その三 ナスカー自動車レースはヤミ酒輸送が起源 

 アメリカのプロスポーツで最も観衆を集めるのは?

 日本の読者は、バスケット・ボールやフット・ボール、そして野球を思い起こすことでしょう。

 しかし、これらが一丸となっても太刀打ち出来ないプロスポーツの巨人がこの国には存在するのです。毎年、一千万人を超える観衆を呼び込み、毎週末のテレビの実況でも、その広告収益が他のスポーツを凌駕するこの巨大なスポーツとは、ストックカー・レースで知られるナスカー(National Association of Stock Car Racing, NASCAR)です。


 ナスカーレースは一般の消費者が市場で手にする量産車の車体を使用しています。従来はビッグスリーの代表的な大衆モデルでしたが、この数年、トヨタ車の健闘が目に付きます。

 消費者が乗る車と同じ車体が勾配のきついレース場を、最高速度が250キロ近いスピードで駆け抜けるのですから、観衆が歓喜するわけです。観客席は10万人に近い観衆で埋め尽くされ、若い世代だけでなく年配の男女が多いのもこのスポーツの特徴でしょう。


 このナスカーレースは今では全米を巡回していますが、それでもフロリダ、南北カロライナ、ジョージア、アラバマなどアメリカの南東部の州で開催される回数が圧倒的に多く、毎春フロリダ半島のデイトナ・ビーチで開かれる500マイルレースは日本でも知られています。

 何故、南東部なのか? 

 それにはアメリカならではの歴史が背景にあるからです。


 独立戦争で破綻した財政危機を救おうと連邦政府が高額の酒税を採用すると、東海岸の各地で反政府運動が起き、脱税行為が横行しました。あの初代大統領のジョージ・ワシントンも大統領に就任する前にはこの脱税摘発に出動しています。

 東海岸にはアパラチア山脈が南北に横たわっています。標高はさほど高くないものの古代から鬱蒼と茂る森林地帯で、移住者もこの山越えには苦労を重ねています。その雑木林が鬱蒼と茂る地勢の利点を駆使して、ヤミ酒の製造に精を出すことで政府に反旗を翻したのです。。

 この山奥深く当局の目を逃れて作られる密造酒は、これまでに触れたように「ムーン・シャイン」と呼ばれています。月夜に密かに作業をすることからこの名が出ています。 。  

 酒の密造は19世紀に入ってもますます盛んになり、20世紀になり、悪法の禁酒法が実施されると最高潮に達し、その伝統がいまだに引き継がれています。我が家に毎年のように付け届けがあることを前回記しました。


 この密造酒は当初は自家用でしたが、金儲けを企んだ大量生産が始まり、それを市場に出荷する必要に迫られて考えられたのが、密造酒販売を取り締まるポリスカー(パトカー)を振り切る高性能の車への改造とドライバーの養成でした。

 現在のようなハイウェーが整備されたのは1950年代のことで、それ以前は山中や田舎の曲がりくねった道路を高速で走り抜け、ポリスカーが追走すれば、瞬時にギアチェンジをしてトップスピードに達しなければ、折角造った酒が泡に帰すことになります。

 こうして、市販車を改造して出力をアップした車を腕自慢の男たちが駆る光景があちこちに出現し、中には8気筒エンジンを搭載したキャデラックを救急車に艤装した車も出現するほどでした。二百馬力の出力で走りぬけるこれらの改造車に並みのポリスカーが太刀打ち出来なかったのはもちろんです。

 エンジンの出力を増すために、ターボチャージャーやスーパーチャージャーなどが工夫されました。文字通り必要は発明の母で、デトロイトも顔負けの開発意欲でした。そしてオンザジョブ・トレーニングで鍛えられた多くのメカに強い若者を輩出したのもこの地方でした。

 やがて腕に自信のあるドライバーと車の性能アップが相まって、この運び屋連中が余興に始めたのがナスカーの起源です。

 1947年に最初のレースが開かれました。ノースカロライナとサウスカロライナの州境に人口が一万人ほどのロッキングハムの町があります。ここがナスカー発祥の地です。 

 警察に追われる身から全米のレース・ファンに知られる英雄に変身する者が続出しています。田舎道で鍛えた腕は本物だったのです。今でもナスカーの代表的な大レースが南東部地方で開かれているのは、このような歴史が背景にあるからです。

                                  



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お酒談義 ジム・ツカゴシ @JimTsukagoshi

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