第92話 高校の藤堂、中学の漆原、小学の――。(ChapterⅤエンド)
俺が藤堂とここまで話の相手にできた理由があるとするならば『予測・憶測』の連続で、自分を落ち着かせてきたからだったと思う。
こうきたら、こう。
ああきたら、これ。
きっとこういう話で終わるだろう――それが間違っていても、そこまでに至る過程で、叫んで走り出したくなる衝動を抑えることができた。
ようするに思考とは、俺にとってのトランキライザーなわけだ。
「あの、ね」
だが、どうした。
いま目の前で、突然、ライオンが肉を前にしたかのように静かになった藤堂を見て、俺は一気に理解が追いつかなくなった。
――勉強してんの? 黒木。
――夜に遊びいってて、怠けてんじゃないの? 黒木。
――ゲーム、ほんとにやってないの? 黒木。
正直なところ、俺はそんな話がされるのだと思っていた。信じていた。信じ込んでいた。
それでもまだ確定できない話であったから寄りかかることはできなかった。空に浮かんでいる雲を見て、なんかの動物に見えるな――なんて考えるぐらい適当に、そんな話なんだろうと考えようとしていた。
でないと、不安で動悸がやばいからだ。
だが、どうしたことだろう。
俺がバカゆえに気がつかなかった最終ステージ。
RPGなんかでもたまに見る展開。
仲間がラスボスだった的な進行。
そんなことになっても……、おかしくはないと思っていたが……。
「た、たとえばなんだけど……」
藤堂よ。
なぜどもる?
それは俺のキャラ設定であって、お前の特性ではない。
「えっと――あっ」
コンコン、とノックがされて、頼んだドリンクが届けられる。
その間、藤堂はやけにそわそわと髪の毛を手ぐしですいたり、スマホを手に持って、つけて、時間を確認したあと、おそらくカメラを起動して自分の髪型を整えたりしていた。
俺はそれを、まるで幽霊でも見つけた時みたいな驚きをもちながら、観察する。
……なんだこれは。藤堂が、藤堂ではないみたいだが……いや待てよ。
ドリンクが置かれる間。そして店員が退室する間。
俺は思い出していた。
こいつとの出会いはたかが数ヶ月。
しかしこういう態度になったことが少なくとも一度、あったはずじゃないか?
その時は――そうだ。
初めてあった時。
俺の部屋に遊びにきていいかと聞かれた時。
その時、藤堂は確かにこんな反応をしていなかったか……?
まてよ。
そうなると。
つまり藤堂が話したいということは――なるほど……わかったぞ。
俺は一つの答えにたどり着いていた。
そしてその事実――いや、事実かどうかは不明なのだが、とにかく自分なりの答えにたどり着いたその事実に興奮してしまった。
数少ない、藤堂にマウントを取れる機会と言い換えてもいい。普段ならそんなことは考えないが、原宿にいたときの小さなストレスが俺をダークサイドへと押しやっていた。
『ごゆっくりどうぞぉ』と若干、間延びした声に送られるようにして、俺と藤堂の会話はふたたび始まる――はずだった。
が、俺はそれを許さなかった。
藤堂が口を開く前に。
俺はバカなので。
わかったように口を開いた。
開いてしまったのだった……。
「……わかったぞ、藤堂」
「え?」
落ち着かせるためだろうか。
藤堂は両手でカップを包み込んで持ち上げて、一口目を終えたところだった。
俺は首を振った。意味もなく。
「藤堂、俺はお前の気持ちがわかった」
「は? え?」
藤堂の表情がくるくると変わる。
お前と言ったのに訂正されない。
それぐらい藤堂はテンパっているのだろう。
俺は意味もなく確信した。
だから、言った。
「藤堂が言いにくいなら代弁してやるさ」
「な、なにを」
「藤堂、お前はさ」
「う、うん」
「ゲームしたいんだろう?」
「……なんて?」
「だから、こんなプライベートルームをとったんだな。ゲームをするために」
たしかにここは、視線もない。
音は漏れるが、それだけだ。
どうやら無料wi-fiもある。
二人でゲームをするという点においては完璧だった。
藤堂は小さく口を開けた。
それは驚きの――というかは、あっけにとられている……わけでもなく、あれ、なんだこの空気。
藤堂は、カップを静かにおいた。
「黒木」
「は、はい」
「そういう、ことじゃ、ないの」
「は、はい……!」
え!?
