高校生が魔王に呼ばれて異世界で破壊神になった話

スリングショット

プロローグ 柴 陸人という男

 僕の名前は『しば 陸人りくひと』、とある市内の私立高校に通う黒髪に外跳ねの癖毛くらいしか特徴のない一般的な男子高校生……だと自分では思っていたかった。

 けれど残念なことに、僕には普通とは言い難い特徴がある。


 ちなみにあだ名は『シヴァ』『破壊神』『壊し屋』の主に三つ。このあだ名だけでも僕がどういう奴か大体分かってくれたと思う。


 そう、僕は人より圧倒的によく物を壊す。それも普通なら壊れないようなものでも偶然なのか運命なのか、壊してしまうのだ。

 この体質? は僕が生まれた時からそうだったようで、両親に僕が入っていた保育器が壊れた話を聞いた時は我ながらよく死ななかったものだと非常に感心した。

 そんな事故がありながら僕は哺乳瓶を壊し赤ちゃんベッドも壊し、幼稚園では花壇のレンガや三輪車を壊しながら、すこぶる元気に成長して今に至る訳で――


 なんて、モノローグで語っているうちにもう鉛筆を一本へし折ってしまった。

 特に力を込めた訳でもないのに何故なのか。それを見越して予備を何本も持ってきているから困ることはないけど、月のお小遣いの三割が鉛筆に消える高校生なんて日本中、いや世界中探しても僕ぐらいだろうなぁ。なんて愚痴ってる側から消しゴムも折れる始末。ダメだこりゃ。

 これでもいろいろ抵抗はしてみたんだ。頑丈なシャーペンを買ってみたり思い切って手に鉛筆を縛りつけてみたり。……結果は言わずもがな。

 クラスのあちこちから「またやってる」「今日は何壊すか予想しようぜ」と声が聞こえる。僕が何か壊すたびに教室中の視線が集まる、これが僕の日常なのだ。



 ——ようやく学校から解放され、逃げるように帰路に就く。あの後も順調に破壊活動は続き、先生の苦い顔と同級生の冷ややかな視線を受け続けて心は既にボロボロだ。

 ……でもまぁ、今日は数だけを見れば壊さなかった方だろう。前向き思考、大事。

 しかし、仮にこの力が僕の特殊能力だったとして、これほど現代社会において役に立たない力があるだろうか。壊して役に立つといえばせいぜい解体作業とか、あとは爆弾処理とか? いや爆弾壊しちゃダメだわ。


 考える程ため息が量産されていくばかり。何度目かのため息を吐き捨て、顔を上げると一軒の本屋が目に留まった。

 気分転換に立ち寄って、見上げる程の棚一杯にずらりと並ぶ本を一歩引いて眺める。立ち読みなんて真似はしない。マナーとしてというのもあるけど、実際僕が触ったら何が起きるか分からないというのが主だ。


