第9話 マンドラゴラの収穫、それと謎の美少女登場です?

 それから少し経って、わたしは牧場の隣にある大きな畑にいた。

 目の前にいるのは、若葉みたいな緑色の髪をした小柄の少女。

 アリアルさん曰く、この人が例の厄介事を抱えてる人らしい、

「あなたがアリカ、ね。ふーん、近くで見ると案外可愛いじゃない」

「……そ、そうかな」

 何か、面と向かって言われると照れちゃうな……。

「自己紹介はまだよね。私はアルラウネのアルラよ。よろしくね」

「アルラウネ……? じゃあ、アルラさんって魔物なの?」

「ええ、まあね。簡単に言えば植物を司る魔物なのよ」

 でも、見た目は中学生くらいの美少女にしか見えないけど。アルラさんもアリアルさんたちと同じ、特別な魔物、なのかな。

「でも、アリアルの推薦とはいえ、こんな小さな女の子に相談してもね……」

「まあまあ。少しは力になれるかもしれないよ?」

 アルラさんは「まあいっか」と手招きをして歩き始める。

 畑には、色とりどりの野菜が植えられていた。じゃがいもや玉ねぎとか知ってる野菜から、見たこともないような野菜まで、たくさん並んでいる。

「すごいなあ。これ、全部アルラさんが育ててるの?」

「まあね。この村で野菜とか果物を育てるのが私の仕事なの。環境的に栽培が難しいものもアルラウネの私なら何とかなるから、珍しいものも結構あるのよ?」

 そのまま畑を抜けると、レンガ調の小屋へと足を踏み入れる。中にあるのは、プランターに植えられた植物たち。厳重に保管されてるみたいだし、どれも特別なものなのかも。

 わたしが案内されたのは、その中の一つの植物だ。それはぎざぎざの葉っぱをした、黒色の土に埋まった植物で……あれ?

 何かこれ、見たことある気がするんだけど……。

「もしかして、これって……マンドラゴラ?」

「えっ、あなたマンドラゴラが分かるの!? すごく珍しい植物なのよ?」

「……そうなの?」

「そうなの? ってあなたね……。マンドラゴラは有名な薬効植物なの。貴重な薬の材料に使われるから、錬金術師なんかは大金払ってでも欲しがるのよ? 攻略難度の高いダンジョンにしか存在しないから、こんな風に栽培するなんて普通は無理なんだから」

「へえ、すごいなあ。アルラさんって、すごく優秀な魔物なんだね」

「まあねー。アルラウネの名前は伊達じゃないってことよ」

 ふふーん、とアルラさんは自慢げに胸を張る。

「でも、マンドラゴラの栽培に成功したのはいいけど、収穫出来なくて困ってるのよ。すごく苦労して育てたから、何とかしたいんだけど……」

「なんだ、そんな簡単なことだったんだ」

 むんず、とマンドラゴラの茎を掴むわたし。えっ?と固まるアルラさん。

 そのまま、えい、と引き抜く……その直前。アルラさんに物凄い勢いで抱き止められた。

「ちょっ! あ、あんた、何してるのよっ!? お、落ち着いて? 良い子だからそーっと手を離してくれるかしら? ねっ? ねっ!?」

「……? どうしてそんなに焦ってるの?」

「当然でしょっ! マンドラゴラを引き抜くなんて、自殺行為みたいなものなのよ!?」

 わたしが手を離すと、アルラさんはほっと安堵したような表情で、

「あのね、マンドラゴラってとても危険な植物なの。伝承ではマンドラゴラは生きていて、抜くと断末魔の叫びを上げるって言われてるの。そして、その悲鳴を聞いた者は――狂気に侵されちゃうのよ?」

