第11話 『迷い猫』さんと決闘、です!

 どうやら店主さんにも罪悪感はあったようで、お金なら速攻返してもらった。

 その後、わたしはララちゃんに会った森へと移動し、開けた場所でカナンと向かい合う。

「試合を始める前に、ルールを決めよっか。お互い痛いのは嫌だと思うし、そうだなあ……どちらかの頭を撫でたら勝ち、っていうのはどうかな?」

「頭を撫でる、ですか? ……それは、ちょっと避けたいですが」

「そうなの? もしかして、なでなでされるの嫌とか?」

「そうではありません。そもそも、私が負けるはずありませんから。……問題は、私が女の子の頭を撫でたことがない、ということです。その、少し恥ずかしい、というか」

 なるほど。確かに、カナンって女の子を可愛がるタイプじゃなさそうだ。

「まあ、平和的であれば構いません。そのルールを認めましょう。……ただし、負けても泣かないでください。女の子の慰め方も知りませんから」

「うん、いいよー。じゃあ、始めっ」

 声をあげると同時に、カナンが駆け出した。うん、かなり速い。さっさと勝負を終わらせる気なんだろうな。もう既にカナンは距離を詰めていて――。

 その時にはもう、わたしは『闇魔法』を放っていた。

「えっ?」

 きょとん、としたようなカナンの表情。

 けどそれも一瞬、カナンは必死の表情でわたしの攻撃を回避して距離を取る。惜しい、もうちょっとで当たるところだったのに。

「避けられちゃったか、今のは直撃すると思ったんだけどなあ」

「……………」

 ……? どうしたんだろ。カナンってば、呆然としてるけど。

 わたしが首を傾げた、その直後だった。

「な、なな……何なんですか、今のは―――っ!?」

 どかーん、と。まるで爆発したみたいに。

 今までの冷静なカナンからは想像も出来ない、それはそれは大きな声が響き渡った。

「ありえません、こんなのあってはいけないんですっ! 魔法が使えるだけでもおかしいのに、今のは『闇魔法』じゃないですか! どうしてそんな禁術を……!?」

「……そんなに変かな?」

「当然ですっ! 魔族や呪術師のような異端者ならともかく、あなたのような子どもが使っていい魔法じゃないんですからっ! しかも、詠唱も術名も省略してなお発動するなんて、賢者クラスのスキルLvじゃないと不可能なんですよ!?」

 へー、そうだったんだ。お父さんが教えてくれた魔法だから小さな頃からずっと使ってたけど、この世界だとそんな物騒な扱いされてるんだ。

「まるで悪夢を見てるみたいです……。女の子なのに村長をしていたり、魔法を使ったり。あなた、一体何者なんですか」

「見ての通り、ただの幼女だよ?」

「笑顔で嘘をつかないでください。私が知ってる幼女は、躊躇なく魔法をぶっぱなしたりはしません。それに、今のは下手すれば致命傷になっていましたよ?」

「それは大丈夫。カナンさんがわたしを傷つけたくないって言ったみたいに、わたしもそういうの嫌だから。さっきの魔法は状態異常を付与するっていう、それだけ」

「……状態異常?」

「うん。呪いっていう、精神異常を起こす魔法なんだけど――」

「いえ、もういいです。ちっとも安全じゃないってことだけは分かったので」

 むう、失礼な。名前は怖いけど、ちょっと混乱するだけの魔法なのに。

「どうやら、あなたのレベルは相当高いみたいですね」

 カナンは腰に携えていた剣を抜き、わたしに向ける。

「女の子だと侮っていたことをお詫びします。……あなたは、私が想像していたよりずっと強敵であるみたいですね」

「えっ、剣を使うの? わたし、幼女なのに?」

「………………」

 あっ、固まった。やっぱり気にしてたのかな。

「不覚ですが、私も敗北するわけにはいかないんです。……特別に教えると、わたしのレベルは四二です。もしあなたがわたしよりレベルが低いなら、降参して頂けませんか? 可能であれば、あなたを傷つけたくはありません」

