第10話 猫耳少女はわたしにご執心、みたいです……
その後、わたしとシルヴィアは、フードの少女と共に私の家へと場所を移した。
「一応、礼儀として名乗っておきます。私の名前は、カナン、です。……忘れて頂いても結構ですよ。どうせ、すぐにこの村を去るので」
頭を覆っていたフードを外し……わたしは思わず、「あっ」と声を零す。
その頭にあるのは、猫にそっくりな愛らしい小さな耳。
このカナンという女の子はどうやら獣人族で――しかも、猫耳少女、だったのだ。
「……あまり、じろじろと見ないでください。気分が良いものではないですから」
「あっ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって。わたしの村にも獣人族の住人はいるけど、猫耳をした人っていないから」
「……うん。アリカちゃんが驚くのもしょうがないと思うよ? 私だって、猫人族の女の子なんて初めて見たもん」
そうなんだ。シルヴィアが言うくらいだから、すごく珍しい種族なのかな。
「でも、猫人族のカナン、って何処かで聞いたような――あっ!」
突然、シルヴィアがぽん、と手を叩くと、
「もしかして、カナンさんって……『迷い猫』のカナン、ですか?」
「……『迷い猫』? そういえば、さっきのお客さんも同じこと言ってたけど……」
「アリカちゃんはまだ子どもだし、分からないよね。……それが、カナンさんの冒険者としての通り名なの」
冒険者! すごいなあ。女の子なのにそんな仕事してるんだ。
「何でも、『フィルデモンの回廊』っていう難関ダンジョンを突破した、凄腕の冒険者なんだって。それも、カナンさんってまだ一七才の女の子なのに、だよ? だから、この大陸で最強の少女って噂されてるみたいなんだ。……でも、そんなに強いのに、カナンさんって一つのパーティに留まらないんだって。だから、ついた通り名が『迷い猫』、なの」
「へえー。だから料理店にいた人たちも知ってたんだね。女の子なのに、異名がつくくらい有名な冒険者なんだ。……カナンさんって、かっこいいんだね」
「止めてください。ただでさえ猫人族で目立つのに、その異名のせいで何処に行っても噂が立つんですから。欲しければ、あなたに譲りたいくらいです」
カナンって猫耳は可愛いのに、同年代とは思えないくらい凛としてる。冒険者って初めて会うけど、みんなこんな風に真面目なのかな。
「それより、私の用件を聞いて頂いてもいいですか? ……私がこの村に来た理由は、アイテム屋に飾ってあるダガー、その譲り手に会うためです」
「……へっ?」
恥ずかしながら間抜けな声が出てしまった。
だって、それって……。
「つまり、村長。あなたに話があるんです」
「ちょ、ちょっと待って。店主さん、売り主のことまでお客さんに話してるの?」
「いえ、普段は絶対に喋らないみたいですね。私が尋ねても、守秘義務だから話せない、と断られましたから」
そ、そうだよね。ちゃんと商売人としての倫理は守ってくれてるよね。
わたしがほっと胸を撫でおろすと、隣にいたシルヴィアが不思議そうに、
「でも、だったらどうしてカナンさんが知ってるんですか?」
「いえ、大したことじゃありませんよ」
そして、カナンはしれっと口にするのだった。
「ほんの二〇〇万ギニーほど、お店に落としてしまったんです。そうしたら、独り言を言ってくれましたよ。……そういえば村長があのダガーを持って来てくれたなあ、と」
「………………」
もうね、言葉もありませんよ。
店主さん、どうしてあなたは大金に魂を売ったのですか。守秘義務を守るという商売人としてのプライドは何処に行ってしまったのでしょう。そもそもカナンさん、二〇〇万ギニーって何ですか。それ完全に賄賂ですよね? そんな大金を落とすなんてカナンさんはうっかり屋さんなんですねうふふふふふ。
隣で、シルヴィアは苦笑いしながら、
「あはは。店主さんも困った人だね」
「……あはは、で済むことじゃないと思うけどなあ」
カナンは、刀剣みたいに鋭い眼差しをわたしに向ける。
「暗殺王ラフィードは晩年、とある冒険者とパーティを組んでいたと聞きます。つまり、ラフィードが愛用のダガーを落とすのであれば、それはダンジョンで命を落とした時である可能性が高い。それも、暗殺王が攻略不可能である、超高難易度のダンジョンです」
あれ、どうしてだろ。さっきから嫌な汗が止まらないんだけど……!