 へえー、そうなんだ。だから、アルラさんってあんなに必死だったのか。

「あなた、可愛い顔して無茶するわね。あの叫び声は、アルラウネの私ですら耐えられないらしいのよ? ……そういえば、アリカってまだ子どもだもんね。幼女をなめてたわ」

 アルラさんは、やれやれ、といった風に肩をすくめて、

「マンドラゴラを抜く方法は諸説あるんだけど、全部試しても無理だったのよ。一番有効って言われてるのは、ロープを巻き付けて悲鳴が聞こえない距離で抜く、なんだけど……」

「じゃあ、それもう一回やってみようよ。二人でなら抜けるかもしれないよね?」

「村中の男の人を総動員してもビクともしなかったのよ? あり得ないと思うけど……まあいいわ。アリカの気持ちは嬉しいし、付き合ってあげる」

 大して期待していないような顔で、アルラさんはロープを取りに去って行く。

 ……良し。計画通り、アルラさんは遠くに離れたっぽい。

 マンドラゴラを抜くから遠くに行って、なんて言っても、絶対断られるもんね。

「じゃあ、満を持してっと……」

 小屋の周りに人がいないことを確認して、マンドラゴラを掴む。

 思いっきり引っ張ると、すぽん、と音がしそうなくらい綺麗に抜けた。

「――――――――――――ッッッ!!!!!」

 空気がびりびりと震えるくらい、壮絶なマンドラゴラの悲鳴。おー、活きが良いなあ。きっと、アルラさん大切に育てたんだろうな。

「あ、アリカっ!? まさかそれ、マンドラゴラじゃ……!?」

 マンドラゴラが沈黙した頃、その慌てた声に振り返れば、ロープを手にしたアルラさんが真っ青な顔で突っ立っていた。

「ほ、本当にマンドラゴラ抜いちゃったの……? ね、ねえ、意識はしっかりしてる!? 幻覚とか幻聴があったら言って、すぐに解呪してあげるから!」

「別に何ともないよ? ほら、こんな風にぴんぴんしてるし」

「そ、そうなの? 良かったぁ……。でも、どうしてアリカは平気なのかしら。スキルでもないと、マンドラゴラの悲鳴に耐えられるはずがないのに……」

「……それってもしかして、『瘴気耐性』、とか?」

「あー、うんうん。確かにそうね、『瘴気耐性』なら狂気の影響も――って、ちょっと待って。アリカ、どうしてあなたがそんなこと知ってるの……?」

「えっと、なんていうか。……持ってるんだよね、そのスキル」

「えっ……はあっ!? アリカみたいな子どもが、『瘴気耐性』をっ!?」

 その反応を見た感じ、やっぱりおかしいんだろうな……。あまり言いたくなかったけど、マンドラゴラ抜いちゃったから言い訳なんて出来ないし。

「う、嘘でしょ? 『瘴気耐性』なんて、特定のダンジョンを攻略する時しか必要ないような、玄人向けのスキルなのよ? しかも、マンドラゴラの悲鳴を無力化するなんて、かなり高いレベルじゃない。どうしてアリカみたいな女の子が……?」

