第91話 巻き込まれ体質

 プライベート。

 俺からしたらそれは自室のパソコンの前でヘッドセットをつけて、ゲーム以外の音を聞かない状態を指す。


 原宿。

 おしゃれでありながらも、ダークカラーを基調としたシックなカフェ。

 知り合ったころから変わらず、RPGの勇者の背中を追う仲間のように、俺は藤堂の背中を追ってプライベートルームとやらに入室することになった。


 天井の高い店だ。吹き抜けのような作りといえばいいのだろうか。はるか上で、でかい扇風機みたいなシーリングファンが回っている。

 二階部にあたるだろう場所には格子状の木枠がはめられていた。


 はじめて高層ビルをみた人間のように上を見ていると、藤堂の声がした。


「黒木、こっち」

「お、おう」


 一階の一角はソファ席がいくつか。その裏に階段があった。

 細めの階段だ。

 藤堂はそこを上り始めた。だから俺も階段に足をかける。

 当たり前だろう。

 この敵地において、藤堂と違う行動をとる必要性など皆無だ。


 上がった先には四角形の建物に沿うようにして廊下が伸びていた。

 頭の中で入口からの図面をざっと引いてみる。こういうところはマッピングを必要とするゲームをやってきたりした結果についた能力だろう。


 その結果わかったことは、廊下はコの字に伸びているらしいこと。

 等間隔にドアが設置してあるが、そこを抜けると、おそらくだが一階から見た木枠の場所に出るのではないだろうか。


「3rdルーム……ここだね」


 藤堂が確かめたとに、ドアに手をかけて押しひらく。

 すると部屋が広がっており、その先には予想通り、格子状の木枠。

 プライベートルームは半個室のようなものらしい。


 部屋はまったく広くない。

 俺と藤堂が荷物を置いてしまえば残りは人が座る場所があるくらい。

 小さめの角机が部屋に中央に一つ。

 それから机と比較すると大きすぎるような気のする、しかし座り心地は良さそうな一人がけソファが対面に二つだけ置いてある。

 密室に近いが格子の先から光が入ってくるし、一階の喧騒も容易に届いてくるので、圧迫感はない。


 藤堂は荷物を置きながら脇に置いてあるパッドを指差した。


「飲み物はそのパッドで頼めるから。頼んだら持ってきてくれるよ」

「……わかった」


 俺は「格子の間から声を出せば下に届くんじゃないの?」なんて軽口を思いついたが、いろんな懸念点が存在していたため、黙っていることにした。


 俺も藤堂にならいバッグを下ろす。それから紙でも用意されえいるメニューを見た。

 値段がそこそこする。

 これはプライベートルームから頼むから、この値段になるのだろうか。


 というか。

 今更ながらだけども。

 俺は聞いた。


「プライベートルームって……ここ、まさか、藤堂の所属してるとこが経営してるのか?」

「まさか、そんなわけないでしょ」


 藤堂は否定した。


「会員制みたいな感じで、パスワードが配られてるだけの普通のお店。ただ芸能関係とか、そういう方面に強いみたいな」

「全然、普通の店ではないだろ……」

「もっとすごいところなんて、すごいって聞くけど」

「具体性がない」

「ここだって空いてないと普通に入れないしね。わたしもちゃんと予約してるんだよ?」

「そうなのか……ん?」


 一拍を置いただけで、俺の脳みそがエラーを通知してきた。

 藤堂の言葉にひっかかる。


 ――予約をした?

 ――この店、もともと来る予定だったのか?

 ――あ。


 俺はそれから全てを悟った。

 いや、普通の感覚のやつであれば――もしくは緊張なんかをしていなければ、気がつけるはずの事実。

 

 藤堂の話というのは、今、ここで始まるのだ。

 俺の心はまだなんの準備もしていなかった。

 突然の気づきに、心拍数が一気に上がる。

 

「黒木、なに飲む? コーヒーとか?」

「いや、ああ、うん」

「え? どっち?」

「そ、それで」

「それって、コーヒー?」

「お、おう」

「……? わかった、じゃああたし、カフェオレで……よし」


 慣れた手つきで藤堂はオーダーを済ませて、パッドを脇に置いた。

 何が始まるのか――俺の体は硬直した。


 そもそも、だ。


 漆原のときには、何かがあると感じ取った俺に。

 何かを話そうとしていた漆原のヒントに。

 時間の経過と記憶と憶測が合わさって、話が進んだ。


 だが、今回は違う。

 まるで想像がつかない藤堂の誘いを受けて、俺は今ここにいる。

 話がある――いったいなんなんだ。

 それは小さな魚の骨のように、俺の喉にずうっとつっかかっていた。

 