 ふと、一冊の本が無性に気になり、思わず手に取ってしまった。

『異世界に転生したら没落確定貴族だったので、とんでもスキルでハーレム築いちゃった件!』

 裏表紙のあらすじを読む前に大まかな内容が分かってしまう。もはやあらすじの存在意義が問われそうなタイトルだけど、でもちょっと面白そう。


 いやでも、やっぱり立ち読みなんてよくないことだ。読みたいなら買わなくちゃ。左側のポケットから二つ折りの財布を取り出して、中身を確認。

 瞬間、僕の周りだけ木枯らしが吹いた……ような気がした。いや、空っ風というべきか。だけに。あ、寒い。

 ため息を引っ込めるために立ち寄った本屋で、ため息をついて魅力的な本を棚に戻す。大丈夫、本は逃げやしない。そう自分に言い聞かせながら。

 ところが、なぜか本が棚に収まってくれない。元々きっちり入っていたから取った時より隙間が狭くなってしまったのか。

 完全に埋まったわけでもなさそうだから、ちょっと力を入れれば――


「大丈夫かいキミ! 怪我とかしてないかい?」

「……ダイジョウブデス。ほんとすみまッ――りがとうございます」


 そりゃそうだよ。普通に考えて、こんなデカい本棚がたかが高校生一人の力で倒れるなんて誰が思うもんか。

 幸い、巻き込まれた人はいなかったそうで、あちこちで店員さんがお客さんに謝り倒している。

 いたたまれなくなり、その一冊だけ買って足早にその場を後にした。一冊程度じゃ割に合わない大損害だけど、全額弁償なんてできやしない。


 心の中で何度も謝りながら通りを駆け抜け、家の近所の公園に辿り着いた。

 色あせて白だかオレンジだか分からないベンチに腰掛けた、瞬間僕の尻がベンチを貫き、はまり込むような独特な姿勢で尻もちをつく。そこが僕の堪忍袋の限界だった。


「もうなんなんだよ! 俺が一体何したってんだよ! なんだよこの謎の才能! クソほどの役にも立たない才能!」


 そこから何を言ったか、何をしたかはほとんど覚えていない。ただひたすら空に向かって罵倒していた気がする。神がどうとか世界がどうとか、はたから見れば狂ったとしか思えないような光景だったと思う。実際軽く狂ってたし。

 ぶん投げた鞄と散らばった中身を拾い集める。

 泥んこになったラノベを拾い上げ、土を払った。表紙に移る主人公と思わしき男は、右腕に巨乳お姉さん、左腕にロリを抱き、満面の笑みを浮かべている。


 そうだ、こういう剣と魔法の異世界とかなら、僕の力も少しは役にたつと思う。

 あらゆるものを破壊するチート能力で、いろんな国やいろんな美女から引っ張りだこ……なんて馬鹿げた妄想をして、本日何度目かのため息をつく。いや無い無い、そんなありえないことを考えても仕方ない。


 ——いいや、ありえるんだなそれが。


 ふと、どこかから声が聞こえた。いや、正確には頭の中に響いたといった方が正しいのか?

 咄嗟にあたりを見回すが、人っ子一人いない。

 ……いやちょっと待て、今まで気づかなかったけど、なんか妙だ。

 この公園は普段からよく通ってるけど、この帰りの時間帯で人がいないなんて状況は見たことがない。なんせこの辺は子供が多くて、存分に遊べる場所といえばここしかないはず。

 それどころか、さっき俺は何を思ったか大声で騒いで鞄をぶん投げるという奇行に走った。なのに、公園に隣接した家から怒鳴られもしなければ、通りすがりの誰かがスマホを構えているなんてこともない。車の一つも通らず、風すら感じない。

 まるで、この世界に僕しかいないような、異様な静けさに包まれている。


 ――ほらほら、よそ見してないで。早く準備して。


 またも頭の中に声が響く。いやいやいや! 準備ってなんの!? というかあんた誰!? 声的に多分男なんだろうけど、せめてこういう時は目と目を合わせてお話を……。


 ――何の準備って、決まってるじゃんか。心の準備だよ!


 どこかで、何かが割れるような音がした。

 いや、砕けた? 崩れたようにも聞こえた。

 それが僕の頭の中で響いたのか、耳で聞いたのかは分からない。


 そしてその音を最後に、僕の意識はブツリと途切れた。


 ***


「魔王様、御体の具合はいかがでしょうか?」

「大丈夫大丈夫、全然ピンピンしてるとも。千切れた腕も元通り。悪いねぇ心配かけて」

「それはなによりです。魔王様、実は良い知らせと悪い知らせがございます」

「う〜ん、とりあえず良い知らせから聞いておこうか」

「召喚の儀、成功いたしました」

「本当!? やったこれで勇者に勝てる! でどんな魔物? 異質な鉱物で出来たゴーレム? 世界に終焉を呼ぶドラゴン? 見るだけで発狂必至の神話生物?」

「……続いて悪い知らせですが」

「いやいや、先に何が出たか言わないの? そこ伏せちゃうと魔王さん気になってお話聞けないよ?」

「いえ、今から言いますから。ちゃんと、同時に」

「え、同時に言うってなんで? ……あ、察した。鈍いことでそこそこ知られる魔王さんですら察しちゃったよ、この感じ」



「召喚したのは……人間です」

「……あちゃ~」

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