その二 お酒と赤ら顔

 前回記したように、筆者の住む地は最近まで「ドライ」と呼ばれる、アルコール類の販売やレストランでの提供が禁じらた禁酒地帯でした。酒が許される地は「ウェット」と呼ばれています。

 この禁酒の規則は住民投票による決定で、酒は人を悪魔にすると心底から信じる者が多いことを語っています。冗談で酒にまつわるジョークを放ち、相手が本気になって怒ったり、村八分にされる恐れさえあります。

 しかし、ドライだからといって誰もが酒嫌いであるはずはなく、自宅で晩酌を楽しむのは筆者だけではありません。


 夏に近所の老若男女の住民たちが野外に集まり、バーベキューを楽しんだ後に馬で遠出をする催しがあります。百人を越える男女が参加し、酒を嗜む者はビールを持ち寄るのが常です。禁酒を標榜する住民からは批判も出されていますが、娯楽に恵まれない田舎では数少ない息抜きです。唯一の存在である東洋人の筆者が毎回不可解に思っていたのが、酔いと赤ら顔の関係です。

 この野外ビール・パーティでは、参加者の多くは筆者の数倍も飲むのに男女共に誰も顔に出ません。飲み過ぎて酔っ払い、足許がふらつく光景は日本と同じですが、何故なのか? 体格の差か? 不思議な現象だと思っていましたが、その答を先年新聞記事で目にしました。

 顔が赤くなるのはアジア人の特徴でオリエンタル・フラッシングと呼ばれ、西欧人には無いことだそうです。


 摂取されたアルコールは肝臓でアセトアルデヒドに分解されます。毒性があり、体内で濃度が高まるとアレルギー症状を引き起こす生理活性物質であるヒスタミンが作り出され、これが悪酔いを招くことになります。

 このアセトアルデヒドを分解する酵素に「N型」と「D型」があり、どちらかの親からD型を受け継げば顔が赤くなり酔いやすく、N型であれば赤ら顔になる度合いが低くなるという遺伝子配列が明らかにされています。原田勝二・元筑波大教授の発見だそうですが、N型とD型では酵素の働きに十六倍もの差異があるそうです。


 原田元教授の調査では、フン族の末裔であるハンガリーでD型が二%あったほかは欧州、中東、アフリカでは皆無。日本ではD型が四十四%、中国で四十一%、タイで十%とアジアに集中しています。北米の先住民ではスー族に四%、ナバホ族に二%のD型が発見され、アメリカ・インディアンがアジアから渡来したという説と符合します。

 アフリカで誕生した人類の祖先はすべてN型だったのが、原田さんの研究では三万年ほど前の中国で突然変異のD型が誕生したそうです。


 面白いのは日本国内でもこのN型の度合いが異なることで、N型が高い、即ち酒に強い遺伝子を多く持つのは、トップが秋田県で七十六%、岩手が七十一%、鹿児島が同じく七十一%、福島が七十%で、酒豪の地といわれる地域と合致します。逆にN型が低く酒に弱い地は、三重県が四十%、愛知が四十一%、石川が四十六%で、縄文時代に渡来した人はほぼN型で、弥生時代に渡来した人にD型が含まれていたとされます。

 筆者の生誕地の和歌山はN値が五十%で下から五位。顔が赤くなるのも当然のことといえます。

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