「へえ、カナンさんってまだ若い女の子なのにそんなに強いんだね。……でも、良かった。それなら安心して戦えるかな」

「……どういうことですか?」

「だって、わたしのレベルはカナンさんを越えてるもん。だから心配しなくても良いよ? ……カナンさんの望み通り、お互い傷一つなく勝負を終わらせられると思うから」

 直後、カナンからぴしりと、何か罅が入るような音が聞こえた気がした。

 ……どうしたんだろ。平和的に解決出来るのに、カナンってば怖い顔してる。

「ふふ、そうですか。どうやらあなたは、私より圧倒的な力を持つみたいですね。小さな女の子なのに私に余裕で勝てる。そう言い退けるくらいなんですから……!」

 カナンは剣を構え、わたしを見据える。

 やっぱりまだ続ける気みたい。ならわたしも応戦しなきゃいけないけど、さっきの魔法は見切られたし……別の魔法を使った方が良いだろうな。

「ご覚悟を。……『渾身の刃』」

「『闇の眷属』っ!」

 カナンが地を蹴るのと、わたしが魔法を唱えるのはほぼ同時だった。

 通常なら、詠唱を省いて二秒もあれば発動出来る魔法――けど、そんなわずかな時間も、カナンにとっては一撃を与えるに十分だったらしい。

 術名を唱え終えた時、カナンの刃はわたしに迫っていた。

「わっ、とと……っ!」

 慌てて跳躍して何とか回避する。……いや、今のは当てる気がなかったんだろうな。剣筋を見るに、脅しの一撃、って感じがしたもん。

 そう思った直後、背後から轟音。振り返ると、災害が起きたような光景が広がっていた。

 さながら地割れのように、地面に亀裂が走っていたのだ。

 大地を引き裂くほどの一閃――これが、カナンの剣技なんだ。

「カナンさんって、こんなことも出来るんだ。……でも、わざと外してくれたんだよね? 今の一撃受けてたら、間違いなく致命傷になってたもん」

「……当然です、私の方が年上なんですから。むしろ、子ども相手に本気を出してしまい、大人げなかったかもと反省してるくらいですよ」

 恥ずかしげに口にしたと思うと、わたしに真剣な眼差しを向けて、

「これで分かったでしょう。私が剣士である以上、全力を出せばあなたは無事では済みません。敗北を認めて頂けませんか? ……次は当てますよ?」

「うん、そうだね。……じゃあ、これで終わらせよっか」

 わたしは、ぱちん、と指を鳴らし、周囲一帯に巨大な魔法陣を展開させる。

 そして……魔法陣から現れるのは、生き物みたいな大量の触手、だ。

 あまりのことにびっくりしたみたいで、あっという間にカナンは触手に捕まってしまう。

「な、何ですかこの気色悪いものは! くっ、なるほど、闇魔法に相応しいおぞましい魔法ですね……!」

 お、おぞましい……。そっか、普通の女の子にはそう見えちゃうのか……。

 このうねうね君、わたしは好きなんだけどなあ。見た目はちょっとあれだけど、人懐っこい可愛い性格してるもん。外見で判断するのは良くないと思う。

「心配ないよ? うねうね君たち、絶対にカナンさんを傷つけないから。ちょっと身動きを取れないようにしてくれてるだけ。……でも、これでわたしの勝ち、かな?」

 その言葉にカナンが、はっ、と顔をあげる。

 この勝負の勝利条件。それは……どちらかの頭をなでなですること。

「ま、待ってくださいっ! ほ、本当にするんですか?」

「そうだよ? だって、それで良いってカナンさんも言ったでしょ?」

「で、ですが、負けるなど夢にも思ってなかったので……その……」

 そこで、カナンさんは小さな声で口にした。

「頭を撫でる、というのは愛情表現の一つではないですか。今までされたことがありませんし……恥ずかしいんです。私より幼い女の子に、なでなでされるなんて」

 カナンさんってば、顔が真っ赤になってる。