違うの!?
「はぁ……黒木ってほんと、黒木だよねえ……っ」
藤堂は、バカにしてるのか何なのかいまいちよくわからない俺相手限定の常套句を口にした。
それから、下を向く。
泣いているように見えない。
「お、おい、藤堂……」
「……っ」
藤堂が息を飲んだ。
かくんかくん、と首が前のめりに動く。
肩が揺れていて……おい、これ、笑ってるのか?
藤堂は顔を上げた。口元に手を当てて、その顔はやはり笑っていた。
「黒木ってほんと、黒木だなあ!」
「話、折ってすまん……じゃあ、話してください……」
「いや、もういいや」
「え?」
「え、じゃなくて――」
藤堂は肩をすくめた。
それでも顔は笑ってただけど。
「もう、話すのやーめた」
「え!?」
「だから、え、じゃないの」
「ごめん! すみません! 気になるから、してください!」
完全に立場が逆転していた。
罠にはまっていた鶴を助けた弾みで、自分が罠にかかってしまったおじいさんみたいだった。
だが、鶴は恩返しをするつもりすらないようだった。
「ダメです。あなたは解答権を使いきってしまいました」
解答権……。
確かに俺は、人生で、藤堂に対するそれを使いすぎているかもしれない……。
「俺の解答権って何回あったんだ」
「0回」
「質問を許されてない!?」
「そだよ。自分で考えて?」
ちくしょう……!
俺は毎回こうだ。
なんで、いろんなことに耐えきれずに、自分から動いてしまうんだ。
こんなにアグレシッブな部分があるなら、友達の一人や二人いてもいいはずなのに……。
「ねえ、黒木」
「なんだよ……」
俺はカップに唇を当てた。
ブラックコーヒー。
めちゃくちゃ苦いが、今の俺には最適だろう。
少し黙ったほうがいいんだ、俺はバカだから。
まじで何の話だったんだ……。
ていうか、その話をするためにこんなところまできたんだろ?
なのに藤堂はなんなんだ?
ていうか、まじでそうだよ。
なんで、ここまでセッティングしておいて、話さなくていいんだよ。
藤堂の気持ちがまったくわからない……。
「黒木はさ、今日1日、どうだった?」
「どうだった?」
「うん」
藤堂は少しだけ、真面目な顔をしていると思う。
だがさっきにくらべたら、それは、普通だ。
普通の藤堂だ。
だから、俺も、普通に答えた。
……普通ってなんだろう、ってぼんやりと考えながら。
「そりゃ、普通の……日常とは違う場所だし、疲れるっちゃ疲れたけどな」
「だよね。周りからなんか、ディスられてたしね」
「う……」
「わたしの隣に居たときさ。すごいいわれてたよね。『つりあってないよね。遠い親戚じゃない? めっちゃ遠い親戚じゃない? 似てないし』とか言われてたよね。あれはひどかった」
「うう……」
傷口が開いてきた。
めっちゃ遠い親戚ってなんだよ……、他人って言いたいんだろそれは……。
だが何がきついって、そういう奴らの気持ちが痛いほどわかるんだ。
俺だって、まだまだゲームに慣れてなかった頃。
FPSを教えてくれた先輩方がいたわけだけど、その人たちと一緒に組んで、ゲームに勝ってしまうと、とにかく申し訳ない気持ちになったものだ。
キャリーされた――ようするに、実力より上の場所に持ち運ばれたような、虚しさを悲しさと申し訳なさ。
逆にいえば、そういうやつを側からみると、キャリーされてんな……と思ってしまうこともある。
だから俺が、一人でこれない原宿に。
藤堂にキャリーされてんな、と思われても当たり前。
だから、それは間違いではない――のだが。
こいつ……、気がついてたのに、なんで気にしないふりしてたんだよ。
俺と一緒にいるとき。
そういった声が聞こえてきた時。
藤堂はいつだって、何も聞こえないように、普通の態度で立っていた。
いつだって。
まるで一人の世界にいるみたいに。
ずっと一人で――。
一人?
