でぱちか
フカイ
掌編(読み切り)
すごいすごいすごい。
それがあたしがそこで、主に口にした言葉だった。
すごいすごいすごい。
あぁ、もう、すごい。。
いやだ、すごすぎ。。
もう、おかしくなっちゃいそう。
すごーい、や、すっごいなど、お口の中にあふれる唾液とともに、すごいのイントネーションがいくらでもバリエーションが広がってくような、そんな体験だった。
ちょっとえっちなコト、想像したでしょ?
ちがいますからね^^
●
東京、日本橋。
恥ずかしながら、はじめて来た場所だった。
新宿とか、青山とかは知ってたのにね。
案外、縁がないものですから。こっちのほうって。
「そうだと思った」と、彼は言って目を細めて。「きっと気に入ると思うな」って笑った。「食いしん坊の子には特に」って言われた時は、ちょっと馬鹿にされたみたいでムッとしたけど。
古めかしい百貨店。
ちょっと珍妙なスーツを着たエレベーターガールが、鼻にかかった声で「ご利用階をお申し付けくださいませ」とか言っちゃうような世界。『ご利用階って…』、みたいな(笑)。そもそもエレベーターガールってだけで既に微妙な気が…。
水曜日の午後1時。
週の真ん中のこの時間に、ふたりして内緒で会社サボって。
彼が連れてきたのが、この江戸情調あふれる街の、老舗中の老舗の百貨店のデパ地下だった、ってわけ。
エレベーターガールが、横に伸ばした手を引っ込めて、「地下、一階でございまぁす」っていうと、しずしずとエレベーターの扉が開いて。
目の前にあったのは、チョコレート屋さん。
ベルギーの、超高級チョコレートブランドのショップ。チョコレート界のエルメス?、的な。直径3センチほどで、チョコの上に砂糖細工の施されたお菓子や、もの凄くリアルなアーモンドの形に整形されたチョコ。
隣には、マカロン屋さん。
ピンク、グリーン、イエロー、オレンジ。ふんわりとしたパステル調のマカロンが、ショーケースの中で数百個も、整然と並んでいる。カットモデルも、ろう細工などではなく、もちろん本物。詰め合わせも本当に綺麗なブリキの缶に納められて、まるで宝石箱のように。
バームクーヘン、クッキー、生ジュース。
どれも目移りするほど魅力的。
生ジュースなんて、何年ぶりに見たろう。スムージーとかじゃないのよ、生ジュースなの!
そして和菓子のコーナー。
かりんとう。ねぇ見て、このラッピングの小粋な様。紺色の梨地の紙に、はらはらと舞い散る桜の花びらのパターン。こんなに可愛らしくて素敵なかんりんとうなんて、はじめてみた。
どら焼き。
ねぇもうダメ、買っていい?
一個二百円だけど、もうダメなの。
もちろん彼は、あたしの財布など開かせるはずもなく、そこでどら焼きを買い受けた。お店のお姉さんが清潔な白い紙包装に包んでくれて、渡してくれる。地階の端のソファースペースで、ふたりでその上品な上品などら焼きを頂く。あぁ、しっとり感が最高。お茶もいらないくらい、水分をたっぷり含んで甘いどら焼き。あんこの甘みも程よくて、後味がちっとも重くないの。
ねぇ、想像できる? そんなどら焼き、久しく食べてなかった。
お煎餅、おかき、おまんじゅう。
どれもこれも、心の時めきが抑えきれず、すごいすごいの繰り返し。
そして圧巻の、お惣菜コーナーに、我々は突入するわけです。
粕漬けの魚の切り身。ピンク色のさわらの肌に、うっすら積もった酒粕のふわり。グリルで焼くと、その粕が少しだけ焦げて、それがまたえもいわれる食指をさそうのよね。
おむすび屋さん。
みて、あの輝くお米の美しさ。ひとつぶひとつぶがキラキラして、本当に「銀シャリ」って感じ。キレイに巻かれたお海苔と、機械じゃない、手で結ばれた自然な三角形。きっときっと、塩加減も絶妙で、塩むすびだけでお腹いっぱいになれちゃうんだ。それなのに、鮭やタラコなんて。くぅぅ。
そして、あぁ、中華惣菜。
ほら、青梗菜と卵の炒め物。グリーンとイエローに、金華ハムのピンクが加わって、そこにとろみ餡がかかってるの。芝エビとアスパラガスの炒め物。ほら見て、あの芝エビのオレンジと白の縞の具合。きっと冷えたって、お口の中でプリップリッてはじけるみたいな食感なのよ!
ショーケースの中にはちいさなスポットライトが設置されて、瑠璃色に輝く惣菜を、より魅力的にキラキラと光らせている。
思わず足がよろめく、和惣菜。
鳥のから揚げのふんわりとした
肉じゃがの黄色いおイモと赤いニンジン、そして鮮やかなグリーンのアクセントを添えるキヌサヤ。きっとお豆の香りがちっとも逃げてなくて、甘いおイモと一緒に食べると、お口の中でふわーっと青い豆の匂いが広がるのよ。すごいすごいすごい!
おでん。すでにその一角にはだしのまろやかな香りと、ぶ厚い大根やさつま揚げの甘い匂いがただよって。
それにね。
いちばんヤバかったのは、一坪や二坪ほどのちいさなお店が軒を連ねてるとこ。
お寿司屋さん、天ぷら屋さん。鰻屋さん。どれも買物に疲れた奥様に、高級で上品なちょっとしたお食事を提供してくれるの。
そのお品書き、そして香り。
おねがい、許して。。
お洋服を買うときだってこんなに迷わない、っていうぐらい、ためつすがめつして、いくつかのお惣菜を選んだ。それぞれのお店の包装紙に包まれた、気を失いそうなほどキレイで美味しそうなお惣菜を買い求めた。
水曜の午後、いまから近くのシティーホテルにこもって、あたしたちは遅めのランチを取り、早めのセックスをする。
もう、どっちがメインなんだか、ぜんぜんわかんないや。
こういうツボを時々、キュっと押してくれる彼に、すっかり降参なのでした。
奥様へのお土産、買わなくっていいの?、なんて嫌味のひとつでもいわないと、もうメロメロな気分が隠しきれないです。
すごいんだから、本当に!
でぱちか フカイ @fukai
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