 あんなに凛然としてる女の子だったのに、今じゃ恥じらう乙女みたい。

「だ、だから、その、許して頂けると……」

「……そっか。カナンさんって、恥ずかしがり屋さんなんだね」

 わたしは、にこにこと笑顔を浮かべながら、

「でも、だーめ♪ ……安心して、優しくしてあげるから」

「えっ――ふあっ」

 そっと頭を撫でると、カナンは可愛らしい甘い声を零した。

 うわ、やっぱり柔らかい。初めて猫耳に触ったけど、くにくにしててとても気持ち良い。それにお手入れを欠かさないのか、カナンの髪はとても良い香りがした。

 その間、カナンは声を出さないように、頬を染めて必死で耐えている。その姿はぎゅっと抱きしめてあげたいくらい可憐で、ずっとこうしていたいくらい。

 でも、あんまりカナンを困らせるのも良くないだろうな。

「はい、終わり。よく頑張ったね、偉い偉い」

 ぱっと魔法陣を消すと、がくり、とカナンが両手を地面につけた。

「……屈辱、です。幼女に敗北したうえに、しかも頭を撫でられ、あまつさえ子ども扱いをされるなんて……」

「でも、これで勝負はついたよね? 試合前に話した通り、わたしのこと誰にも言わないでね。たとえば、ダガーを持ってたこととか、魔法を使えることとか、ね」

「……それは、約束します。ですが、もう一度勝負をしてもらえませんか? どんな条件でも構いませんから、再戦を――」

「それはちょっと出来ないかなー。ダンジョンのことは話せないし、わたしはあの村でのほほんと暮らせるならそれだけで十分だもん。ごめんね?」

「し、しかし……」

「お願いだから、言うことを聞いてくれると嬉しいな。良い子だから、ねっ?」

「……っ。そ、そんな言い方しないでください! まるで私の方が子どもみたいじゃないですか、もうっ!」

 よっぽど悔しいのか、カナンはほとんど涙目になりながら、

「分かりました。相手が幼女だろうと、私の負けには変わりありません。無理な頼み事をしてすみませんでした。……失礼します」

 そのまま頭を下げて、カナンは立ち去ってしまった。

 本当に、わたしのことを秘密にしてくれるか分からないけど……まあ、安心しても良いと思う。礼儀正しい女の子だし、約束は守ってくれるはず。

「ただ……もうちょっと、カナンさんとは仲良くなりたかったなあ」

 わたしと年齢は変わらないみたいだし、初めて会った冒険者だし。ダガーの件を抜きにして、もっとお喋りしたかったんだけど。

 だから、またいつかカナンに会いたいなあ……なんて。


「――やっちゃった……」

 カナンと出会ったその夜、『そんちょう』と書かれた腕章を前に途方に暮れていた。

 カナンが初めてわたしを見た時、微塵も村長だって思ってなかったし、一応腕章くらい作ろうかなって思ったんだけど……問題は、ひらがなで書いてしまったことだ。

 けど、この国の言語は読むことは慣れてるけど書く機会は滅多にないから、つい日本語を使ってしまったのだ。しかも、漢字の知識なんて小学一年生並みだし、一〇年も異世界にいてど忘れしたしで、恥ずかしながらひらがなである。

 これは使えないし、戸棚の奥深くに封印しとこうかな……そう思った時だ。

 ちりん、と家の呼び鈴が鳴った。

 こんな夜更けに来客? と思いながらも玄関の扉を開けて……きょとんとする。

 そこにいたのは、昼間出会ったばかりの猫耳少女。カナン、だった。

「あれ、カナンさん……?」

「夜分遅くに失礼します。少しよろしいですか? ……あなたにお話があるんです」

 そう口にしたと思うと、急にカナンは黙ってしまう。

 わたしが首を傾げたそのとき、カナンは覚悟を決めたようにわたしを見つめた。

「お願いします。……私をあなたの使用人として、傍に置いて頂けませんか?」

「…………はい?」

 それって、冒険者からメイドに転職したいってこと?