「気にしてるの?」と藤堂。
俺はハッとなって、現実に戻ってきた。
必死に考えて、答えを出す。
「気にしてるとか……、気にしてないとかではなくて、聞こえてくるんだから、そりゃ認識しちまうだろ」
藤堂は違うのか、とは聞かなかった。
聞けなかった。
「原宿にくれば黒木も、たじたじかあ」
「しかたないだろ……」
「教室では目立たないようにできるけどね」
「あそこは静かにしてればいいだけだからな……」
藤堂に近づかなきゃ、俺もただの人間だ――言おうとして、気がつく。
その言葉の残酷性に。
自分がいかに逃げているかに。
藤堂にとってこれは日常なのか、と考える。
教室でも、どこでも、こんな視線にさらされているんじゃないかって――唐突に答えにたどり着く。
でも、黙っていた。
だって今の俺には、そちら側に立って物はいえない――のか?
いや、待てよ。
俺と藤堂は、本当に違うのだろうか。
似ているようで、似ていないようで、しかし抽象的な話にしてしまえば、随分と重なる部分があるんじゃないだろうか?
人からの偏見。
浴びる注目。
そこに対するアプローチや原因が違うだけで。
俺と藤堂の置かれた世界――1人の世界は同じではないのだろうか。
だから俺たちは……。
「黒木。わたしだって、同じ気持ちになることはあるよ。黒木みたいに、ね。わからないかもだけど」
「……おう」
「なんていうか、世界に一人だけになりたいときとかさ。いろいろ、あるよね」
「そうだろうな」
「あれ、なんでいきなり、理解顔?」
「理解なんてしねてねーよ」
「でも、なんか悟ってる感じ。慌ててないし」
「俺の判断は焦り具合か……」
なんだその判断基準は。
でも、藤堂の言葉の意味は少しだけわかった気がしていたのは事実。
教室にいても。
街を歩いていても。
原宿を自由に散歩したくても――きっと、藤堂にはそういう視線が絡みつく。
俺だってそうだ。
原因もなにもかも違うけど。
過剰なくらいの自意識過剰が、俺を藤堂と同じ舞台に引き上げてくれる。
でもやっぱり違うところはある。
俺が静かにしてれば逃げられる。
場所からも。視線からも。逃げられる。
でも、藤堂は逃げられない。
逃げることが許されない。
きっとそれは死ぬまで続くのではないだろうか――いや、違う。
二人の共通点はある。
俺も。
藤堂も。
平等に逃げられる――逃げるじゃなくて、それこそ戦える場所があるじゃないか。
俺はそれを知っているじゃないか。
ああ、そうか?
そういうことなのか……?
だから、ゲームなのか?
「理解はしてねーけど……」
俺はもう一度コーヒーを飲んだ。
苦い。
もう、余計なことを言うのはやめた。
だから大事なことだけ。
短く伝えよう。
「なんていうか、藤堂が」
「なんていうか? わたしが?」
「藤堂がゲームにはまる理由がわかった気がする」
「ふーん?」
藤堂はいよいよ本調子に戻ったようだった。
俺のことを上から見ているわけではないはずなのに、どこか上から見てくるような雰囲気。
「なら、一つ、わたしも教えてあげる」
「な、なんだよ……」
藤堂はそれから、そっぽを向いた。
こいつは本当に、ころころと表情が変わる。
まるで山の天気みたいだ。
さっきまでの高飛車な感じはどこへやら。
やっぱり先ほどのように、どこか慌てたように――でも今は芯が通っている感じで、投げ捨てるように言った。
「わたし、嘘ついた」
顔が、赤い。
真っ赤だ。
俺じゃない。
藤堂の顔が、真っ赤だった。
「は?」
言葉にではなく。
その光景に、俺は言葉を失った。
晴れていたのに、雨になって。
雨だったのに、晴れて。
そのあと山火事になった。
藤堂は「ふーっ、あつい」と胸元をパタパタさせた。
それから落ち着いてきた頃にもう一度口を開いた。
「仕事、もちろん入ったけど。学校休むけど。1日休めば、問題ないから。だからわたしの日常はかわらないの」
「え? あ、そうなのか……?」
これって、あの、芸能活動かなんかの話だよな?
