01 新入生歓迎の戦略
新入生の勧誘。
それは多くの部活動にとって、この季節の至上命題である。
今日も、校門から一年生の教室にかけて、一人でも多くの新入生を獲得しようと、様々な部活動の部員たちが群れを成している。
しかし、新入生を獲得しなければならないのは、部活動だけに限った話ではない。
委員会も同じだ。
風紀委員会、図書委員会、衛生委員会など、竹樺第三高校には全部で九つの委員会があるが、どれ一つとして新入生を待ち望んでいない委員会など存在しない。
勿論、それぞれのクラスから二人の委員が選出されることは約束されている。そこは新入生が入らない可能性のある――つまり新入生の入り具合がそのまま存亡に繋がる部活動とは、大きく異なっている。
しかし、自分から手を挙げて委員に立候補してほしいと考えるのも、どの委員会も同じだ。入るなら少しでもやる気のある新入生に入って来てほしいし、ジャンケンで負けた最後の二人が集まるような展開には、どの委員会もしたくはない。
そのため、新歓期間の広報活動にも、委員会は力を入れている。
朝が弱いくせに風紀委員の副委員長という大役を仰せつかった
「一緒に風紀を守りましょう!」
「ふわぁあぁ……」
低血圧の七味としては精いっぱいの声掛けも、隣に立っている不良のせいで台無しだ。
「
「こんなんいくらやったって、新入生なんて入って来ねえよ」
ポケットから煙草の箱を出しそうになって、寸前で手を止める。自分が風紀委員だという自覚はあるらしい。
「大体、風紀を守りてえやつなんてどこにいるかっての」
「それをあんたが言う……!?」
「ああそうさ。アタシは風紀を作るためにここに入って来てんだよ!」
そう言って、「アタシならこういうぜ。まあ見てな」と、七味を黙らせてから叫ぶ。
「風紀委員に説教されたくなきゃ、自分が風紀委員会に入りな! 一度入っちまったら好き放題できるぜ!」
「ちょ、あんたねえ……」
しかし、七味が呼びかけていた時よりも、はるかに新入生たちの注目度は高い。その中に、本気で入りたいと思った人がどれだけいるのかは知らない。
「新入生を呼ぶために、何か特別なこととかしないと駄目なのかしら……」
「風紀委員になったら、出来る事とかあった方がいいんじゃないか」
「風紀委員のメリットねえ……例えば?」
「遅刻しても四時限目以降なら、ノコノコ入ってくる勇気を認めて御咎め無しとか」
「それいい! いいけど駄目!」
思いっきり頷きそうになった自分を、理性で抑え込む七味。
「風紀委員のみ屋上での喫煙可!」
「それ校則とか関係なく法律違反だからっ‼」
「風紀委員になったら、特攻服が無料‼ ほかの奴らは三千円‼」
「風紀委員が特攻しちゃ駄目だから‼ あと商売も‼」
「風紀委員は他校にカチコミ入れる時常に先頭を張れる!」
「だから特攻しちゃ駄目だっての! しかもそれもうメリットですらないじゃない⁉」
「まあ、アタシにとってはメリットなんだけど?」
「不良の価値観で全てを語るな‼」
この二人での話し合いには限界があると感じた七味は、委員会で改めて新歓の方針を話し合うことにした。
◆ ◆ ◆
「風紀委員のメリット?」
超お嬢様会計・
「そう。優秀な人材を集めるためには、新入生たちに風紀委員になるメリットを理解してもらう必要がある」
「確かに、『風紀を守ろう』では弱いことは確かね」
「何を言っているか。風紀委員のメリットなど一つに決まっているだろう。それは私が超人なことだ!」
「ジャグジー完備とかはどうでしょうか」
この返答を聞いた瞬間に、七味は「この娘に聞くんじゃなかった」と後悔した。
「送迎には、マイクロバスもつけて……」
「生徒会の会計がそんな予算通すと思う?」
「それはそうですよね……ならば、自費で出すしか……」
「言っとくけど私はあんたとだけは割り勘なんてしないから‼」
「みんなのためですよ、七味さん」
「既定路線で説得みたいに言うな」
「そうだそうだ、ケチなこと言ってんじゃねえよ」
「あんたはどの立場で言ってんの⁉」
「もしもの時は、アタシの分も頼んだ……」
「死ぬ前みたいに言ってんじゃない‼」
そんな二人に、薫風が「確かに、予算を考えるともう少しグレードダウンした方がよさそうね」という。
「バス・トイレ完備……」
「賃貸アパートの物件紹介じゃないんだから。そんくらい家帰ったらあるでしょう誰だって」
「私の家には無いよ……」
七味の言葉に、悲しそうな表情を浮かべる、エリーゼ・ジャガーソン。
両親の急な転勤で日本に来たという事情は、風紀委員全員の知るところだ。住むところを探すのも、大変だったのだろう――。