 だがそれも今、終わるようだった。


「ねえ、黒木ってさ――いつもそうやって巻き込まれてるの?」

「は?」

「巻き込まれ体質かってこと」


 なんだ、それは、俺は巻き込まれたことなんてねえぞ――と、尋ねるより前に、俺は自分の人生を思い返していた。

 巻き込まれ体質?――たしかに、そう言われてみると、俺は俺の意思で動いているように見えて、その実、色々なことに巻き込まれてから頭を抱えている気がする。

 つまりそれは、途中までは自分の意思がないということなのだろうか。

 だから、巻き込まれ体質。

 記憶を呼び起こす。


 高校時代。

 藤堂に巻き込まれた?――たしかにそうかもしれない。ゲームをしている藤堂を見たあと、俺には様々な選択肢があったのに、今こうなっているのは、藤堂に引っ張っていかれたからだ。


 中学時代。

 漆原に巻き込まれた?――いや、それは俺の判断だったはずだろ。だがしかし、時を超えて、それが自分の間違いだったと知り、むしろ漆原のほうが全てをお見通しだったような気もする。

 現在進行形で巻き込まれていると評価してくるやつもいるだろう。


 小学生時代。

 俺はあいつにも巻き込まれたのか?――いや、あいつのことは訳が違うだろ。

 でも、たしかにそうだ。藤堂と重ねて考えてみれば、やはり俺には選択肢があったはずだ。なのに結局、何かの力に引っ張られるようにして、関わってしまった。

 あの時の言葉を忘れない。くそみたいな教師の自己満足の言葉。

『先生はね、いじめられるほうにも原因があると思うんだけどね』

 今だからこそ断言できるが、教師のかざかみにもおけない女の言葉。

 小学生ながら怒りを覚えた。だから俺は俺になったのだ。俺は俺として、あいつの問題にぶつかった。


 それは時を経て、漆原を助ける原因になったのかもしれない。もしかするとぼっちになった原因かもしれないし、藤堂と関わる大元の経験なのかも。


 だんだんと思考がわからなくなってきたが、結局はっきりとしているのは、ぼっちだの孤独だの一人が良いなんて言っている俺だったが、藤堂の言う通り、要所要所で何かに巻き込まれているようだった。


「黒木? 聞いてる?」

「あ、ああ……聞いてる。そうだな――たしかに俺は、そういう経験が何回かあるのかもしれない。そう思ってただけだ」

「そういうのって?」

「だから、巻き込まれてるのかって話だ」

「やっぱりそうなんだ……」

「は?」

「いや、こっちの話。でもそれって何回くらいなの?」

「何回とか、回数にできる話じゃねえだろ」

「まあ、そうだけど。巻き込まれ体質って、ほんとにいるんだね」

「なんだその反応は。人に聞いておいて、自分で驚くなよ」


 答えつつ、頭の片隅で三回くらいか? 藤堂を入れて――なんて結果がはじきだされた。


「聞かなくてもわかることと、実際に聞いて判明したことは、似ているけど全く違うの」

「いきなり頭が良さそうなことを言うんじゃねえよ……」


 いや、頭はいいんだけどさ、実際。


 それにしても俺は主体性がない人間らしい。

 小学生の記憶を鮮明に思い出したのは久しぶりだったが、俺は確かに藤堂の言う通り、何かに巻き込まれている確率が高いのかもしれない。


 ……だが、それがなんだと言うのだろうか。

 そんな話をするために藤堂はこんなカフェを予約したのか? 

 

「黒木って、人付き合いが嫌いとかいっといて、実際、人間に囲まれてるよね」

「母親みたいなことを言うなよ……」

「そうなの?」

「ああ。母さんも似たようなこと言ってた気がする」


 なんだっけか。

 詳しくは思い出せなくなってしまったけど、『本当は人が好きなんだよ、陽は』だっけか。

 俺が本当に人好きなら、こんなに困ることもないと思うんだけどな。


 いや、そして、待て。

 だからこれはなんの会話なんだ?


「わたし、黒木は、部屋の隅っこに飾られた絵みたいな感じだと思ってたんだよね」

「褒められている気がしない」

「褒めてないもん」


 藤堂はふふっと笑った。


「褒めてないけど、けなしてもないよ。ただただ、それが事実だと思ってた。でも――」


 でも、と藤堂は言った。

 なんでもないように、格子の向こう側に視線をやった。


「わたしが思ってたより、黒木は、目立つ場所に飾られた美術品だったみたいだ」


 藤堂が言い切るものだから、俺はきちんと考えざるをえなかった。

 何かを掴めるような気がした。


 しかし。

 どうしたって、藤堂の言葉は抽象的で。


「すまん。まるでわからん」


 まるでダメだった。

 早々に諦めて、藤堂の言葉を待つ。


 藤堂は俺の中の何を見たのだろうか。

 何かを考える間を挟んだ後――言った。

 

「わたし、黒木に話さないといけないことがあるんだけど。怒らないで聞いてくれる……?」


 なんだかやけに、しおらしい感じのする言葉とともに藤堂の意思が表明された。

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