しばらく休むって。
学校これなくなったとかなんとか言ってた――。
「だから、その、ごめん――大げさにいって。嘘みたいになって。ごめん」
「え、なにが」
「だから、嘘ついて」
「いや、嘘っていうか……、俺よくわかってねーし、学校も休まないといけないんだろ? じゃあ嘘じゃないんじゃねーのか……?」
俺は心からそう思っていた。
これは嘘じゃない。
なんでそんなことを口にしたのか?、とか。
そんなことはまるでわからないけども――でも、これは嘘ではないだろう。
藤堂は黙った。
口を開いて、閉じて。
もう一回開いて、出てきた言葉は。
「うるさい」
ただそれだけだった。
「え!?」
怖くない!?
この人、なんなの!?
「とにかく、わたしが悪いの! だから終わり!」
「わかったよ……って、終わるのかよ……」
勝手に始まって、勝手に終わったんだけど。
まあ、いいか、もう。
ていうか話ってなんだったんだよ……。
謎すぎる。
「じゃあゲームしよ、黒木。黒木の家でゲームすることは許されてないけど、これは禁止されてんないしね。言わないし?」
「おう、いいけど……」
それこそ嘘なのでは……と言おうとしたが、俺は黙っていた。
だって、藤堂がめちゃくちゃ楽しそうにスマホのアプリを起動したから。
そしてなにより。
俺が今一番したいことは、なんだかんだいって、勉強でも話でもなく――藤堂とゲームをすることなんだよなと思ったから。
「あ、でも藤堂。この前、アップデート入ったっぽいから、時間かかるぞ……? 最近、起動してなかったんだろ? 俺もアプデからだから、まあいいけど」
「え? あ、そ、そう?」
「え?」
バンバンッ、と音。
それはエアポケットウォーカーの起動音。
俺は、今、アップデート5パーセント。
藤堂はすでに待機画面で、俺を待っている。
「……藤堂」
「は、はい」
「嘘をつくなよ?――お前、一人でゲームしてたろ」
「し、してないよ?」
「じゃあなんで、もう待機してんだよ」
「……5Gとかいう最新のやつで」
「まだきてねーよ」
「このまえ、間違えて起動しちゃって」
「アップデート終わるの待ってるじゃねえか」
「うっ……」
それから長いアップデートが終わるまで、藤堂は俺の追求をかわし続けて――しかしかわし続けられずに、白状した。
「ご、ごめんなさい……少しだけ、ちょっとだけ……黒木が頑張ってるから、一回だけで終わったよ……?」
なんていうか、完璧美少女とは思えない情けなさを感じたが、俺はこういう藤堂でいいと思った。
俺は信じている。
世の中、くそばっかりだ。
いい奴らは、そういうクソみたいな奴らに蹂躙される。
だから俺は最初から期待しない。認めない。近づかない。
クソみたいな奴だとわかった時、俺はそいつを殴ってしまいそうだから。
だから最初から全てをクソと決めつけて近づかない。
でも、間違えて近づいてしまって。
そして、そいつが善人だったらどうする?
