2 役夫之夢



「怪我・・・してるのか」

「これでもだいぶよくはなってるみたいだけどね。横からのタックルの衝撃で関節の中に半月板の一部が嵌入かんにゅう。しばらくは歩けもしなかった」

「でも今はあれだけの動きができるんだ、リハビリはしてるだろ」

「もちろん。クワードセッティングもヒールスライドも欠かさずやってる。お陰で少しの時間なら輝ける」

「そうか。それなら合格だ」

「え・・・合格?」

「お前も、他の部員も。みんな良いプレイヤーだ。この俺が保証する」

「あんたの保証なんてあってもなくても一緒だよ・・・。タッパのないゴールキーパー、スタミナ不足のフォワード、そして爆弾抱えて試合にも出れないポンコツ。このチームでどうやって勝てばいいの?」

小角こすみ。お前は欠点ばかり見すぎだ。長井ながいの身長は確かに低いがキーパーに必要な判断力やポジショニングは大したものだ。それに北設楽きたしたらもスタミナこそないものの、視野の広さ、スピード、クロスの精度ともにウイングフォワードとしては及第点だ」

「確かにそうかもね。じゃあ・・・どこぞのポンコツは?」

 皮肉めいて佐久本さくもとに尋ねる。

「そうだな・・・きっと、高校サッカー界のトップになれるんじゃないか」

 聞いた瞬間、思わず噴き出した。

「あっはは、それいいね。最高だよ」

 乾いた笑い声をたてるが、佐久本は真剣な面持ちを崩さない。それを見て俺はわざとらしく笑うのを止めて、しっかりと佐久本を見た。佐久本もこちらに目を真っ直ぐに向ける。

「本当だぞ。誰よりも努力してきたお前がポンコツなわけないだろ。そうやって自分を卑下して体裁を繕うな。頑張ってきた自分に失礼だ」

「じゃあどうすればいいってんだよ。相手のディフェンダーに手加減して下さい、接触プレーしないで下さいって頼み込むのか?」

 思わず語気が荒くなる。無理なものは無理と必死に飲み込んでるのに、大人のエゴで精神論を語られても困る。俺の足は、ガラスでできてる。サッカーが動きのない、ただボールを蹴るだけの競技なら良いのだが、そうはいかない。たった一度の接触で終わるのだ。

「勘弁してくれよ。俺のぐらついてる膝じゃタックル一発でサッカーから退場だ。俺の朝の楽しみを奪わないでくれよ」

「その朝練は・・・単なる自己満足で終わらないだろ。試合のために、いつか自分がチームに貢献するためにその足を磨き続けてるんじゃないのか」

 何か言い返したいのに、言葉に詰まる。そうこうしているうちに攻撃練習が終わったのか、部員が動きを緩め休憩に入る。

「頼む。俺にこのチームの監督をさせてくれ」

 佐久本が頭を下げる。だが、俺としてはその願いは簡単には聞き入れられない。

「俺の朝の楽しみどころか立場まで奪うつもりかよ。俺は香海松高校サッカー部のキャプテンで・・・監督だ。俺がこのチーム背負ってんだよ。今日来たばっかのおっさんに何が分かるんだよ」