 多分、裏ダンで暮らしてたからだろうなあ。あそこ呪いで穢れてたし。

 なーんて言えるわけもなく、わたしは幼女という肩書きを盾に、にこにこと笑うだけ。子どもなんで分かりません、そんな意思表示だ。

「うぅん、分かんないなあ。やっぱり、生まれつき、ってことなのかしら……?」

「まあまあ、細かいことは気にしない。こうやって無事に抜けたんだもん。……これ、大切に育てたマンドラゴラなんだよね? はい、どうぞ」

「あ、ありがと。……本当に変わった女の子ね、あなた」

 アルラさんは笑顔で受け取ったと思うと、不思議そうに小首を傾げて、

「でも、アリカってよくあんな平然とマンドラゴラを引き抜こうとしたわね? 『瘴気耐性』があったとしても、普通なら少しは怖がると思うんだけど」

「それなら平気だよ? 何度も抜いたことあるもん」

「……はい?」

「わたしが前に住んでた場所って、マンドラゴラが辺り一面に生えてたから。……でもあれ、苦いだけで全然美味しくなかったけどなあ」

 わたしの言葉に、アルラさんはただ呆然とするばかりだった。


 小さな村だけに、噂が広がるのも早いみたい。翌日には、「新しい村長はどうやらただの幼女じゃないらしい」っていう噂を村人みんなが知っていた。

 それからというもの、わたしは村人たちにお願いされて、西へ東へと奔走するのだった。

「村長、すまないが助けてくれないか? コカトリスの羽毛を回収したいんだが、あの嘴に触れると石化してしまうんだよ」

 はいはーい、とコカトリスを励ましながら、羽毛を抜いたりもした。

「村長さん。ゴーレムの身体から採掘したいんだが臆病で暴れてるんだ。何とか出来る?」

 うんいいよ~、とゴーレムを宥めて、その間に鉱石を掘ったりもした。

「村長ちゃん。赤ん坊が泣き止まないんだけど、ちょっと手が離せないの。少しでいいからあやしてくれないかしら?」

 喜んでー、と赤ちゃんをおぶってよしよしをしてあげたりもした。

 ……そんな風に、あっという間に一週間が過ぎて。

 わたしは今、シルヴィアに誘われて、この村唯一の料理店である『狼の食卓』にいた。

 何でも、村長として頑張ってるから美味しいものをご馳走したい、らしいけど……。

「頑張ってる、なんて大げさだと思うけどなあ。別に、大したことしてないのに」

 わたしの言葉に、シルヴィアはいつもの柔らかい笑顔で、

「そんなことないよ。アリカちゃんのおかげで、みんな助かってるんだもん」

 でも、本当に過大評価だと思う。確かに魔物の世話って大変かもしれないけど、わたしにとっては裏ダンにいた頃と同じことをしているだけだ。

 それに、この村の大きな問題はほとんどなくなったから、最近は平和な日々が過ぎてる。むしろ暇すぎて、家にあった歴史書とか魔物の図鑑を一日中読んでるくらい。小学校の頃は勉強なんて興味なかったけど、知らないことばっかりでこれが結構面白かったりする。

