第4話

『おかーさん、おとーさんは?』

 幼い少女の声に応える者はいない。

『おかあさん?』

 返事は...ない。

『母さん?』

 少女の声にようやく応えが返ってきた。

『貴女も、その道を行ってしまうのね...』





「...母さん?」

 カーテンの隙間から溢れる光が能見の目を覚ます。いつも自分が眠るベッドではなく、ただ床に敷かれた布。布団などとはお世辞にも呼べない、ほぼ雑魚寝と変わらぬその布の上でゆっくりと起き上がる。

 頭が重いことに気がついた能見は頭に取り付けられたVRゴーグルを取り外す。

「なんか...久しぶりに見たなぁ。前に見たのいつだっけ...」

 カーテンを開け時計を見ると既に12時を回っている。

「学校...って今日は日曜か。戦争の後はなんだか曜日感覚が狂うんだよなー...ふわぁ」

「ん...ノミ、眩しい閉めろ」

「もうお昼だよ。ご飯食べよ」

「...いらない」

「ダーメ!」

 雑魚寝の能見に対し、ベッドの上で眠る白銀を能見は無理やり引っ張り部屋の外に出る。

 すると階段を上がってきた藤見と能見の目が合う。

「ちょうど起きたか。飯が冷める。来い」

「この匂い、焼きそばですか?」

「そうだ」

 能見はやった!と言うと白銀をお姫様抱っこで抱え上げ階段を急いで降りた。

「おはよーノミ」

 真冬にも関わらずタンクトップ一枚の吉井は能見を見つけると、煙草を灰皿に擦り付ける。

「おはようございます!いつも思いますけど、うちの班喫煙者多くないですか?」

「ノミと白の二人だけだからね、吸わないの」

「体に悪いですよ」

「いーんだよ。死ぬときは死ぬし、死なないときは何しても死なないの」

「またそんなこと言って...」

 白銀をちゃぶ台近くに寝転がせると能見は食べ始める。

「むふ〜...朝起きてすぐに焼きそばって、朝カレーしてるみたいでリッチっぽくないですか?」

「もう昼だけどね」

「お前の中のリッチは随分安っぽいな」

 藤見は能見の皿に比べ半分しかない皿を白銀の前に置き、重たそうに腰を下ろすと藤見も食べ始める。

「あれ?仲川さんはどうしたんです?」

「あれは昨日邪魔だったから外に捨てた。今朝玄関見たら、寒さで死にそうにしてた」

「あっぶな!!今12月ですよ!!」

「ああ。今まで数えきれないほど死線はくぐってきたが、これが一番やばかった」

 吉井が爆笑していると。のそのそと何か大きなものが階段を降りてくる。

「藤見さーん...腹減りましたー...ずびっ」

 その大きな何かは、顔を真っ赤にし布団にくるまった仲川だ。藤見は面倒そうに腰をあげると、焼きそばを盛り付けにキッチンに向かう。

「風邪うつさないでくださいよ」

「病人に対してその態度...最高」

「明日学校なんですから。皆勤賞落としちゃいます」

「ノミ知ってる?バカは風邪引ないんだよ」

「んなっ!こう見えても成績は中の上くらいですからね!!」

「そう言う奴こそバカなんだよ。ほれ仲川」

「ずずっ...あざます」

「藤見、テレビ付けて。リモコン届かん」

 テレビをつけるとニュースが流れる。内容は昨日の統制戦争についてだった。

「お、昨日のじゃん」

「この様子だと、またすぐに起きそうだな」

「なんか私入ってから多くありません?」

 早々に食べ終えた能見は皿を片付けにキッチンに向かう。水道の水は痛く感じるほど冷たく、能見はつい手を引っ込めてしまう。

 温水を使うのも、なんだかもったいなく感じた能見はそのまま皿を洗い始める。

「最近のは領土問題が原因だ。このままいけば日本の要求が通りそうだが、相手国はどうしてか譲れないメンツがある」

「未だに日本は未開の地で自分たちより劣ってると思ってるんだよ」

 藤見と吉井の二人もさっさと食べ終えるとタバコをふかす。その表情は同情や嘲笑でもなく、楽しそうであった。

「そう言えば、前の勝利条件って何ですか?時間稼げとしか聞かされてないんですけど」

「おい吉井、伝えとけって言ったよな」

「だから言ったじゃん。時間稼げって」

「別に生きてますしいいですけど...」

 藤見と吉井、いつの間にか食べ終えていた白銀の皿を能見が片付ける。小言を言う藤見をケタケタと笑いながら受け流す吉井の姿は、夫婦のようであった。性別が逆ないような気がしなくもない。

