また会いに来たよ

大臣

「ではこれにて、今回のミーティングを終了する」


 私は、いつもと変わらない風に、いつもと同じ言葉を、一年前には来るとも思っていなかった場所で言った。

 金沢の地に越して来て、もうそろそろ一年になる。ここの寒さにも慣れて来た。高校生の私は、天文学の方面に進むために、地方の大学を含めたいくつかのところを志望していて、この大学もその一つだ。私は、幾らかの未練を残しつつも、かつて住んでいた場所を離れて、この地に来た。

 私は部室を出て、となりの部屋に入る。私がここに選択肢に入れた理由は、屋上の望遠鏡と、この部屋にあるプラネタリウム。まったくもって申し分ない施設だ。

 私は、プラネタリウムのある部屋の電気を消して、プロジェクターをつける。プラネタリウムには二種類あって、前の学校は中央に投影機があるタイプだったが、ここはプラネタリウムの周囲にプロジェクターがあるタイプだった。最初は不慣れだったが、一年もすればもう慣れた。

 私は、一年前の今日——私の誕生日の星空を映した。

 いつまでもいつまでも、私の中に輝く、最高の宝物。


 昨年まで、関東郊外にある高校の地学部で、部長をしていた私は、卒業前にあるイベントを開催した。ふたご座流星群の観望だ。


 そうしたら、後輩の一人が一計を案じて、私にサプライズを仕掛けてきた——告白という、人生最大のサプライズを。


 そのあとは色々あった。妙な距離感になって、気恥ずかしくなったり、みんなで一緒に誕生日ケーキをたべたり(後からわかったが、これに件の後輩は関わっていないらしい)今となっては良い思い出だ。本当に。


 後輩とは結局、私の金沢行きをきっかけに別れた。まったくもって、ひどい話だ。他のところなら、どうにかなったかもしれないのに。


 私は、今でも、あの会話を思い出す。


 ——僕は先輩の全部が好きになったんです。夢を追う姿も含めて全て。


 ——だから僕は、先輩を止めません。責めもしません。いってらっしゃいって、大手を振って送り出します。


 ——だからそんな悲しい顔、しないでください。


 私は、彼に詰って欲しくて、本当に住まないと思っていて、彼にこのことを話したのに、彼は笑って送り出してくれた。


 だからこの日は、私の宝物だ。二度とない、私の宝物。


 彼には幸せになって欲しい。こんなひどい女放っておいて、自分の夢を、自分の大切な人を見つけて欲しい。


 本気でそう思っている。


「君野さん」


 いつのまにか寝ていたらしい。私は同期の子に起こされた。


「ああ、ありがとう」


 私は片付けをし始めた。もう帰る時間だ。


 いつのまにか雪が降っていた。傘は持ってきていない。


 私は荷物をショルダーバッグに入れると、一足先に帰ることにした。


 部室棟を抜けて、正門に。


 ———そうしたら、不意に、雪が止んだ。


 いや違う。雪は降っているのだ。私の周りだけ、雪が止んだ。


「あの日とは違い、今日は雪ですか。僕ら的には星が良いんですが」


 世界が、止まった。


「雪もロマンチックでいいじゃないか」


 なんとか返せたが、少し涙気味だ。きっと鼻もすすってる。


「まあそれもそうですね。再会の日には最高の演出の一つです」


 私は、後ろを振り返る。


 そこには、私の大切な、大切な、後輩がいた。


「また会いにきました。祥子先輩」


 最近はみんな名字で呼んできたから、この呼ばれ方は久々だ。涙で視界がくらむ。でも、彼をしっかり見据えないと。言葉を伝えないと。


 ——ああ、これなら悪くない。そこまで酷くない話だ。


 私はそう思いながら、息を吸い込んだ。彼に言葉を伝えるために。

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