「そうなの……悪い事言っちゃったわね」
「いいのいいの……私の家、バスは無いけど、小さいワゴン車ならあるし」
「私の家より金持ちか⁉」
エリーゼには日本の知識が偏っているとかいうより常識が欠落しているのではないかと七味は思った。
「場が温まったところで私から提案なんだけど」
エリーゼが挙手して言う。
「あんたに常識が欠落してるんじゃないかと一瞬でも思ったことを詫びるわ……
「それほどでも。それで、提案って?」
「設備は無理だから、風紀委員だけ学食タダとか、そういう特典をつけたら?」
「なるほど……それはいいかも知れないわね」
「パンもご飯も食べ放題で……」
「うんうん」
「プリンも何個でも食べられる」
「それで、それで」
「そんなことになったら、私たちさあ……」
「なになに、最後まで言ってよ!」
「タダ飯食らいの
「うん。今のは最後まで言えって言った私が悪かった」
急に
◆ ◆ ◆
「エリーゼ君の言う通りだ」
制服の下には、白地にでかでかと「神」と書かれたTシャツ。額には、「超人」の文字。
こんな身なりでも、一応は風紀委員長の神無論奏が、四人の会話に割って入る。
「アタシらがタダ飯食らいの穀潰しってことですか?」
「いや、その点については私は超人なので仕方ない」
「あんたの言う超人って何なんだよ……」
櫨戯が突っ込みに入るのが珍しかったので、七味は特に何も言わないで眺めていた。
「私が言いたいのはだな……設備や特典で釣っても、いずれ限界が来るという話だ。そうしたもので人を集めたところで、結局はそれにつられる程度の志を持った新入生しか集まらない。だから、結局私を倒す人間は現れない――辛いなあ、超人って!」
「途中まで凄いいい事言ってたのに最後で台無しにするのやめてもらえます?」
七味の言葉にも、奏はノーダメージだったようで、「だって超人なんだもん」と悪びれない。
「でも、確かに神無論先輩の言う通りではあるわね」
「そうだ、超人とは辛い道……」
「その点ではありません。――物で釣ったところで、それには限界がある。もっと風紀委員のどこがいいのか、そういうところをアピールしていかないと、新入生は集まらないと思うの」
「でも、風紀委員で良いところなんてあるか? 『やりたい放題出来る』以外によ」
「風紀を守る」ことに対して、この面々で一番関心がないであろう櫨戯が、そう薫風に言う。
「それを今から考えるの。皆は、風紀委員になって良かった事って、何だと思う?」
「何かしらね……ちょっと、難しい問題だわ。自分が何で風紀委員になったのか、そこから考えていかないと――これは、今日の宿題にしましょう。自分が風紀委員になった理由を思い出して、風紀委員になって良かったことを一つ挙げる。それを基にして、新入生へのアピールポイントを考えていけばいいわね」
「何か、話まとまりそうになってきたね」
「んだな」
五人それぞれが宿題を抱え、その日の委員会の集まりは解散となった。
◆ ◆ ◆
「委員会による新入生歓迎会」通称「委新歓」当日。
これは、九つの委員会の代表者が集まり、自分たちの委員会のアピールを全校生徒に向けて行うという、余程やる気のある新入生以外にはかなり退屈な行事だった。
ただ、その中でも風紀委員会のスピーチは、異彩を放っていた。後世まで語り継がれるスピーチを行ったのは、副委員長の代田橋七味である。
「皆さん、生徒会を倒したいとは思いませんか! 私は倒したいと思います」
開口一番、この言葉で始まり、
「風紀委員の仕事というのは、今この学校にある風紀を守ることだけではありません! それは、風紀を作ることでもあります。つまり、私たちが校則であり、法なのです!」
この言葉に続いて、
「皆さん、我々風紀委員会には超人が揃っています。しかし臆することはありません! 風紀委員に入る決意をしたとき、あなたもまた超人なのです!」
このアジテーションを含んだ五分三十六秒のスピーチは、万来の拍手をもって新入生たちに迎え入れられた。
このスピーチから二週間、風紀委員会が生徒指導部に目をつけられるという前代未聞の事態と引き換えに。
竹樺第三高校風紀委員会の絢爛たる反逆と主戦略 須賀川乙部 @sukaotsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。竹樺第三高校風紀委員会の絢爛たる反逆と主戦略の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます