ふたつめの最終話

その人の記憶

「そんなチカラがあれば、あの子も」


 ㅤわたしが幼少の頃。今では名前も忘れてしまった、あの子がいつもそばにいた。


 ㅤあの子は不思議なチカラを持っていた。あの子が触れると、枯れかけの花も息を吹き返す。


 ㅤそんなあの子といれば、きっと死とは無縁でいられる。そんなことを当時考えていたかは定かじゃないが、あの子といれば心を強く持てたのは確かだろう。


 ㅤあの子は優しかった。あまり友達のいなかったわたしを気遣ってか、ある日花をプレゼントしてくれた。それがちょっと恥ずかしいような、うっとうしいような気分で、そのときどんな対応をしたか思い出したくないが、もらった花は大事に取っていた。きっとあの子の摘んだ花だ、不思議なチカラで永遠に長生きするんだろう。たぶんそう思っていた。


 ㅤその後のこと。あの子と二人で、歩道のない道の端を歩いていた。わたしは珍しくはしゃいでいたのか、少し道の真ん中の方へ逸れた。そのとき急に、わたしは横っ腹を押され転がり、道の端に倒れた。


 ㅤ痛がりながら起き上がると、あの子が道の真ん中に倒れていた。


 ㅤスピードを上げて走り去る車が見えた。


 ㅤわたしはすぐには状況を掴めなかった。とっさの事故だったこともあるが、そもそもあの子やわたしに、命の危機が訪れることを、あまり考えていなかった。それでもあの子の元に駆け寄り、話しかけた。


「なあ、無事なんだろ?」

「ううん」

「そんなはずないだろ、あのチカラを使えば」

「あのチカラは、たぶんもう使えない」

「えぇっ」


 ㅤそんなはずはない。だいたい、どうして自分でそんなことがわかるのか。自身の危険に使えないチカラなんて、いったい何の意味がある。


「もう、かなったんだ」

「何が」

「ね、がい」

「おい、しっかりしろ!」

「ありが……」


 ㅤあの子は、わたしの腕の中で息絶えた。願いが叶ったというが、何の願いが叶ったのか、未だわからぬまま。


 ㅤただ、わたしの中に残った事実としては、あの子がわたしの身代わりになったこと。あの子は願いを叶えたから、死んでしまったこと。


 ㅤ願いなど叶わなければ、あの子は今もここにいた。身代わりになどならず、そのままわたしが倒れていれば、きっとあの子はわたしを助けてくれた。それなのに、なぜ。


「ところでさ。なんでその子はチカラが使えたのに、わざわざその身を犠牲にしたんだろ」


 ㅤだからそれが未だに……。いや待て。あの子の願いはもしかして。とっさのものだったのか、その胸にずっとあったものなのかはわからないが。


 ㅤわたしを助けること、そのものだったのではないか?


——ありが……とう。


「フフッ。わたしはこれまで、何を研究してきたのだろう。そんな大事なことを見落として」


 ㅤ不思議なチカラを持たないわたしは、新たな不思議なチカラを探した。そして誰もが願いを叶えられるよう望んでいた。その上にある犠牲は見ないフリして。


 ㅤ間違っていた。こんなわたしの願いは、あの子がすでに叶えていた。長年の研究の答えは、あの子がすでに出していた。


 ㅤあの子からもらった花が枯れていく。不思議なチカラは、もうわたしには必要ない。花言葉だけあればいい。


 ㅤありがとう、ひかり。

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ふたつめのステラ 浅倉 茉白 @asakura_mashiro

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