そうしたらもう。
俺はその善人を守るために。
悪人と刺し違えたっていいって。そう思うんだ。
だから、藤堂。
俺の前ぐらいは――くだらない周りの遠慮ない視線や、一方的にディスってくる、正解イコール自分だと疑わないくそ人間なんかを忘れて、嘘だってなんだってついてもいいぞ。
なんとなくだけど――そう、思った。
◇
ChapterV
END
&
NEXT
Chapter Ⅵ
prologue
◇
だが、俺たちの間に流れていた緩やかな時の流れは、一瞬で変化してしまうようだった。
それもあと数時間後に。
そんなことに気がつかぬ俺たちは――気がつくことなんてできない俺たちは、ゲームを楽しくするしかなかったのだけど。
◇
『そろそろ帰ろうか』
どちらからともなくそう言って、二人で弛緩した空気のまま、ドアを開けた。
俺たちはそれまで、イヤホンをつけてゲームをしていた。
目の前にいると、イヤホンをつけていても会話は聞こえてくるし。
でも外の音は遮断できるし良い感じだった。
だから。
数時間もゲームをしていた俺たちの隣の部屋に。
いつの間にか入室し、そして同じタイミングで退室する人間が、どんな相手かと把握できたのは、その時が初めてだった。
俺がドアを開けたのと。
少し離れたプライベートルームのドアが開いたのは、同時だった。
ふっと、俺はそちらを見る。
なぜだろうか。
あちらの人間も――やけに特徴的な容姿を持つ同い年ぐらいの少女も、こちらを見ていた。
何かの予感があったのか。
それはわからない。
だが俺たちは時間にして数秒だけれども、見つめあった。
ドアに手をかけたまま、互いが互いを見た。
少女の肌は雪のように白かった。
その瞳は、灰色で。
その髪は、世にも珍しい白に近いプラチナブロンドだった。
日本人離れしているのに、どこか日本人の色をたたえたその美貌。
俺の記憶が強く揺さぶられる。
藤堂と出会ってから、こんなことばかりだ。
記憶の中の少女が、目の前の少女に重なる。
少女は正直、藤堂に匹敵するほどの――いや、シチュエーションによっては……たとえば藤堂がひまわり畑の前で写真を撮れずに、雪のシーンに持ち込まれたら、藤堂が負けてしまいそうなほどに――容姿が整っていた。
俺たちは依然として互いを観察しあう。
声をあげたのは、だから、互いの口ではなく――互いの連れだった。
「え、なになに、どうしたの。なんで止まるの、リンネ」
「黒木? 早くでてよ、黒木くん?」
時は突然動きだした。
俺は言った。
「リンネ?」
彼女は言った。
「クロキ?」
唐突に蘇る光景。
それは高校時代でもなく。
中学時代でもなく。
俺の一番最初の暗黒時代――小学校での光景。
記憶の中で一人の少女が泣いていた。
雪が降っていて、彼女は靴を片方履いていなかった。
俺はその少女のために、じつにみみっちい作戦をいくつもたてて、戦った。
高校生どころか、中学生がやっても、軽犯罪になってしまいそうな、そんなことまでして、俺は一人で戦った。
彼女は『接着剤って、そうやって戦うために発明されたのかな……?』なんて俺をヒーローのように見ていたけれど、俺はただ、いじめっ子のランドセルを接着剤でくっつけたり、いじめっ子の縦笛を接着剤でくっつけたり、いじめっ子の体操着を接着剤でくっつけてレオタードみたいにしてやったりしただけだが……、それでもあの銀髪の女の子は、俺を尊敬の目で見て、そして――引っ越していった。
俺はやけになっていじめっ子数名の家の鍵穴という鍵穴にガムをつっこんでから、接着剤で止めた。
警察沙汰になり、親父とお袋が謝罪して、俺はいじめっ子たちの悪行をすべてバラマキ、お金”だけ”で解決することに成功したが、それでもしばらく外出禁止になり、そして見事にFPSゲームにはまったわけだ……。
『黒木くんの名前、面白ね。ヨウなのにyouだね。ユーはヨウで、ヨウはユーだ』
『あの、ね、黒木くん。リンネだけ……ユーくんって呼んでいい?』
『ユーくん、あのね……リンネ、引っ越しするんだって……、黒木くんと、だから、これでお別れなんだって……』
それからどうしたっけ。
しばらくは文通をしていた気もする。
それも半年に一回くらいの頻度の報告の手紙だけ。
でもそれも――俺のほうから送らなくなってしまった。
中学時代は漆原のことといい、いろいろあって。
ゲームにもハマりすぎてしまって。
じいちゃんが死んだこともあって。
俺はいろんなことをリセットしてしまった。
リセットして。
やり直そうとして、それでもできなくて。
そして俺は――また、出会ったのだろうか?
