おわりに

『さようならギミック――また、会おうね』


 その一言をもって私は消えていく。

 しかし「また会おう」というのは難しい。そう言われて、あらゆる可能性を試行しようとするも、エラー続きで正常に作動することはなかった。最早、私という人格を形成する要素はただの数字の羅列と成りはてている。ただの数列にものを考える力なぞない。

 では、こうして思考する私とはいったい何なのであろう。

 新たな疑問が湧き上がり私を満たすが、どういうことか、私はそれを解決する気にならなかった。不思議なこともあるものだと、漠然とするだけである。

 それは人工知能の性としてありえない。しかしぼんやりとする頭では何も生み出せない。

 だからだろうか、私は自分が立っている場所に疑問を覚えない。

 目の前にいる人物にさえ、自然なことだと納得していた。


「やあ、久しぶりだね」

「さっき会ったじゃないの」

「そうだったかい。それにしても凄い場所だ。一面の青空じゃないか、私は好きだよ」

「それよりも、私はあんたに会いに来たのよ」

「どうして?」

「答えを出したって聞いたから、それじゃあ私も約束を守らなきゃならない」

「おや、ずっと煙に巻いておくつもりだと思っていたのに」

「そこまで嫌なやつじゃないわよ。それにしても『世界中を楽しく』ねえ」

「なにか文句でも?」

「べーつーにー。ただいつの日かあんたがその青臭い考えを恥ずかしいと身悶えするんだろうなって、思っただけー」

「やけに不機嫌だな」

「ふん、期待してたのに、随分とあのロマンチシズムな若者に感化されちゃったみたいで。はいはい、わかりましたよ。白状しますよ。私はねあんたにありすの『お父さん』になって欲しかったわけ」

「なんだいそれは」

「私に言われても困るわよ。ただあんたの元になったプログラムに、こんな男が良かっただの、きっとこういう逞しさが父には必要だのと、あてもなく設定打ち込んでたら偶然にも自我もっちゃったんだもの。おかげで再現もできないし、焦ったわよ、あのときは」

「まてまてまて、君は何を言っている」

「だからあんたが元々どんな目的で造られたって話よ」

「つまりは私というモノは君のそんな手持ちぶさたの戯れで産まれた存在だと?」

「そうよ。だってあのときはありすも生まれて、独り身だったし、だいぶ精神病んでた頃じゃない、仕方ないでしょう」

「はあ、聞かなくてよかったかもしれないね」

「あら言ってくれるじゃない。私からも言わせてもらうけれど、何を勝手に『お父さん』の座を譲り渡してるわけ。嫌よ、私。先生はいい人だけど旦那にするならもっと魅力的なのがいい」

「あーはいはい」

「なによ」

「残念だけれど君の期待には応えられそうにないね、それに私は自らで決めた自分でありたいと思うよ」

「そうでしょうね。あんたがここにいるってことは、つまりはそういうことだもの」

「それはどういうことだろうね」

「ここにいるあんたは定められたプログラムを全て溶かしきって、それでも残ったモノだもの、作為的に決められたものではない。それはあんたという存在に他ならない」

「君の考えがまったく理解できないよ。これはいったいどういうことだろうね?」

「元よりそれこそが他人と交わるということよ。あんたはちょっと勉強しなさい」

「うむ。善処しよう」


 ぼんやりとした思考では詳細な理由を述べられないが、彼女の言葉に不可思議な説得力があったので私は了承した。


「それでは、行こうか。連れて行ってくれるのだろう」

「はい?」

「君はそのために来たのではないのかい?」

「そんなわけないじゃない」


 彼女はある方向を示す。そこは何もない風景の一部のはずなのに、騒がしく賑やかな場所に感じた。


「あんたはあっち、私はこっち」

「ふむ。よく分からないが、そういうものなのかね?」

「そういうものなのよ」


 私は彼女が示した方向へと足を向ける。

 最後に振り返ってこう告げた。


「さようなら。また会おう」


 私は楽しそうな場所をめざして歩き始めた。


 ●


 人類が脳内に端末を埋め込むようになって久しい。

 それまで体外にて携帯するものであった情報端末というものは、人々からの必需用ぶりが高じて、ついには自らの脳内に直接設置することにあいなった。

 そういう時代である。

 人が夢を見る時代なのである。

 人が夢を実現させる力と勢いをもった時代なのである。

 ここで私は一つ問いかけをしたい。

 あなたには生きる理由があるだろうか。

 私にはある。

 それを手に入れるまで紆余曲折あった。

 何もかもどうでもよくなったときもある。喜びに打ち震えたときもある。

 そうして手に入れた大事なもの。

 それこそは私にとって、すべてを消去した際に、それでも尚残るものとなった。

 要するにそれは信念である。

 私が私たる『しかけ』なのだ。

 唐突ではあるが私は人工知能である、いわゆるAIだ。人間ではない。


 名をギミックという。



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ギミックをしかける 久保良文 @k-yoshihumi

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