「分かってないわけない。俺も・・・香海松高校サッカー部出身だからな」

「だから何だよ。古い先輩がやってきたからって関係ねえからな」

「小角。お前は、この香海松高校サッカー部が全国への切符を手にしたことを知ってるか?」

 いきなり佐久本が発した言葉に答えられない。知らねえよそんなこと。わざわざ十年以上前の記録なんて調べたりしないし。

「あの時の香海松高校は黄金世代と呼ばれていてな。その時のメンバーの一人が俺だ」

「・・・じゃあなんで今さらそんな奴がここに来たんだよ」

「決まってるだろ。俺がお前らを強くするためだ。俺はこう見えても一ヶ月前までは武湊たけみなと高校の監督をしてたんだ」

「武湊って・・・昨年度全国大会優勝の?」

「そうだ。その前にいたのは椿ヶ丘つばきがおか、その前が簑早稲みのわせだ」

「全国大会常連校ばかりじゃねーか。あんたが、そこの監督・・・」

「で、今は母校のピンチに駆けつけたって訳だ。小角、お前には監督から外れてもらう。お前はこれから香海松高校サッカー部の選手として俺についてこい」

「い、いきなりそんなん言われたってな!俺はみんなからこの立場をもらったんだ!それなりの信頼を経て監督って地位についてるんだ!今さら降りるなんて出来るわけが」

「ーー雄大、それは違うよ」

 後ろから声をかけられる。振り向くとそこには長井がいた。

「本当は分かってるだろ。プレーしてるときが一番楽しい瞬間だって。その気持ちに蓋をしたって、喜びが溢れだしてるんだ」

 長井は優しく笑いながら続ける。

「俺たちと一緒のピッチに立とう。雄大が動けなくたって、走れなくたっていい。ただ俺はお前と一緒の場所にいたいんだ」

「それじゃあ勝てねぇだろ」

「大丈夫だ。監督の俺が、お前が今まで背負ってたものの半分は命懸けで請け負う。だからお前は何も考えずにサッカーしてりゃいいんだよ」

「頼むよ雄大。俺は監督の雄大じゃなくて、選手の雄大と試合に出たいんだよ。だから監督業は佐久本さんに任せてみようぜ。あれほどのボールコントロールを見せられたら、佐久本さんをただのおっさんだなんて言えないだろ?」

 そんなのは分かってる。確かにこのおっさんは只者じゃない。でも俺をプレイヤーに戻すったって、いったいどんな手段で戻すのか。その部分があまりにも漠然としていて、信用するには至らなかった。

「不服そうな顔だな」

「当たり前だろ」

「じゃあ・・・証明してやるよ。お前の足がガラスでも、輝けるってことを」

「どうやって?」

「それはなーー」



 その後佐久本が提案したのは、攻撃側三人と守備側三人に分かれたミニゲーム。そして、守備側に伝えたのは、

「キャプテン相手に遠慮をするな。接触する気で守備をすること」

 ということ。若干無茶で危険な提案だったが俺自身試合に出たい思いはあり、自分が実際に活躍できるのか、そのことを確かめるためにこの提案を受け入れた。

 攻撃側は俺と北設楽、南牟礼。

 守備側には2年生のディフェンダー熊谷くまがい友橋ともはし、そして3年生のミッドフィルダーしまがついた。キーパーには長井が立っている。


 笛が鳴り、攻撃がスタートする。俺は北設楽にボールを預けると、少し下がり目の位置に構えた。

 佐久本から出された条件は三つ。

 まずは『試合に出るのは十分ほど』。

 そして『守備には参加せず攻撃のみを徹底すること』

 確かにこの二つである程度の接触は避けられる。しかし問題は最後のひとつ。

「雄大!」

 北設楽から俺にボールがパスされる。そのパスが足元に収まる、その前に右サイドの南牟礼の位置を確認する。そしてボールをダイレクトで右サイドのオープンスペースに蹴り込む。

 三つ目の条件は『極力ワンタッチプレーをすること』。しかしこれは言うほど簡単ではない。パスを受けとるその前までに敵と味方の位置を把握して、なおかつ針の穴を通すほどのコントロールでワンタッチパスを出すことを要求される。

 そんなこと、プロ選手でもない限り出来るわけないだろ。

(なんて言ってたのに、ピンポイントにパスが来た!)

 南牟礼が淀みない動作でボールをトラップし、敵陣に切り込んでいく。マークについていた嶋は遅れ、対応することができない。南牟礼のもとにカバーに走り込んだ友橋が立ち塞がるが、それよりも早く横にパスを流し、左から走り込んでいた北設楽がゴールにボールをダイレクトで蹴り込んだ。


「ナイスシュート!」

 一本のパスで流れを変えられる。それが小角雄大には可能なのだ。

 その後も雄大はワンタッチプレーをし続ける。ボールを持つ時間が極端に少ないためディフェンダーが寄ることさえ出来ず、ただパスに翻弄されていた。

「ディフェンス!雄大はパスしか出さない!北設楽と南牟礼を抑えておけば大丈夫だ!」

 何度目かの攻撃のとき、守備側の嶋が言った。友橋と熊谷の二人はその言葉通り両サイドの二人のマークにつく。するとすかさず雄大はボールをトラップし、シュート体勢に入った。

「その位置から入れさせるか!」

 嶋が雄大に体を寄せ、シュートコースを塞ぐ。嶋を避けるように雄大はボールを蹴るが、そのシュートは枠を外れたところを飛んでいく。

 しかしボールの軌道は弧を描き、ゴールの右上スミに突き刺さる。

「なっ、カーブをかけて・・・」

 驚いた表情で嶋がゴールの方を見る。雄大は口元に笑みを浮かべながらネットに絡まったボールが地面に落下するまでを眺めていた。


「ーー三つ目の条件は、『極力ワンタッチプレーをすること』。ただし、『シュートを打てると思ったときは迷わず打つこと』。この三つさえ守れば、お前は見る人すべてを固まらせる、そんなピッチ上の神様になれる」


 虚偽などではない、本物の輝きは、ピッチの上で華麗に舞い続けていた。

 ずっと、ピッチの上で輝くことを願っていたのだ。他のものでは埋められない。


 やっぱり、俺はサッカーをーー。

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ピッチ上のエウリュア Rau.@良羽 @Rau-rau

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