第161話 ロッパの行く末

「うううう、ここは」

 身体が動かない。あっちこっちが痛い。特に胸が焼けるように痛い。


「あっ、ジェームズ様、ヒーナ様、ヒーナ様、ジェームズ様が気がつきました」

と誰かがパタパタと走って行くのが判った。首が回らないため確認できない。


 しばらくして、僕の手を取り、脈を診ている人がいるようだ。僕は、開きにくい口を開けて、


「あああ」

とだけ言った。


 すると脈を診ていた人は、

「ジェームズ、心配したのよ。心配したの、ふぇーん、ヒック、ヒック ……」

と僕の手をとり、頬に寄せて泣き出した。


 その声は、ヒーナだとすぐに判った。そして手を握り返した。


   ◇ ◇ ◇


——— 今日は、初冬の柔らかい光が差し込んで暖かい。白い壁と聖霊樹が一本あるここは、ファル王国の聖霊教会の横に作られた診療所。魔族の王の襲撃で負傷した多くの兵や市民を収容して治療に当たっている ———


あるじよ、胸の火傷はどうなんだ? 」

と包帯でぐるぐる巻きにされているアーノルドが聞いてきた。アーノルドは僕が気を失った後、エルマーの攻撃を躱すために残ったらしい。その時、錬金術の光消滅陣を少し受けて、大やけどを負った。僕もエルマーの賢者の石が放った稲妻が胸にあたり肉がなくなるほどの火傷を負った。

 

「ヒーナが、何でも細胞再生術とかを開発して、その人体実験をさせられました。今のところ良好です。はははは」

とアーノルドを見ると、


「人体実験か。ちげえねぇ。おれもそうだ。はははは、痛っ」

とアーノルドも笑った。


「あら、お二人さん、楽しそうね。その様子じゃ具合は良さそうね」

とヒーナがやって来た。


「おや、お偉いお医者さんのお出ましだ」

とアーノルドが茶化した。どうもアーノルドは、最近ヒーナがかけ始めた眼鏡のことを茶化しているようだ。僕は、アンダーリムの眼鏡が似合っていると思うけど。


 ヒーナはアーノルドを睨み付けた後、

「アルカディアの先生たちが、皆さんに聞きたいことがあるそうよ」

と後ろを見ながら話してくれた。そこには、シェリーとレン老師、モルバート先生、ミル先生が立っていた。


「レン老師、容態は安定しているので大丈夫です。特にアーノルドはみっちりと尋問しても問題ありません」

とさっきのお返しをした。


「えええ、お偉いお医者さん、そんな」

とまた、茶化した。


   ◇ ◇ ◇


「今日来たのは、アルカディアの将来のことなの。特にアーノルドがオクタエダル校長の声を聞いたという所を確認しに来たのよ。他は、先ほどシェリーから正確に状況を聞いたわ」

とレン老師はアーノルドに向かって話をした。


 そして、人差し指を立てて、

「茶化すのは無しよ。茶化したら、厳しく調練する事になるわね。叔父のタン老師も手伝ってくれるわ」

とレン老師は、腕を組んで先手を打った。


「へい、いや、はい」

レン老師の鋭い目に、流石のアーノルドもタジタジのようだ。


「それで、オクタエダルの声が聞こえて、貴方がジェームズやシェリーを守ったことの労をねぎらったあと、ジェームズとヒーナに伝えてくれと言ったのよね。それは …………」

とアーノルドに水を向けた。


「ああ、ハゲ、いや、オクタエダル先生は、『ジェームズは、アルカディアを再建し、ヒーナは新しい学び舎を建てよ』と言ってたぜ。ご丁寧に、俺に『覚えたか?』 とまで念を入れてな」

