No.10 ただ、見詰め合う
アルフレドは、母星との回線を全て遮断させた。そして基調内の全ての機器類に、消滅のプログラムを発動させていく。
随分、勝手な事をしていると思う。母星の人間達には、申し訳ないという思考もあった。
けれど造り物のアルフレドの体をイブと共に跡形もなく崩壊させる為には、この方法が一番良かった。
それにアルフレドの思考回路には、いつしか必然的に人間達への復讐の意思も芽生えていたのかも知れない。それは、イブを内緒で再生させようと決めた時からなのかもしれない。それとも、母星からこの無人の星へ送り込まれた時からなのか。
自分を13番と呼び、名前すら与えなかった、人間達に。
だから、罰が当たったのかも知れない。
イブを不完全なカタチで再生させてしまった。
イブ、結局君には『命』があったのだろうか。
けれど、もういいんだ。
君も僕も、終結していく。
それでいい。
プログラムの発動準備は完了した。
規則正しい機械音が、発動までに残された時間を刻んでいく。
刻一刻、また一秒と。
アルフレドは、静かな眼差しでイブを見詰めた。
生身の人間のように瞬く必要がないから、最期の一瞬まで君を見ていられる。
この記憶という回路に、しっかり君のカタチを焼き付けよう。
アルフレドを構成する物質が
だから片時も、この眼を逸らすものか。
一秒一秒が、二人のこの空間に刻まれていく。
アルフレドは、イブの居るガラス管に手を触れた。
もうすぐ。
このガラスの外で、初めて君と触れ合う。
二人を隔へだてた、このガラスのない場所で。
光を纏い、液体の中で揺れる少女。
可憐に。
まるで、夢を見ているように。
境界線のない、ひとつの世界で交ざり合う。
カタチを必要としない世界で。
するすると解けていく。
君の螺旋も、僕の部品も。
均一に解けて、そして交ざり合う。
そして消えていく。跡形もなく。
それは、このあまりに広い宇宙の
アルフレドは、また微笑んでいた。
この感情の動きは、何と云うんだっけ。
……幸せ?
ああ、そうだ、幸せ。
ああ、そうか。
これが、『幸せ』というものか。
プログラム発動までのカウントの音が、イブの心拍の機械音と重なっていく。
まるで、心地好い音楽。
イブ、君にも聞かせてあげたかった。
君の、命の音。
僕が一番好きな音。
青い光が、二人の空間をほんのりと包み込んでいく。
人間だったら、こんな瞬間は泣くのだろうか。
感情が高ぶると、人間というものは涙を流すから。
けれど、僕にはその『涙』がない。
だけど、それで良かった。
涙を零せば、君のカタチがぼやけて滲んでしまうから。
アルフレドは視線を寸分も逸らさず、イブを見詰めた。
仄青い光に染められたイブは、とても綺麗だった。
淡く輝く、美しい鉱石のように。
僕のイブ。
僕がただ一人見つけた、大切な人。
僕は人の手で造られて、この宇宙で君を見つけた。
ただ、それだけで幸せなんだよ。
ただ、それだけで。
時が、満ちていく。
基地内のコンピュータ回路に、プログラム発動の信号が駆け抜ける。
信号は電流となり、細やかな経路にまで溢れ、流れていく。
微量の電流がイブの浸るガラス管へも流れ込んで、閃光のような瞬きが幾つも弾けた。
その電流が、イブの眠ったままの筋組織を刺激したのだろうか。
閉じられたままだったイブの白い目蓋が、今はっきりと開いていた。初めて見るイブのふたつの瞳が、アルフレドを見詰めている。
思った通りの、綺麗な眼。
ほんのり透き通った、僅かに青い瞳。そのふたつの瞳に、アルフレドの姿が宿っている。
イブの中で、アルフレドは微笑んでいた。
「やっと、会えたね」
声が、溶けていく。
少年が恋をしたその人が、光に包まれていく。
白く、ただ白く。
光が満ち満ち、空間を、二人を呑み込み隙間なく埋め尽くした。
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