#10 ぺぱぷ
あの家に帰ってきた。
今日は8月16日の朝だ。
目が覚めると、妙な胸騒ぎがした。
何だ、この不安感は。
真っ先にリビングに降りた。
「おはよ...」
いつもはプリンセスが料理しているはずだが、何故かキッチンには誰も立っていない。
彼女はここ最近、味噌汁を作れるようになったことを嬉しがっていたのに。
「...」
僕は駆け足で他のところを探した。
しかし、彼女らは居なかった。
「一体どうして...」
混乱しそうな自分を冷静になれと、落ち着かせた。
その時、あることを思い出した。
「...まさか」
俺は急いで準備をし、あの家を飛び出した。
歩いて15分程。僕のやってきたのはとあるお寺だった。
「やっぱり...、そういう事だったんだ...」
僕は一つの墓石の前にしゃがみ、線香に火をつけ、手を合わせた。
どういうことか。
単刀直入に言うと、彼女たちは、“この世の者ではなかった”。
つまり、彼女たちは死んでいたのだ。
10年前、とある高校でアイドルの部活が作られた。
1年生が1人、2年生が2人、3年生が2人の。
彼女たちはアイドルになることを目指していた。
時にアパートの一室を丸々借り、スタジオ代わりにするなど、本格的に。
しかし、メンバー全員で旅行に行く途中、乗っていた高速バスが事故を起こし、
帰らぬ人になってしまった。
そして、アパートは取り壊され、代わりにあのシェアハウスが建てられた。
彼女たちは、練習に使っていたあの場所に現れるようになった。
この世に未練を残したまま。
僕の前に現れたのは、彼女たちの、仮の姿だった。
ジェーンがコウテイ達の事を“先輩”、と呼んでいたのはこのせいだった。
あの旅行の時、賛成してくれたのは、丁度“お盆”の時期。
あの3日間だけは彼女たちは真の人間になれたのだ。
だから尻尾が無かったし、ヘッドホンも外せた。
5人一緒に同じところで、というのは、彼女たちにとってこうするのが
一番幸せだろうと、両親が考えたものらしい。
彼女たちは、アイドルになる夢が捨てきれず、この世に出てきた。
しかし、僕がファン1号になると宣言した。
つまりそれは、アイドルとして彼女たちを認めることになった。
彼女たちはそれで満足し、成仏したのではないだろうか。
住職に話を聞くに、みんなお揃いのペンギンのキーホルダーを付けていたそうだ。
「...まだ、ユニット名考えてなかったね」
僕は、一人で呟いた。
「....ぺパプなんて、どうかな?」
一瞬、彼女たちの賛同する声が聞こえた気がした。
「日野さん、あの家に住まわれて1年経ちますがお変わりありませんか?」
久々に電話をかけてきたのは、あの家を僕に紹介した不動産屋だった。
「ええ、問題ないですよ」
「いや、近頃全然、ペンギンがなんとかっていうお話を聞かないものですから。
心配しましたよ....。日野さん?」
「あっ、ああ。大丈夫です、全然」
「他のアパートとか、ありますけど引っ越しされますか?」
「いいえ。ここで充分です」
「そうですか。何も問題なければ、良かったです。それじゃあ、失礼します」
ピッ
僕は自分の部屋に飾ってある一枚の写真を眺めた。
夏の海で撮った、僕らの写真。
グッと込み上げて来るものがあった。
でも、彼女達は来ないんだ。
ピンポーン、と唐突にインターホンが鳴った。
慌てて下に降りた。廊下から、扉を見た。
向こうに黒い影が見える。
僕は扉を開け、来訪者を確認し、こう述べた。
「.....おかえり」
人鳥の家 END
人鳥の家 みずかん @Yanato383
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