とアーノルドは答えた。


「二人がアルカディアを継ぐという占いに合っておるな」

と占いのモルバート先生が、皺くちゃな指をヒーナに向けて喋った。


「『全ては正八面体が導くであろう』か、やれやれ、全く校長は何処までも見通しの効くお方じゃ」

とおなかの出たファル分室長のミル先生が額に手を当てて答えた。


 アーノルドは、今の意味がよく分からない顔をしていたので、

「オクタエダルと言うのは古代語で正八面体の事だよ。ところで二人と言うのは? 」

と僕は聞いた。


「占いではアルカディアを継ぐものは二人居ると出てね。一人は君だろうと確信していたのだが、二人目は判らなかったのじゃよ。確かにヒーナ君は、シン王国女王を外科手術で救い、メリエ王女の指を細胞再生術という新しい術式で元通りにし、傷ついた竜王たちを治し、ここ、ファル王都での医療体制を整えおった。ジェームズ君に匹敵する業績と思うぞ」

とミル先生は答えた。


 ヒーナは僕の方に向いて、腰に手を当てて、胸を反らし、

「えっへん」

と咳払いをした。


「すごいよヒーナ。僕は当代一の名女医の夫って事になるね」

と僕は答えると、


「私は当代一の錬金術師の妻ね」

とヒーナは答えた。


「はいはい、あるじ、ヒーナ、そういうのは、別のところでやってくれ」

とアーノルドが言うと、先生たちも頷いた。


   ◇ ◇ ◇


 デーモン王が消え去ったあと、アメーリエ王妃の杖が再び光った。


 その時、私は真っ白の世界の中に居た。そして、ローデシアの祖先と名乗るものたちが私に語りかけてきた。


「真なる王よ、ローデシアの領土をどうするかは其方に任せる。しかし、虫のいい話ではあるが、ローデシアの系統は絶やさないで欲しい。その系統は他の大陸におる」

とだけ告げて、世界が戻った。


 すると、アメーリエ王女が、


「ローデシアの父祖とお話しされましたか? 」

と小声で聞いてきた。


 私は、頷いた。


「すべては王の御心のままに」

とアメーリエ王女は少し目を伏せて語った。


「ローデシアの系統は他の大陸に居ると告げておられました」

と話をすると、アメーリエ王妃は、驚きの顔を上げ、私の目を見ながら、

「ありがとうございます」

と答えてくれた。


   ◇ ◇ ◇


  デーモン王の討伐から半月が過ぎた。僕とアーノルドの回復を待って、今回の戦乱の大慰霊祭が行われた。場所は、ローデシア王都跡である。色々な行き違いが合ったにせよ、国民の八割以上が犠牲となったこの地で行いたいと現最高司祭様、前最高司祭様が提案されたので誰も反対するものは居なかった。ファル、シン、ミソルバの他に各国の王族に有力者、アルカディアの先生方、竜王、竜妃も列席され盛大に挙行された。


 僕はエルマーの城から落ちた残骸の調査も目的だった。小ゴーレムたちに集めさせ、サスリナ女王が貸してくれた飛空船に乗せて、湖畔の工房に運ばせた。今は僕の賢者の石がないので分析は出来ないけど、エルマーの装置には非常に興味ある。

 兄上の方は、マリオリさんと連日難しい顔をしている。多分ローデシアの処遇についての政治的、外交的な駆け引きだろう。ファル、エルメルシア、シン、この3カ国が決定権を持つことは大筋合意されているのだが、ローデシアに併呑された領地を巡って、旧領主やそれを名乗る怪しい人物まで出てきて、なかなか決まらないようだ。


「兄上、大分、ご苦労されている様ですね」

と僕はヘンリーに聞いてみた。


「ああ、今は魔物狩猟者だった頃が懐かしい。デーモン王も酷かったが、この所、人属の嫌な面を見て、辟易している」

と難しい顔で答えてくれた。


 するとマリオリさんが

「もう少しです。しかし陛下は欲がない。もっと権利を主張しても良いのではと申し上げているのですがね。まあ、そこが、良いところでもあるのですが」

と何故かうれしそうに答えてくれた。

 遠くアーデル砦にあって、ファル城外の決戦の趨勢を言い当てたマリオリさんの大賢者としての名声は、さらに上がった。各国からも相当の好条件で誘いが有るようだが、『私はソイ村のマリオリです』と言って煙に巻いているようだ。


「アルカディアの復興は、どうするんだ? 先生方は待ちわびているのではないのか? 」

と兄上が僕に聞いてきた。


「手順が有るのですよ。絶対封印の術を解くためにも、僕の新しい賢者の石を作らないと、何事も始まりませんし」

 僕の賢者の石はエルマーの攻撃で、粉々になってしまった。数多くの人が、使ってくれと申し出てくれるのだが、やはり自分で精錬しないとシックリ来ない。


「来年か? その前に式を挙げなければならないだろうよ」

と言った。アーノルドとシェリー、そして僕とヒーナの結婚式だ。


 兄上はニッと笑いながら見つめてきた。僕は嬉しいような、恥ずかしいような顔をしていると、

「陛下とケイ様の場合は、色々と手順がございます」

とマリオリが助けてくれた。


 兄上は片方の眉毛を上げて、 

「これも、私の頭痛の種の一つなのだ」

とヘンリーは言った後、僕の方を見ながら片目をつむった。


 こんな兄弟の他愛もない話をしているところへ、エレサ王女がやって来た。キョロキョロとして、人目を気にしているようだ。


「皆様、火竜王からお話が有るとの事です。お三方だけお呼びせよと」

と小声で告げた。


   ◇ ◇ ◇


”王と賢者殿、そして大魔道士殿、お呼びだてして申し訳ない。我が出向くと目立つのでな。さて、魔族の城陥落時の事について、一つお話ししておく事があるのだ”

と火竜王は話を思念で始めた。


”陥落時、城の爆発で殆どが吹き飛んだが、城の一部が北の大陸に飛び去るのを見た。我が思うにあれは、城の主が脱出したと思うぞ”

と横を向き大きな目を僕たちに向けて話をしてきた。


 僕もエルマーが、あれで滅んだとは思えなかった。


「判った。ありがとう。私の方も、マリオリから気になることを聞いている。どうも、メルの動きが怪しい」

と兄上は答えた。マリオリさんもそれに頷いた。


”判った。我もメルの動静を気にとめておこう”


「エレサ殿、この話は、お母上以外、まだ、広めないほうが宜しかろうと思う」

と兄上は、エレサ王女に告げた。


   ◇ ◇ ◇


——— 春の柔らかい光が差し込んで、鳥たちが楽しげに鳴いている。小さな虫たちが、待ち焦がれた春の空気の中に飛び込んでいく。花々も待ちに待った春の訪れに、その嬉しさを爆発させるように咲き誇った。式場には、その花々に負けないくらいの色とりどりの衣装の人たちが歓談して、美しい花嫁たちをたたえている ———


 ファル城外の決戦から半年後、ジェームズさんとヒーナさん、アーノルドさんとシェリーさんの挙式がシン王国教会聖都で挙行された。この2組の結婚式には、各国から王族が出席し、とても盛大なものとなった。


 私は夫と娘のメリエとともに出席した。メリエは指を治してくれたヒーナさんにとてもなつき、ミソルバのエレーナ王女と一緒になって、挙式後の花嫁に纏わり付いていた。夫も今日は王の冠を外し、メリエの親馬鹿な父親になっている。


 聖霊教会の入り口の前で、エルメルシア王とケイさんが、二組の結婚を皆の前に宣言した。そして皆の祝福を受ける六人の笑顔は眩しく、とても幸せそうだ。


「お母様、こっちに来て」

とヒーナさんの花嫁衣装をつかんだまま、娘が呼んでくれた。


「あらあら、そんなに引っ張ったら、ヒーナ先生が困ってしまうわよ」


 私も笑顔に加わろう。今日のこの日を忘れないように。


 ローデシアの行く末に不安が残っているけど、今は皆と一緒にいよう。



雑貨屋の主人は錬金術師 第二部 魔族の城と帝国の娘  完

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雑貨屋の主人は錬金術師 ー魔族の城と帝国の娘ー 村中 順 @JIC1011

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