No.11 手紙

 僕達がこの宇宙船に乗って故郷の惑星を飛び立ってから、どのくらいの月日が経ったのだろう。

 戦争による生物兵器の使用、環境汚染で崩壊の一途を辿る、僕達の星を。


 世界は、最悪な連中に牛耳ぎゅうじられていた。

 たくさん、人が死んだ。いや、人だけじゃない。たくさんの生き物が、命を不当に奪われた。


 まともな連中はもうほとんど残されていないこの星を、僕達は捨てた。このままではいずれ僕達だって、きっと死んでいく運命にあったから。


 僕達は賭けに出た。

 生き続ける為に、環境の適した別の星を探す。学生時代の仲間達7人で集まって、宇宙に飛び立つ。

 このままこの星に居たって、残念な死に様が待っているだけだ。ならば、半ば駄目元でも、何か行動を起こして死にたい。

 幸い仲間のつてで、それなりの設備の揃った宇宙船を調達する事ができた。


 そんな経緯いきさつがあり、僕達はこうして今宇宙を当てもなく進み続けている。

 旅立ってからは、様々な事があった。


 一番大きな出来事は、僕の恋人のお腹の中に、赤ちゃんが宿った事。

 それは行く当てもなく宇宙を彷徨さまよう僕達にとって、こうして今生きている意味や希望を教えてくれるような出来事だった。


 もちろん、最初は戸惑った。こんな状況での事だったから。けれどそんな迷いよりも、僕は喜びの方が勝ってしまった。

 僕と彼女だけではなく、他の5人も皆、喜んでくれた。彼女の懐妊が判ったその日は、皆してはしゃいで祝った。最後は皆、ぐちゃぐちゃに泣いていた。

 何だかこれからの行く末が、全て良い方向へ向かって行くような。そんな気がしていた。


 早くこの子をちゃんと育てられるような、良い環境の星へ辿り着けるといいね。

 皆して口々に、そんな事ばかりを云い合った。


 彼女のお腹の子は、希望だったんだ。

 僕達、7人の。


 何も見えなくなっていた僕達の瞳に宿った、真っ白な光だった。



 それから月日は経ち、彼女は出産した。お腹の子を。

 僕達7人の、小さな小さな命を。


 生まれてきたのは、女の子だった。小さな小さな女の赤ちゃん。

 けれど



 生まれて程なく、その子は死んだ。眼も開けずに、死んでいった。

 原因も判らぬまま、僕達7人の前で死んでいった。


 産声すら、聞かせてくれずに。




 後で判った事。


 その子の脳には、奇形があった。

 医学部出の仲間の一人が、医療設備を使って調べた結果、判った。


 大部分の脳の欠落。

 いずれにしろ、生きていける状態じゃなかった。そんな事、医学知識のない僕にだってCT写真を見て一目で判った。


 宇宙での長い放浪生活のせいで、宇宙線による影響を受けたのか。それとも、故郷の星に居た時に生物兵器の被害を受けていたのか。


 今となっては、もう判らない。 

 どちらにしろ、あの子はそのせいで、酷い形で生まれてきてしまった。

 僕達7人の目の前で起こった、その事実は決して変わらない。



 せっかくここに、僕達の処に生れてきてくれたのだから、せめてこの体を土に還してあげよう。この子の小さな体を、手のひらふたつで収まってしまう程の小さな体を、生き物として回帰させてあげよう。



 僕達はひとつの無人の星へ、この子を埋葬してあげる事にした。

 降り立ったその星は、薄い大気に包まれた土と鉱山ばかりの地表だった。きちんと空気があってもう少し暖かければ、この星に住めたかもしれない。

 けど何だかそんな事、今はもうどうでもよくなっていた。


 どうせ僕達は、何処にも辿り着けないんだ。小さな光も、消えてしまった。


 僕達はその小さな星の小さな鉱山の麓に、その子を埋めた。


 彼女はずっと泣いていた。

 無理もないよ。僕だってずっと、涙が止まらなかったんだ。


 僕達の、たった一人の大切な子。この子に、名前すら与えてやれなかった。

 生きていれば知る筈だったたくさんの感情も、この子に教えてあげられなかった。


 彼女にこの子を産ませて、どうするつもりだったのか。その思いは、ずっと僕の中にぐるぐると回り続けていた。

 酷いエゴかもしれない。けど、生まれてきて欲しい。そう思ったんだ。


 それなのに……。


 きちんとした命すら、与えてあげられなかった。

 だからせめて、もし輪廻転生というものがあるのならば、今度はきっと幸せに生まれて来れるように。素敵な名前を与えてもらって、成長して、そして恋をして。

 唯一の大切な人に、心から愛してもらえる。そんな風に生まれて来て欲しい。

 誰かを幸せにして、そして君も幸せになって……。


 そう願わずにはいられなかった。



 僕達の当てのない旅は続く。多分、このまま延々と。

 細々と食い繋いできた食料だって、時期に尽きるだろう。



 だからせめてこうして僕達の娘の事を、手紙に記しておこうと思った。

 僕達が居なくなってしまった後も、もしかしたら誰かがこの手紙を見つけて、僕達とたった一人の娘の事を知ってくれるかもしれない。

 そうしたら、その人の記憶の中で娘や僕達は何度でも生き続ける事ができるから。



 とこしえの、この宇宙で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美しい玩具 遠堂瑠璃 @ruritoodo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