赦(ゆる)されぬ禁じられた恋

明智 颯茄

赦(ゆる)されぬ禁じられた恋

 ――――出逢った瞬間、世界の色が音が変わった。


 その人の全てが、私を恋というおりに閉じ込める。

 鍵という魅力をチラつかせながら、右へ左へ行ったり来たりする。


 その足音は優雅で貴族的。

 まるで、舞踏会でワルツを踊るように。


 男性なのに、自分を『私』、相手を『あなた』と呼ぶ。

 丁寧な物腰。


 その声は……言い表す言葉がない。

 あえて言うならこうだろう。

 遊線ゆうせん、遊ぶ線。

 それが、螺旋らせんを描く。

 どこかもてあそび感があるのに、芯をきちんと持つ。

 風でくるくると回る風見鶏かざみどりのような静と動の響き。


 雰囲気は中性的。

 紺の肩より長い髪を耳にかける指先。

 それは細く神経質。


 思考する時の仕草。

 それは、その人差し指が少し曲げられ、あごに添えられる。


 キンと冷えた冬空を見上げた時のようなクールな瞳。

 それなのに、熱が奥深くに、地底に広がる活火山のように潜む。


 私は知っている。

 その人のギャップ、冷と熱を。

 私を魅了してやまない真逆を。


 冷静な頭脳という名の盾の裏側に隠された激情というけもの

 それを飼いならす、数字という理論武装。

 0.01のズレも見逃さない繊細さと精巧さ。


 それに比べて、私は超感覚的で、大雑把おおざっぱ

 私にないものを持っている彼。


 激情という獣が冷静な頭脳という盾の向こうから時々垣間見える。

 そんな時、彼の神経質な頬に、一粒の涙という線を縦に描くのだ。

 それは、まるで聖水の雨。


 感情に流されて、泣き虫な私。

 私と似ているところがある彼。


 地球のまわりを回る彗星すいせいのように、近づいては遠のきながら光る尾を引く。

 そんな絶妙に重なり合い、すれ違う、私と彼は。


 好きだった、全てが。

 でも、ゆるされる恋ではなかった。

 普通と違った理由で。


 姿は見えても、声は聞こえても、思考回路がわかっていても。

 決して触れられない。

 自分からその人に会いに行くことも赦されていない。

 彼から私に会いにくることも法律で禁止されている。


 いつしか、その人には想い人ができた。

 そうして、私も別の人と結婚した。


 遠く離れて、かなうはずもない恋。

 過ぎてゆく、様々な試練という名の日常。

 それにいつしか、その恋はうずもれ、残り火のように心の奥底でくすぶっていた。

 だがしかし、それさえも、運命という荒波に飲みこまれた。


 離婚して......。

 家族から失踪しっそうして......。


 都会の真ん中で、孤独と不安にまみれながら生きる日々。


 殺人犯を探している、と言って、警察手帳を見せられる。

 ぼったりにって、ATMの前で脅されている人。

 助けてください、警察を呼んでください、とせがまれることが日常。

 隣のビルが放火で全焼。

 血だらけでケンカをする大人たち。

 出勤すれば、毎日のように、職場の入口に警察車両が止まっている。


 色んなものを、たった1人で見て、肌で感じてきた。

 病気になっても、大怪我をしても、誰にも頼れない日々。


 それでも、また結婚して、そして離婚して……。

 そんな繰り返しの中で、私に与えられたのは、現代医学では治せない精神病。


 双極性障害。

 うつそうが交互にくる病気。

 躁とは、気分がハイになったりする。

 突然、人が変わったようになる。

 そんな病気。

 他人に理解されるはずもなく、友人も知人も配偶者も全部失った。


 思い返す。

 自分が調子がいい、気分がいいと思っていた時は、病気だったのかと。

 本当の自分はどれ?

 本当の自分はどんな人間?


 何もかもが霧の中。

 右も左もわからず、それでも生かされる毎日。


 そうして、10年の時が流れた。


 だが、奇跡は起きたのだ。

 遠い空の彼方から、神々こうごうしい何かが降臨するように。

 あの人が私の元へやってきて、こう言った。


「いつも一生懸命。何からもあなたは逃げませんでした。ずっと見ていましたよ」


 運命の悪戯いたずら、そう言わずして何というのだろうか。


 遠くでいつも見ていたクールな瞳がすぐそばにある。

 遠くでいつも聞いていた遊線が螺旋を描く声が私の名前を呼ぶ。

 遠くでいつも見ていた神経質な指先が私の髪をでる。

 靴という武装をしていた足元が無防備という裸足で寄り添う。

 神経質な頬を伝う涙をぬぐえる距離に私はいる。


 怖いものはもうない。

 何もかもが無限の幸福感で光り輝く。


 すれ違っていた時間をお互いの目線で語り合う、いい思い出として。

 どこか突き放すような他人行儀な冷たい笑みは、陽だまりのように変わった。

 誰かを守り、幸せにするためなら、平気で嘘をつく人。

 だけど、私にだけは正直でいる。


 世界で一番、綺麗なかんばせで、声で、私の耳元で聖句が舞う。


「愛していますよ」


 遊線が螺旋を描く優雅な芯のある響き。

 問いかければ、すぐに応える距離にいる。

 あんなに遠く離れていたのに、悪夢ナイトメアだったと思える穏やかで平和な日々。


 恋は色 せる。

 いつも、そうだった。

 だけど、この恋は色褪せるどころか、鮮やかさを増すばかり。

 ドキドキとときめきも、なくならない、止まらない。

 1秒たりとも離れたくない、見ることも赦されなかった日々と距離を考えると。


 それでも、やってくる。

 日常生活という仕事の時間が。

 2週間、彼が留守にする。

 連絡も取れない。


 1人切り取られた別世界のように寂しい。

 鋭い刃物で切られたように胸が苦しい。


 この人でなかったら平気だろう。

 2週間なんて、あっという間。

 何、そんな大袈裟おおげさなこと言って!

 戻ってくるんだから……。

 笑い話にできる。


 だけど、どんなに自分を励ましてもならない。

 切なさと孤独感は、日ごと色を輪郭を濃くしてゆく。

 迫ってくる出発の日。


 眠る時間もしんで、彼の姿を仕草を脳裏に強く焼きつける。

 同じシーツの上で、彼の腕という毛布にくるまれて、浅い夢をまどろむ。

 温もりと鼓動と匂いを感じながら。


 寝不足という混濁の中で、耳元で彼の囁きが、私に拘束の魔法をかける。


「離したくない。離れたくない。このままあなたを私の中へ連れ去りたい」


 いつもは、ですます口調なのに違った。

 他人には決して本性を見せない彼。

 嘘をつく彼。

 けれども、本当の想いを伝える時はこんな言い方をする。


 私の視界は急ににじみ、彼の腕の中で、ボロボロと涙をこぼす。


「できるなら、連れ去ってください」


 ギュッと抱きしめられながら、しばらく、私は泣き続けた。


 それから、数日後、彼は仕事に出かけた。

 私の守護神しゅごしんになるための研修に。


 そう、彼は神だったのだ――――


 人と神の恋。

 赦されぬ恋のはずだったが、奇跡は起きたのだ。

 自分の思い通りに進まない人生という現実の連続の中でも――――


 おしまい

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