 裏ダンにいた頃に比べれば、魔物に襲われることもなければ、生活のために狩りをする必要もないという、何とも気楽な日々を送ってるのだった。

「お待たせしましたっ、こちらアリカちゃんの料理になります」

 そこに、給仕姿のララちゃんが食事を運んできてくれた。この『狼の食卓』はララちゃんのお姉さんが経営していて、ララちゃんはそのお手伝いをしてるみたい。

 ちなみに、ララちゃん一押しのフルーツパイもお姉さんが焼いたもので、とても甘くて大変美味しゅうございました。

「いつもありがと。ララちゃん、小さいのにお店の手伝いなんて偉いね」

「えへへ、ありがとうございます! でも、ララは全然凄くないですよ? アリカちゃんみたいなお客様に喜んで欲しくて、好きでやってるだけですから」

「うんうん、そっか。ほんとに良い子だね」

 三角巾越しに頭をなでなですると、ララちゃんは「も、もうっ。お仕事中ですよ?」とはにかんだ。嬉しいのか、尻尾をぶんぶんと振っている。

 ……あれ、なんだろ。すごく胸がきゅんきゅんする。

 そんなとき、厨房の奥から女性の声が響いた。

「ララーっ! 料理出来たから運んでくれるーっ?」

「あっ、はーい! じゃあアリカちゃんにシルヴィアさん、また後で、ですね!」

 ララちゃんは料理を受け取ると、別のテーブルにいる二人組の獣人族の男性へと運ぶ。

 ……? でも、あんな人この村にいたかなあ。

「ねえ、シルヴィア。あのお客さん見たことないけど、ラフィール村の村人だっけ?」

「えっと……あっ、すごい。あの人たち、きっと村の外から来たお客さんだよ」

「あれ? ラフィール村って、村人以外の人が来てもいいんだね」

「掟だと、禁じてるのは人間だけだからね。って言っても、異種族自体少ないから村の外から来る人って全然いないんだけどね。私も久々に見たなあ」

 そこで、シルヴィアは名探偵みたいにおでこに指を添えると、

「私の推理だと……アイテム屋さんのおかげ、じゃないかな。暗殺王のダガーを一目見たくて、ラフィール村に来たのかもね」

「えっ、あのダガー飾ってるの?」

「店主さん、売る気はないんだって。『あんな貴重品をお金に換えるなんてもったいナイ、だってボクのお店の評判になるモノ』って言ってたから」

 ふーん、大切にしてくれてるんだ。それは嬉しいかも。

 少し良い気分になりながら、わたしは注文したパンケーキにフォークを刺す。

 そのときだった。

「食事中に失礼します。……少し、よろしいですか?」

 鈴の音がなるような少女の声に、フォークが止まった。 

 それほど、その少女は可愛かったのだ。見た目は、一〇代半ばくらい。フードを被っていて分かりづらいけど、それでも隠しきれないくらいの可憐さがある。

 当然知らない女の子だった。こんな女の子なら、一度会えば忘れるわけない。

「えっと、村人さんじゃないよね? わたしたちに何か用?」

 わたしの言葉に、少女は首を横に振ると、

「いえ、話があるのはあなたではありません。……そちらの方、です」

「私、ですか?」

 少女はシルヴィアに頷き……そして、予想もしてなかった一言を告げるのだった。

「あなたが、この村の村長ですね? ……お尋ねしたいことがあります」

 ………………うん?

 ちょっと待って。今、シルヴィアが村長だって言ったよね……?

「え、ええっ? 私が、ですか?」

「違うのですか? 先程声をかけた村人の方は、村長はこの村唯一の人間だからすぐに分かる、と言ったのですが。……しかし、聞いていた話が違いますね。ここには村長のあなたと、もう一人、人間の女の子がいるみたいですが」

 ……ははあ、なるほどなー。

 うん、この娘の言葉はもっともだ。ぱっと見、シルヴィアは人間の美少女だもん。

 誰だって幼女のわたしじゃなくて、少女のシルヴィアが村長だって思うよね。

 シルヴィアも、同じことを思ったみたい。困った笑顔を浮かべながら、

「あのー、ごめんなさい。私、村長じゃないんですよ」

「…………えっ?」

 少女が驚いたようにこちらを見て、わたしは、こほん、と咳払いを一つ。

 そして、少女を歓迎するように、精一杯の笑顔で言った。

「ようこそ、旅人さん――わたしがこの村の、村長です!」

「………………。へえ、そうですか」

 呆れてる。この人、すっごい呆れた目でわたしを見てる……!

「えっと、信じられない気持ちはよく分かるんだけど……本当なんだよね、これが」

「からかうのは止めてください、子どもといえど怒りますよ? 小さな女の子が村長なんてそんな馬鹿馬鹿しい村、世界中探したってあるはず――」

「あの、アリカちゃんの言葉は本当ですよ? だって、私は人間じゃありませんから。疑問に思うなら、村人の皆さんに聞いてもらってもいいですけど……」

「では、嘘ではないんですか? ……魔物が暮らしていたり、女の子が村長をしていたり。噂通り変わった村ですね、ここは」

 少女は溜め息を一つつくと、

「分かりました、あなたの言葉を信じましょう。食事を終えたら時間を頂けませんか? ……あと、そちらの方も一緒によろしいですか? 保護者がいてくれると安心出来ますから」

 完全に子ども扱いされてるなあ……まあ、仕方ないんだけど。

 わたしが「うん、いいよ」と返答すると、少女は一礼して『狼の食卓』から立ち去った。

 その直後、聞こえてきたのは二人組のお客さんの会話だ。

「お、おい。今の、もしかして『迷い猫』じゃないか?」

「はぁ? んなわけないだろ、何の酔狂でそんな有名人がこんな小さな村にいるんだよ。確かに背格好は似てるけどよ、別人だよ別人」

 ……? なんだろ、『迷い猫』って。

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