「単刀直入に聞きます。あのダガーは、どのダンジョンで発見されたものですか? ……私は、それだけが知りたいんです」
「……えっとね、分かんない! あのね、あの刃物は妖精さんがくれたんだよ? 君はとても良い子だから僕からのプレゼントだよって妖精さんが――」
「とてもメルヘンな嘘ですね。あと、贈り物が凶器って妖精としてどうかと思いますが」
くっ、すごい無理して幼女のフリしたのに一秒で見抜かれた……!
シルヴィアがわたしのフォローをするように、
「でも、アリカちゃんはまだ子どもですよ? なのにそれだけ貴重な鑑定品を持ってるなんて、おかしいと思いますけど……」
「私も俄かには信じられませんが、事実であれば受け止めるだけです。……私は、誰も足を踏み入れたことのないダンジョンを攻略したい。どんな要求にも応えますから、教えてもらえませんか?」
とは言われても、裏ダンのことは誰にも話せないしな……。
でも、知らないって言い張るのもマズいと思う。もしこの噂が広がったら、またカナンみたいな冒険者が来ちゃうかもしれない。……だったら。
「うん、いいよ。……わたしとの勝負に勝ったら、教えてあげる」
「……勝負、ですか?」
「カナンさんが勝ったら、わたしは素直にダンジョンのことを話す。でももしわたしが勝ったら、わたしのことは誰にも言わないって約束して欲しいんだ。それで、勝負の内容だけど――戦闘、っていうのはどうかな?」
えっ、と言葉を零したのはカナン、そしてシルヴィアだった。
「で、でもアリカちゃん。それはちょっと……」
「そうです。それでは、あまりにも私が有利ではないですか。そもそも子ども相手に決闘みたいなことは出来ません。私にも、冒険者としての誇りがあります」
「でも、素直に教えてあげることは出来ないんだよね。だから、とりあえず形だけでも勝負して欲しいんだ。どうせカナンさんが勝つなら、別に構わないでしょ?」
「……仕方ありませんね。子どもの遊びだと割り切ることにします」
うんうん、そうだよね。カナンなら、絶対に受け入れてくれるって思ってた。
だって、相手が幼女なんだもん。勝ちとか負けとか、そんな発想あるわけないよね。
「ありがと。カナンさん。……でもその前に、アイテム屋に寄ってもいい? 店主さんがもらった二〇〇万ギニー、カナンさんに返したいんだ」
「えっ? ですが、あれは私が善意で差し上げたもので……」
「カナンさんは良くても、わたしが村長として見過ごせないから。顧客の情報を売って大金を稼ぐなんて、流石にやりすぎだもん。それに、今後あのダガーについて秘密にするようにって、ちゃんと注意しておきたいし。……じゃあシルヴィア、ちょっと行ってくるね?」
「う、うん。それはいいけど……カナンさんと勝負なんて、大丈夫かなあ」
不安そうなシルヴィアに、カナンは凛とした表情のまま、
「安心してください。この娘には傷一つつけませんから。試合といえど、相手は子どもですから。危険はないと保証します」
「えっと、そうじゃなくて――」
「まあまあっ。それより早く行こうよ、ねっ?」
急かすように、わたしはカナンの背中を押して家を出る……その直前。
ぽつり、と。シルヴィアは、独り言のように呟くのだった。
「私が心配してるの、カナンさんなんだけどなあ。……アリカちゃん、ちゃんと手加減出来るといいんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます