第8話 魔物を飼育するのも、村人の大切なお仕事です

 二章 その少女、猫耳につき


 ラフィール村の村長の朝は早い。

 太陽が昇ったばかりの早朝、わたしは広場に食材の買い物に来ていた。

 この広場は商業の中心らしくて、何人かの村人がお店を行き交っている。この村は農業以外で生計を立てる人も多いらしくて、肉屋、果物屋、大工、鍛冶屋、仕立て屋。様々な職人がこの広場にお店を持ってるみたい。

 わたしが「ふあぁ……」とだらしない欠伸をしていると、シルヴィアが声をかけてきた。

「あっ、アリカちゃん。おはよう、一人で買い物なんて偉いね」

「……うん。おはよーございまふー……」

「大丈夫? ほとんど目が開いてないよ?」

「んー……今までこんなに早く起きることなかったのでー……。気が向いたら寝て、気が向いたら起きてたから……」

 何しろ、裏ダンには太陽がないから時間の概念がなくなるのだ。起きてるなら昼、眠くなったら夜っていうライフスタイル。もうわたしの体内時計なんてぼろぼろですよ。

「アリカちゃん、そんな生活してたの? でも、あんまりぼんやりしてたら危ないよ?」

 すると、シルヴィアはわたしのほっぺに触り、おもむろに揉みだした。

 眠気覚まし、なのかな? ……うん。段々と意識がはっきりしてきた。

「何か、シャキッとしてきたみたい。ありがと、シルヴィア」

「あはは、どういたしまして」

 むに。むにむに。

「……ね、ねえ。シルヴィア?」

「……? どうしたの?」

 むにむにむにむにむにむにむにむに。

「ちょっと、頬を揉みすぎじゃないかと……」

「えっ? あっ……ご、ごめんね。アリカちゃんのほっぺが柔らかかったから、つい……」

 照れ笑いを浮かべて、ぱっと手を離すシルヴィア。気持ち良かったから夢中になるって、シルヴィアって結構本能に忠実だな……。

「でもちょうど良かった、シルヴィアに聞きたいことあったんだ。……わたしが村長になって村のみんながどう思ってるか、分かる?」

「アリカちゃんについて? えっと、可愛らしい村長さんだね、ってみんな言ってるけど……どうするべきか、みんな困ってるみたい。アリカちゃんって、まだ子どもだから」

 まあ、それが普通だろうな。幼女が村長になるとか、非常識極まりないだろうし。

 出来るだけ早く、ラフィール村に馴染めればいいんだけど。

 その後、わたしは買い物を終えて家で朝食を食べると、牧場へと向かった。何でも、毎朝モンスターたちの様子を見るのも村長の仕事みたい。

 厩舎の方に向かうと、アリアルさんが小屋の中で蜘蛛のモンスターに餌をあげていた。鍵がかかってなかったから、わたしは何気なく小屋に入ると、

「へー、アリアルさんってモンスターを飼うお仕事してたんだね」

「ん、まあなー。基本、俺らみたいな魔物の方が、飼ってる魔物も懐きやすいから……ってうぉい! な、なんだアリカか。普段子どもなんて来ないからびっくりした」

 アリアルさんは、おずおずとわたしを見ながら、

「あんた、アラクネアが怖くないのか? 普通、子どもなら号泣するんだけどな」

「基本的に、魔物は大丈夫なんだ。昔からよくふれ合ってたから」

「……変わってんなあ。まあ、そうでなきゃ村長になりたい、なんて言い出さねえか」

 アラクネアの頭を撫でると、わたしに嫌がる素振りもなく、ふにゃ~と身体を丸めた。もしかして気持ち良いのかな。

「でも、この子あんまり餌を食べないね。元気がないの?」

「おっ、鋭いな。実はさ、こいつここ数ヶ月蜘蛛糸を出さないんだよ。だからそこまで腹も減ってない、ってこと。アラクネアの糸は大切な商品だから、量が少ないと商会の奴らに愛想尽かされるんだけどな……」

「へえ、蜘蛛の糸が商品になるんだ」

「まあな。普通の蜘蛛と違ってこいつの糸は丈夫だから織物にすることも出来るんだ。伸縮性が高くて動きやすいから、冒険者の間じゃ評判が良いんだぜ?」

 アリアルさんは、ふう、と溜め息を零すと、

「けどさ、アラクネアの飼育は難しくてよ。精一杯世話してるつもりだが懐いてくれねえんだ。……なんて、愚痴っぽくなっちまったな。悪いな、アリカ」

「ううん、別にいいよ。……じゃあ、頑張ってお仕事しないとね」

 アラクネアに語り掛けると、じーっとわたしを見つめるのみ。まあ、わたしの言葉なんて分かんないんだろうけど。

「しかし、魔物に懐かれやすいっての本当なんだな。もし暇なら、俺の仕事に付き合ってくれないか? 安全は保障するからよ」

 アリアルさん、わたしが村に馴染めるように気を配ってくれてるんだろうな。

 別の小屋に移動すると、そこにあるのは地面いっぱいに植えられたキノコ。

 魔物だけじゃなくてキノコも育ててるのかな? 疑問に思いながら小屋に入ると、まるで驚いたみたいに、ぴょん、と手足の生えたキノコが地面から飛び出した。

「わっ。びっくりした、これみんな魔物だったんだ」

「わはは、マタンゴを見るの初めてなんだな。……じゃあ、収穫を手伝ってくれるか? 逃げ回るやつとかいると思うから、捕まえたら俺に――」

 言い終わる前に、アリアルさんは絶句したみたいに、がくんと顎の骨を外す。

 アリアルさんが見つめるのは、わたしの前で綺麗に整列するマタンゴたち、だ。

「あれ、すっごい大人しい!? すげえな、あのマタンゴがこんなに懐くなんて……」

 多分、これも『隷属』のスキルのおかげなんだろうな。

 けど、裏ダンにいた頃はこんなに魔物に懐かれることはなかったんだけど。もしかしたら、レベルが低い魔物に対してはより効果が発揮されるのかも。

「でも、収穫するってことはこの子たちも商品になるの?」

「まあな。マタンゴは食材として売りに出されるんだ。魔物でも味は一級品だからさ」

 アリアルさんはマタンゴを捕まえると、根っこの部分をナイフで切り落とした。

 と、根と足だけになったマタンゴは、何事もなかったかのように辺りを駆け回る。

「不思議なもんで、こんな状態でもマタンゴは生きてるんだ。こいつらを株分けして、新しく育てばまた収穫する。その繰り返しだ」

 おぉ、なるほど。命を奪う、っていうわけじゃないんだ。

 そう感心していると、くいくい、とマタンゴにスカートを引っ張られた。

 どうしたんだろうと見つめていると、マタンゴたちが整列を崩して床に寝そべった。不思議なことに、それは人文字みたいに、意味のある言葉になっている。

 こう読めた。


 お い し い よ


「……ねえ、アリアルさん。これって……」

「……ああ、そうだな」

 気まずい雰囲気の中、アリアルさんは小さく口にする。

「美味しいから僕たちを食べてください、って言ってるな、こいつら」

 ……ですよねー。

 いや、確かに『隷属』って魔物を従わせるスキルみたいだけど。まさか、自分から捕食を望ませるくらい効力が強いなんて。

「うわあ、どうすんだこれ……。確かに食材になるけどさあ、自分の方から食べてって言われると、こう切なくなるっていうか……」

「……よし。じゃあお言葉に甘えて食べよっか、アリアルさん!」

「あれ、すっごく前向き!? か、可哀想とか思わないのか……?」

「正直に言うと、ちょっとだけ思うよ。でも、このマタンゴの料理を楽しみにしてる人だっているんだよね? ……食事を美味しいって思えるのは、文化的な生活をしてる証拠だって思うんだ」

 裏ダンにいた頃、食べるものなんて本当に限られていた。毎回似たような料理ばっかりで、美味しくないものだってあったけど、選ぶ余裕なんてなかった。

 だから、豊かな食事をするってことはとても幸せなことで――そんなアリアルさんの仕事を、心の底からすごいって尊敬出来る。

「だからわたしに出来ることは、感謝を込めていただきますと手を合わせること。それだけだと思うんだ」

「……すげえな、アリカって。まだ小さいのに、ずっとしっかりした娘なんだな。うしっ、分かった。じゃあ食べてって言ってることだし、こいつらを収穫しちまうか」

 気のせいか、そのアリアルさんの声音は、どこか嬉しそうだった。

 それから、わたしたちはマタンゴを木箱に詰めて外に運び出して……そのときだった。

「なんじゃこりゃ―――っ!?」

 突然、アリアルさんの叫び声。振り返ると、アリアルさんはアラクネアがいる小屋を前に立ち尽くしていて……同時に、わたしまでぽかんとしてしまう。

 驚くべきことに、小屋の中には――幾何学模様のような、緻密に作られた蜘蛛の巣が張り巡らされていたのだ。

 その下では、褒めて褒めてー、と言わんばかりに手をふるアラクネア。

「ど、どういうことだ? 今まで全然働いてなかったってのに、どうしてこんな短時間にここまで綺麗な蜘蛛の巣を……まさか」

 ばっ! とアリアルさんがわたしに振り返る。

「アリカが、お仕事を頑張って、って言ったからか?」

「……えっ?」

「だってよ、マタンゴだってあんなに忠実だったし、ドラゴだって手懐けたんだろ? アラクネアがあんなに働いたのは、アリカの期待に応えるためじゃ……?」

 つまり、『隷属』のスキルのおかげってこと?

 アリアルさんは、未知の存在と出会ったように、わたしをぼーっと見つめていて……やがて、深く頭を下げた。

「本当にすまねえ! アリカは俺の救世主だ。これで今度の取引には、品質の良いアラクネアの糸を持っていける! 今まで子ども扱いして本当に悪かった!」

「う、ううん。別に良いよ? それより、アラクネアのこと大切に育ててね。あの子、あんなに巣を作るくらい張り切ったんだから」

「おう、そうだな! アリカに対してはあんなに従順なんだ、俺にも懐いてくれるようにまた勉強し直さないとな!」

 ひゃっほーう、と小躍りするアリアルさん。

「けど、アリカって本当に普通の女の子じゃねえんだな……。なあ、ちょっと良いか? 実はさ、俺以外にも厄介事を抱えてる奴がいるから、そいつの相談に乗って欲しいんだよ」

「それはいいけど、みんなそんなに仕事が上手くいってないの? セシリアさんだって、ドラゴが言うこと聞かなくて困ってたみたいだし」

「まあ、この村は前の村長で成り立ってたとこがあるから。……その村長は今、領主様の命令で王都にいるからよ、代わりの村長が必要だったんだ」

 へえ、領主さんなんているんだ。何となく、貢物とかお金を納めなきゃいけないイメージがあるけど、それを村人から徴収するのも村長の仕事なのかな。

「本音を言えば、村長がいなくなって嬉しかった面もあるんだ。あいつ、村の税率上げて俺らから搾り取ってたし、村人の反対を押し切って掟を作ったりしてたから。祝宴を禁ずる、っていうあの掟だって、初めは村人総出で猛反対したんだぜ?」

 うわ、そうなんだ……。それだけ聞くと、完全に暴君みたいに聞こえるけど。

「でも、税率とか掟とか、村長ってそんなことまで決めていいの?」

「本来そういうのは領主様の仕事で、村長に権限はないんだけどな。けど、領主様は村の方針を村長に一任してるんだよ。何しろ特殊な村だからなあ、手に負えないんだろ」

 そこで、アリアルさんは天井を仰いで、

「だから、前の村長にはしんどい思いもさせられたけど……まさか、あいつがいなくなってからこんなに仕事の能率が落ちるなんてなあ」

 そっか。村長不在って、結構切実な悩みだったんだな。

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