俺は目の前で、間違いなく俺の名前を口にした銀髪の少女を指差した。
「まさか……、お前……、灰瀬(はいせ)か?」
「そ、そうだよ! ユーくん! うそ、こんなに早く会えるなんて! ちょー嬉しい!」
記憶よりも元気になっている少女が、とたとたと駆けてくる。背は藤堂と同じくらいだろう。
向こうの連れも、俺の後ろから顔を出している藤堂も、なんのことだかわからないに決まっていた。
わかっているのは二人だけだった。
「ほんとに、ユーくんだっ!」
「まじかよ、ひさしぶ――うおっ!?」
灰瀬は俺の前にたどり着くと、両手で、指差していた俺の手を握りしめた。
ブンブンと降った後に、宝物でも守るように自分の元へと引き寄せた――ので、俺は綱引きみたいにして、自分の腕を止める。
が、それでもリンネは自分から近づいてきた。
「リンネ、この前、やっと日本に帰ってきたんだよ……それで今は、モデルさんしながら国際高校通ってるの……」
「いや、そうじゃなくて、手を……え? モデル?」
俺は背後のモデルに気をやったが、すぐに目の前のモデルに意識を戻された。
「会いに行こうと思ったんだけど、怖くて……でも、こんなところで会えるなんて、リンネたち、すごいね、ユーくんっ」
おう、とか、うん、とか、ふが、とか言っていた俺。
そんな俺に我慢できなくなったのだろう。
「ちょっと、黒木っ!?」
藤堂が後ろで、小さな声で叫ぶ。超難易度級のわざだ。それから俺の横腹をめちゃくちゃ押してくる。めっちゃ痛い。
勘違いされている気がするので、早く打開しなければ……。
だが、こんなにも懐かしい顔を前にして、俺も俺で、テンパっていたのだ。
焦っていたのだ。
それは手紙を俺から止めてしまったことを思い出したからとか、そういう心の奥底に根ざした焦りで、簡単には逃げられそうもなかったのだ。
だが、それでも。
この光景はまずい。
俺は両手を勢いよく引いた。
「と、とにかく!」
「わっ、どうしたの、ユーくん」
「どうしたの、じゃねえよ! いきなりこんなことしたら驚くだろ! 周りが!」
俺はあえて藤堂に聞かせるようにして、声を出す。
だがリンネには逆効果だった。
「……昔を思い出すね」
そう言ってなぜか涙ぐむ――いや、その理由はわからないでもないが、目を潤ませる姿を見て、連れの美少女は不思議そうにしていたし、なにより俺の横に立っていた藤堂が、目を丸くしていた。
だがその丸さは、驚きからではないように思う。
どこか剣呑な……。
おさえきれない怒りすら感じるような……そんな波動を肌に感じた。
「く、くろきくん……?」
「はい」
反面俺の頭は冷静に。
冬に。
雪に。
冷たくなっていく……。
「くろき、くん。こ、このひと、だれかなあ?」
顔を引きつらせながら藤堂は聞く。
俺の意識はやはり静かに落ち着いて。
やはりあの雪の日を映し出しながら。
口だけは別の生き物みたいに、動いて、答えを示した。
「彼女は――」
高校で出会った藤堂真白。
中学で出会った漆原葵。
そうして。
二人に出会った俺を根本から作り上げた小学生時代の同級生――。
「灰瀬……、灰瀬凛音(はいせりんね)。俺の小学時代の同級生だ」
「幼馴染じゃんっ」
「違うから今は黙れ」
それは、俺を俺として完成させた張本人だった。
幼馴染なんて言うには突然の出会いで、突然の別れで、二人だけの秘密すぎる。
そんな相手だった。
◇
後から考えると、俺”たち”の物語っていうのは、ここから始まった気がする。
俺と。
藤堂と。
漆原と。
灰瀬と。
学生時代の俺の成分が凝縮してつまっているような、この三人が――俺にとっての、最後の青春だったのだ。
俺とアイツは友達じゃない。~JKモデルはゲーム禁止の家庭のせいで、ゲーマーボッチの俺の部屋であそびたいらしい~ 天道 源 @kugakyuu
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