#9 うみのおどりこ

とある町に旅行に行った。

前日はなぜかエアホッケーで物凄く盛り上がった。

そして翌日、海に出た。


丁度シーズンなので、海水浴場は客で賑わっている。


「じゃ、私の水着を...」


ジェーンが人目を気にせずに、俺の目の前で服を脱ごうとしているので、

慌てて制止に入った。


「ちょまちょま!お前こんな公衆の面前で脱いだらマズいだろ!

いくら可愛くてもそらぁマズイって!」


「えっ、可愛い?」


「あっ、えっ(しまった...、口が滑った...)」


目の色が変わったのが分かった。


「もぅ!春弥さんったらっ!」


「痛い痛い痛い!!爪を食い込ませるな!!」


「そう言ってくれると思って水着着てきたんです!」


「用意周到だなおい!」






「ずっと、思ってたけど、アイツが今、一番楽しそうだよな...」


コウテイが夫婦漫才もどきを見ながら言った。


「何?焼きもち焼いてるの?」


横にいたプリンセスが聞いた。


「いやいや、そういう事じゃなくてだな...。

その、人生を満喫してるっていうか、この体を充実して使っているって、

気がしてな」


「あなたは満足してないの?」


「アイツには目標があったじゃないか。けど、私達の目標は...、今だ足踏み状態だ」


海風に混じり、溜息が聞こえた。


「でも春弥さんが来てから、なんか変わったわよね。私達も含めて。

だから、達成できるチャンスなんじゃない?」


「もし、達成したら、私たちは...」


「私は、それでもいいと思う」


「...そうか」



「おーい、2人ともー、着替えて来いよー

俺はこいつの面倒見てっからさー」


「フルルうみだいすきー!」


あの2人もどこか楽しそうだ。



「ま、今は置いといて、思い出を作りましょうよ!」


「そうだな」





ペンギンだから泳ぐの上手いのかなぁ、なんて思ってたらそうでもなかった。

イワビーが、カナヅチだったことに驚いた。

浅瀬で『あっ、やべえ!』とか言って引き返してきた。


そんな状況を見ている時、一つの違和感を感じた。


(あれ...、いつもあるアレが無いような...)


その時、ビシャッと、水を掛けられた。


「あっ!?」


「フフッ!春弥さんっ!」


ジェーンが僕に飛びつく。


「ぶごぉ!?」


顔面が海水に浸かる。


「何で私じゃなくて他人に見惚れてるんですか?殺しますよ?」


彼女は頭を引っ張り上げ、また僕を海水に漬けた。

この状況でヤンデレモードはガチでヤバい。

生命の危機なのだ...。


「ごほっ、みへないっす!

勘違いなん、がっ、溺死するんでっ、やめてもらっていいすか?」


「いいですよ!」


この笑顔である。何というか...、悪魔だ。




「フルルは相変わらず泳ぎが上手いな」


コウテイが称賛した。


「学年で体育の成績が良かったんでしょ?」


プリンセスが聞くと、


「体育だけ~!」


笑いながらフルルは答えた。


「あー、羨ましいなぁ...」


浅い方で足だけ浸かっているイワビーが虚しく言った。



海で過ごす時間はあっという間に過ぎた。

お昼は焼きそばを食べた。ここでもジェーンが

僕の口に入れようとして、僕が仕方なく乗ったので恥ずかしかった。


陽が水平線の向こうに沈み、浜辺の色も青色からオレンジ色に変化した。

客もだんだん少なくなってきた。


皆、充分に満喫したはずだろう。

日陰で海を望むでいた。

僕は、ふと尋ねた。


「あのさ、みんなってさ、アイドル目指してたの?」


前々からちらほらと聞いていたことだ。

だが、確証は得ていなかった。


「まあね」


コウテイが小さく答えた。


「どんな感じなの?良かったら見せてくれない?」


そう言うと少し困ったような顔を見せた。


「いいんじゃない?」


そう言ったのはプリンセスだった。


「せっかく、私達の思い出の海に来たし、

こんな楽しい時間を過ごせたのも、春弥さんのおかげなんだから、

お礼だと思って...」


「ふーん...、まあオレもやってもいいぜ」


「踊るのー?」


「春弥さんがどうしてもって言うなら...」


彼女のアイドルとしての活動を見る事が出来る。

この半年間一緒に暮らして来て初めての事だった。


5人は、海をバックに並び、「じゃあ、純情フリッパー、行くわよ」というプリンセスの掛け声とともに、

アカペラで歌と踊りを披露して見せた。


僕は正直言ってアイドルとはどういうものなのか、よくわからない。

芸術をあまり見ないせいだろう。

しかし、人の心に癒しを与えるという事では、十分満点を付けられる。

そんな出来だった。


一人拍手をした。


「もしかして、歌詞って全部自分たちで?」


「ああ、殆どコウテイが書いてたけどなー」


イワビーが言うと、名指しされた彼女は照れ臭そうに笑っていた。


「すごいなぁ。かなり長い時間やってたんだね。

踊りとか、全然何が良くて、何が悪いのかわからないけど、

これは間違いなく良かったって言えるよ」


と、べた褒めした後、覚悟を決めて、こう続けた。


「...あのさ、最初は変な奴らだなって、思ってたよ。

でも、みんな仲いいじゃん。そんなパフォーマンスできるんなら。

決めたよ。僕、君達のファン1号になるよ」


「春弥...、ありがとう」


コウテイが呟いた。


「みんな、本当いろいろなことあったけど、家族同然だよ。...、みんな大好きだよ」





その日の夜。


「ねぇ、みんなって...、私は?」


今日も横にいるジェーンが小声で、尋ねてきた。

嫉妬深い彼女の前であの発言は僕もまずいかなと思ったけど、

本当にみんな大好きだから。


「...大好きに決まってんじゃん。ちゃんと君を見てるよ」


彼女を慰めるように、キスした。

恥ずかしいのか、嬉しいのか、返答はなっかった。


「料理教えてくれて、ありがとうね。私も大好き」


「ありがとな、プリ」


「春弥ほど気の合うやつはいなかったぜ、サンキューな」


「どういたしまして」


「色々買ってくれてありがとう。一緒にゲームしたのも楽しかった」


「ああ、またやろうな、フルル」


「私達の夢...、応援してくれるかい?」


「もちろんだよ」


布団の中で、みんなで寄り添いながらそんなやり取りを交わした。

そう、みんな家族だ。


この旅行、短かったが、とても楽しい旅行になった。

一生僕の、思い出に残るだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る