 なに、その突然の告白。

「冒険者の活動は、しばらく休止することにしました。あまり家事は得意ではありませんが、その分給与は求めません。寝床さえ用意して頂ければ、無給であなたのお世話を――」

「ちょ、ちょっと待って。使用人って、いきなりどうしたの? カナンさん、昼間にはそんなこと一言も言ってなかったよね?」

「……あの後、考えたんです。どうにかして、あなたと暮らせないかと」

「わたしと暮らす……?」

「素直に告白します。……私はやはり、ダンジョンのことが諦めきれません」

 どこか後ろめたそうに、カナンは口にする。

「誰も知らないダンジョンを開拓するのは、全ての冒険者の憧れ。それは私も変わりません。ですから、少しでもその手掛かりを得るために、使用人としてでも構わないので一緒に暮らしたい。それが、あなたに会いにきた理由の一つです」

「なるほどね。でも、理由の一つってことは、他にもあるの?」

「……え、えっと、ですね」

 ……どうしたんだろ。カナンってば、急にそわそわし始めちゃった。

「その、とても言いづらいんですけど……あなたに興味があるから、です」

「……えっ?」

「あなたみたいな人、初めて会ったんです。村人を束ねていて、魔法を習得していて、そして私より強い小さな女の子。世界中探しても、きっとそんな娘はいません。だから、あなたのことをもっと知りたいんです。……それに」

 カナンは、わずかに頬を朱に染めて俯いた。

「あなたなら、私を『迷い猫』としてではなく、一人の女の子として接してくれると思ったんです。……あんな風に頭を撫でられるなんて、あなたが初めてでしたから」

「……そっか」

 わたしは微笑みながら、カナンにはっきりと告げる。

「でもごめん、使用人を雇うつもりはないんだ。今のところ、この生活が気に入ってるから。家事も洗濯も、お金で代わって欲しいってあんまり思ってないんだ」

「……そう、ですか」

「だから――ルームメイトとしてなら、いいよ?」

 カナンの表情が、一瞬で驚きに染まった。

「わたしも、カナンさんにもう一度会いたいなって思ってたから。だから、使用人じゃなくて、友達として一緒にいて欲しいの。……駄目かな?」

「い、いえ、それはむしろ嬉しいですが……正直、不安でもあります。誰かと共同生活をするなんて、仕事仲間と野宿くらいしか経験がありませんから」

 そう口にすると、カナンは頬を朱に染めて、

「それに、あなたのような小さな女の子と喋ったことも、あまりありませんから。いきなりこんな風に一つ屋根の下で暮らすなんて、その……恥ずかしくて」

「あはは、そうなんだ。カナンさんって可愛いんだね」

「か、可愛い……っ!? や、止めてください。私の方がお姉さんなんですから」

「そういう言葉、逆効果だと思うけどなあ。胸がきゅんってしちゃうもん」

「……あまりからかわないでください。怒りますよ?」

 ぷいっ、とそっぽを向くカナンに、わたしは笑顔を浮かべると、

「ごめんごめん。じゃあ、改めて自己紹介しなきゃね――ラフィール村にようこそ、カナン。わたしが村長のアリカ、です」

「……そういえば、確かにまだあなたの名前をちゃんと聞いてませんでしたね。あの時は、すぐにこの村を去るとばかり思ってましたから」

 カナンはほんの少しだけ微笑むと、わたしに手を差し出した。

「不慣れなことばかりで迷惑をかけるかもしれませんが、色々教えてくれると助かります。……よろしくお願いしますね、アリカ」

「あっ、やっと名前で呼んでくれたんだ。でも、シルヴィアみたいに、アリカちゃん、でもいいよ? わたしの方が子どもだもん」

「あ、アリカちゃん、ですか? ……やっぱり、止めておきます。そんな風に誰かを呼んだことがないので、身体がくすぐったくなりますから」

「えー? カナンお姉ちゃんには、もっと可愛がって欲しいのになー」

「……こんな時だけ子どもになるなんて、ずるいと思いますよ?」

 こうして、このラフィール村に新しい村人が――そして。

 わたしにとって、新しい友達が出来ました。

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異世界スーパー幼女村長☆彡 弥生志郎/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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