 そんなことを考え皿を洗う能見はテレビに視線を向ける。

『昨日行われた統制戦争ですが、日本の被害は甚大なものとされており自衛軍には非難の嵐が...』

「昨日ってそんな被害出ましたっけ?」

「いや、全体の1割も死んでない40人くらいだったか」

「向こうの動きが丸わかりだからね。カモがネギ背負ってきたようなもんさ」

「なんでですか?」

 皿洗いの手を止め藤見たちに問う。

「向こうは一般人...それこそ俺らみたいな傭兵じゃなく、本物の一般人を入れたからだ」

「あっ、だから昨日あんな人数用意できて特攻してくる人多かったんですね」

「人海戦術は確かに有効だけど、今回はそれが悪手だった」

「スパイが潜り込みやすかったんだよ」

「はい?」

 驚き、というよりは呆れた声を出す能見はうっかり手に持つ皿を落としそうになる。

 間一髪持ち直すと、再度二人に目を向けた。

「一応志願者の経歴とかは調べているらしいが、今回のように大量の一般兵を集めれば経歴調査もざるになる。加えて向こうには自国を嫌う輩が少なからずいる。しっかり調査したところで見分けるのは難しい」

「初戦で人海戦術成功したのがいけなった。あれで味を占めたんだろうね。...自国の兵士だけにしとけっつーのに」

「だから日本は一般兵を募らないんですね」

「それもあるが、世間様が許してくれないんだよ」

 藤見はため息をするように煙を吐くと話し出す。

「もう戦争これが始まって7年、いや8年になるか...未だに精神にきたす影響が分かってない」

「私たちみたいにこうして普通でいられるのが異常だったりするんだよ」

「トリガーを引くだけで、たった一発数円の弾丸が相手の体を、そして自分を死に追いやる。痛みのフィードバックもあるもんだから現実でのショック死の可能性もある。そんな戦争ものに平和を謳う国日本が一般人を参加させるわけにはいかない」

 事実。こうして彼らが休日を共に過ごしているのはそこに理由がある。

 戦争が人の精神に与える影響は計り知れない。実際、訓練された兵士ですら精神が壊れる事もままある事だ。

 それが傭兵、一般人ともなれば兵士のようにケアすることも監視する事も難しくなるため、犯罪に繋がるリスクが一気に高くなる。そのため義務として行われているのが、『互いによる監視』だ。

 戦争後丸一日、参戦した者は所属している隊の人間と過ごすことになっている。その隊の隊長は定期的に隊の様子を報告し、未然に防ぐ決まりになっている。とは言え日本は一般人の参加を基本的に制限しているからか、戦争によって精神を患う人は少ない。

「ノミもちょっと前までヤバかったじゃん」

「しょうがないじゃないですか...入隊した次の日に戦争に連れてかれて、しかも前線ですよ。何度死にかけて、何人殺したのか...今でも思い出せますよ」

「最初の仕事は大きい方がいい。そいつが向いているか向いてないかがわかる。...あとあれくらいで死なれたら困る」

 藤見は時計をちらりと見ると、携帯を取り出す。小なれた手つきで画面を叩き、メールを送信したかと思うとすぐにポケットにしまう。

「夜飯食ったら帰っていいぞ。今回も問題なさそうだ。あとイブには仕事あるから予定入れるなよ」

「了解でーす...はぁ、クリスマスはいいことあるといいなぁ...」

 先ほどまで昨日の戦争について報道していたニュースは、いつの間にかちょうど二週間後に控えたクリスマスの特集に変わっている。

 遠い目で画面を見つめ皿洗いをしている能見は、さらについた泡を冷水で洗い流すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

統制戦争 鯛介 @archipel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