀式場は、その効果の絶大さゆえに技術力やコストは莫大になる。

 起動はもちろん、維持するのも容易ではなく、一介のゴロツキに扱える代物ではない。

 一体どんなトリックが潜んでいるかは知らないが、ルシルの誇る身体能力が、概算で一般人にまで低下していた。


「そうだな。同じ空間エリアに居るのに、お前らが対象外なことにも理由が必要か」


 相手の動揺を誘うことに成功したルシルは、そのまま構えを解いてしまう。

 顎に手を当て、本格的に考察を始める。

 そう、ここから時間稼ぎなぞときに付き合ってもらうのだ。


「オーソドックスなのは装備品だな」


「それが分かったところで!」


「そうなんだよな。全員が共通で身に着けてるもの、なんてのは――見当たらんしな」


「残念やったな」


「そうでもないさ。まぁ、装備品そんなものなら奪えばいいだけだしな」 


「わいと同じでどうやって奪う気や!」


「そりゃあ、ぶちのめして、な。

 どうにもお前に余裕がありそうだし、装備品の線は薄そうだ。

 隠してるって線も残ってるけど、命綱を簡単に奪われるわけにはいかないしな。

 事前に魔術回路パターンを刻んだ刺青タトゥーとかはありそうだ。区別さえできればいいからな」


「~~ッ!! おい、早くやってまえよ!」


「おいおい、この意味・・・・が本当に分かってないのか?」


「な、なんや……?」


「お前らの何処かに入った手足タトゥーを切り落として、装備品アクセサリーにすればいいってことだぜ?」


 ルシルは今まで使っていなかった剣の柄に手を添える。

 バクバクとけたたましかった心音は鳴りを潜め、息は随分と整っていた。

 普段はほとんど感じることのない不調いきぎれを経た今、感覚はいつになく冴え渡っている。

 爽快感。そう、表現するとしっくりくるだろうか。


 ともあれ、そんなルシルの所作に、荒くれどもは一歩後ろに退いてしまう。

 先ほどの一戦で転がされた数は十二人、三割にも達する。部隊換算なら全滅に等しい。

 そんな化け物が武器を手にすれば――その想像は彼らの手足を強力に縛る。


「お前に勝ち目はあらへんで!」


「かもな。でもまぁ、こっちも予備戦力を投入すりゃいい」


「なんやて?」


「リア、儀式場これで手加減はいらなくなった。本気でやっても簡単には殺せない・・・・・・・・からな」


「そりゃありがたい」


 腰に佩く剣の柄をトンと叩き、軽く握って前に押し込む。

 その姿を眺め、ルシルは「そいつも強くてな」と紹介を挟んだ。


「さっき俺が止めてなきゃ、クレイバーだっけ?

 お前はこの世に居ないから感謝しろよ。ちなみにギルドのランカーだ」


「おい、人聞きの悪いことを言うな。ちゃんと手加減してたぞ」


「俺が止めてくれるからって気を抜いてるヤツがよく言うぜ。アレは間違いなく爆散させてたね」


「……お前らは何をじゃれとるんや」


 寸劇にクレイバー呆れて口を挟む。

 ルシルはすかさず、


「しかし、お前は時間を気にしない・・・・・・・・んだな」


「ッ!! あかん、時間稼ぎや! お前ら、わいを相手に・・・・・・何ビビッとるんや!」


 この範囲に『対象者の能力を強制投影トレース』なんてものを施すなら、宮廷魔術士が五十人は必要だろう。

 だが、それだけの数が集まれば、実際に戦場にできるエリアがかなり狭くなる。

 そもそも飽和爆撃で焦土に変える方がよっぽど簡単だ。

 要はまったく割に合わない、はずなのだ。


 しかも・・・揺さぶりをかけたのに、焦る雰囲気がない。

 そう、あの鋭い口調は、これ以上ルシルたちに情報を奪われないためのもの。

 切り札である儀式場が崩壊する、なんて動揺は微塵も感じられない。


「まったく、嫌になる。

 世界を見て回ったつもりだったが、在野にこれほどのヤツが居るなんてな」


「お前の隣に悪魔みたいなヤツが居るけどな」


「やめとけ。本人に聞こえてるぞ」


「……うむ」


 ルクレリアは素直に頷く。

 彼女に頭が上がらないのは、ルシルだって同じだ。


 ――おおおおおっ!!


 自らを鼓舞するための雄叫びか。クレイバーに発破をかけられたゴロツキたちが意を決して駆け出した。

 津波のような突撃を受けるべく、ルクレリアは腰に巻かれた長剣おもりを外す。

 手を触れてみて、一般人……いや、非力そうなクレイバーには邪魔なだけだと理解したのだ。

 それを見て「なるほど」とつぶやき、ルシルも同じく剣を落としてシエルの方へ蹴り飛ばす。

 だが、残念ながらてんてんと二、三回ほど転がるだけ。


 まったくどうして。世間一般では、これほどまでに身体が言うことを利かないのか。

 無限に湧き出る体力は鳴りを潜め、動くほどに消耗していく。

 威力を保証する筋力さえも無きに等しい能力差。

 しかも2対27と絶望的なまでの不利を前に、二人は手を開け閉めして感覚を確かめる。

 そうして、なつかしさ・・・・・を噛みしめながら拳を握った。

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