第90話 プライベート

 俺にとっての原宿は、相対性理論の証明だった。

 時間があっという間に時が経ったかと思えば、苦痛の時間が始まったりもする。


 たとえば藤堂が俺に笑いかけて話をしてくるとき、その時間は恐ろしく早く進んでいく。


 たとえばそんな俺たちを見て、ひそひそと話しているやつらが近くに居ると――居ると錯覚していると――俺の心はとげとげしくなり、なんだか無性にまばたきを繰り返したくなる。顔をしかめたくなる。


 たとえばそんな俺を見て、藤堂が『笑わそうとしてんの? 意味わからないんだけど、その変顔』とバカにしてくると、怒るべきなんだろうが、俺は心のそこからホッとする。


 それがどういう心理状況なのかはわからなかったが俺の原宿というのは、そういうものだった。

 つまるところ、場所が――というわけではなく。

 どの相手と――ということなのだった。


 では藤堂はどうだろうか?

 藤堂はどう感じているのだろうか?


   ◇


 何通りだか知らないが、少なくとも竹下通りではない通りで、藤堂はウィンドウショッピングとやらを楽しんでいる――ような気がする。


 クレープはすでに食べ終えて、ゴミは俺が持っているバッグの中に入っていた。


 以前、茜がセレクトしてくれたバッグなのだが、入っているのは財布とタオルとゴミ袋だけ。

 藤堂に『え、なにこの中身』と呆れられたが、『いや、藤堂が使うかと思って、タオルとゴミ袋……』と返すと、なんだか急に黙って、『まあ、たしかに使うけど……』と話が終わってしまった。


 基本的には歩いて店に入り、店内を見たあと、なにも買わずに出てくるだけだった。

 

 俺でも知っているブランド店――だったらよかったのだが、藤堂が興味を示す店は、ことごとく俺の知らない店名だった。

 グッチとかティファニーとか書いてあれば、あからさまに驚くことができたのだが、とにかくそこがどういう店なのかわからないため、驚くこともできず、まるでスパイのように店名からググってはよくわからない情報に翻弄されるだけだった。


 そんな時、俺はやっぱり、居心地の悪さを感じる。


『ここ見たいから、一緒に入ろ』

『い、いいよ。外で待ってるから……』

『は?』

『はい……』


 みたいな会話のあと、俺が店内に入ると……なんていうか、空気が変わる気がする。

 別に入店拒否を示されるわけではなく、怒りをぶつけられるわけでもない。そんなこと当たり前だ。当たり前なのだが――なぜだか俺は藤堂と同じ道を歩いているのかどうかがわからなくなるのだった。


 かわいそーな黒木――なんて藤堂がバカにしてくれたら俺も開き直れたのかもしれない。

 他力本願で大変申し訳ないが、そんな可能性はあった。

 しかしなぜか今日の藤堂は、俺を一切、ディスらなかった。

 もちろん、いつも俺を下げるようなことを言わないが――なんというか、こちらの反応を試すようなことを言うことはあると思う。それによって展開を早めようとしているようなことも感じられる。

 だが、今日の藤堂は、とにかく丁寧だった。

 

 俺の横を歩き、俺の目を、その青い瞳で捉えて、しっかりと話した。


「うーん、ここもまだ新しいのないなあ――ちがうとこ、いこ」

「……おう」


 ただの買い物に付き合っている俺。

 ただの買い物に付き合うために原宿まできた俺。

 

 いや……違うだろ。

 話したいことが、藤堂にもあるのだ。

 まるで漆原と俺のように。


 藤堂にも何かが起きている。

 芸能の仕事とは、別の何か。


   ◇


 それは唐突に起こった。


『ちょっと歩き疲れたしお茶でもしよーよ。丁度良いお店知ってるからさ』と藤堂が提案し、俺がそれに反論する可能性は0パーセントであることが確定した後のことだ。


 それなりに人通りのある道を歩いていると、突然、声をかけられたのだ。

 大人の女性がにこやかに俺たちへ――いや、藤堂に話しかけている。手にはスマホ。何かの画面を表示しているようだ。

 女性の横にはカメラを持った男性が立っている。カメラは一眼レフで、俺は言葉になる前に、直感で理解した。


 ――これ、あれだろ。スカウトとか、そういうやつ……。


 案の定、女性は俺たちの――じゃなくて、藤堂の反応を待たずにスマホの画面を見せた。

「わたし、この雑誌の編集なんですけど、今、原宿の――」


 やっぱりそうだ。

 俺だってこんな展開を知っている。

 ていうか、まじかよ、すげーな、雑誌かよ――いろんな感情が沸き起こってくる中、藤堂は実に冷めた口調で、機械的に言葉を返した。

 もちろん、にっこりと笑顔。だがその笑顔が藤堂が、心から笑っているようには見えなかった。


「すみません。事務所からそういうの止められてるので」

「あ、ですよね。オーラあったけど、賭けで聞いてみました。またご縁があればー」

「はーい」


 藤堂は一歩も立ち止まることなく大人たちを置き去りにした。

 置き去りにされたほうも、怒ることなく、すでに藤堂から目をはなし、次のターゲットを探し始めているようだった。


 意識がそこに残っていたのはどうやら俺だけのようだ。


「お、おい、藤堂。今の……」


 と、俺は思わず話しかけたが、その先の言葉が思いつかなかった。


 すげーな――いや、藤堂だぞ。

 よかったのかよ――いや、事務所に止められてるんだろ。

 雑誌だぞ――いや、こいつモデルだろ……。


 そうなのだった。

 ようするに藤堂にとってこれは日常なのだろう。

 だから、固執なんてないし、編集と名乗った女性だって、それはすぐに理解のできる常識なのだろう。


「ん? なに?」


 藤堂は不思議そうにこちらを見た。


「いや、なんでも」

「ふうん。ま、いいけど」


 なんだか藤堂に全て見透かされているようで、俺は少しだけ悲しくなる――いや、なんで?

 今俺、なんで悲しくなった?

 意味がわからないぞ……。


 おそるべきことに、そのあともう一度、別の大人から話しかけられていた。

 

「ここだよ、目的地」

「あ、はい」


 そうしてたどり着いた、めちゃくちゃシックなおしゃれカフェ。

 店内に入るや否や、店員にスマホを見せた藤堂は俺に振り返って言った。


「あたし、事務所に完全に復帰したから。この店のプライベートルーム使えるから、二階ね」

「プライベートルーム……?」


 漫画喫茶のやつかな……?

 ち、ちがうかな……?

 違うよな……。


 俺はこの短時間で、色々とショックを受けていた。

 だからというわけではないが――ここがある種のポイント。


 ゲームでいえば、最終セーブ地点であることに気がつかなかった。

 回復もせずに、装備も改めずに、俺はただただコントローラーを握りしめて、前へ進むだけだった。








○あとがき


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