第3話

「ふー、今日で一週間分のお肉を食べた気がします」

 食べ放題の時間一杯まで食べ続けた能見のうみらは、それぞれの家路につかず、ある建物に向かっていた。

「今思ったんですけど、人撃ってそのあとすぐ焼き肉って倫理観的にどうなんですかね」

「それを口に出すお前の倫理観のがどうかしてるよ」

「...同意」

「あまりその話するなよ。世間体が悪くなる」

 酔いつぶれた仲川なかがわに肩を貸す藤見ふじみは気にしても無いようなそぶりで言う。

「そう言えば今日もデモの人いましたね。そこら中に」

「こういう戦争した日には特に活発になるんだよ。意味ないのにねぇ」

「...きっと暇」


 ゲーム内の戦争、Control Wars。日本では統制戦と呼ばれるそれは、ルールによって管理され人命を害さず環境に配慮した戦争、など言われている。

 事の発端は今から9年前、VRゲームの発達によりvirtual riality first person shooter、通称VRFPSと呼ばれるゲームがeスポーツとしてよに認められたことにある。

 その現実の再現度と一般にゲームが普及していたこともあり、戦争を模したゲームとは言え受け入れられるのにそう時間はかからなかった。それと同時に、VRFPSはスポーツにおける国家間の戦争でもあった。

 その現実の再現度に目をつけた各国は、国家間の問題解決をより分かりやすく単純にするために動き出した。各国は共同開発し、2年後VRゲームで戦争するためのゲームを作り上げた。

 開発発表の当初、非難の声は数多くあった。その中でも特に多かった『現実とゲームの混同の危惧』について、ある一つの設定を加えた。それは————というものだ。

 従来のVRFPSはそれがほぼシャットされている。ゲームとして楽しむために、精々被弾部分が少し痺れる程度の感覚が普通だった。

 その為、面白半分やFPSで鍛えたという阿呆ゲーマーはほぼ全員参加を諦めた。結局日本に限っていうと、希望者の8割超は辞退したのだ。

 最初一般人の参加の是非についても話はあったが、その設定のおかげか、以降その話が問題になることはなかった。

 また根本的な問題として、日本の戦争参加についても問題に挙がった。しかし、政府としても日本の技術者が多く関わっている以上、日本としての参加も余儀なくされていた。しかし反対派の努力も虚しく、投票にもつれ込んだ結果今に至る。

「やっと着いたー」

「なぁ藤見、もうちょっと近いとこに引っ越そうぜ」

「バカ言え、あんな土地代のクソ高いとこに建てられるかよ。金の無駄だ」

 藤見は中に入るや否や、仲川を投げ捨てる。呻き声を上げたかと思えば、中川の顔は少し楽しそうに口角を上げる。

 物置とも取れるような開いた居間。奥にキッチンと階段、風呂場があり、中央にちゃぶ台、少し離れてテレビが置いてある。

 全員(仲川を除く)はちゃぶ台を囲むように、いつもの順に座る。

「反省会だ。吉井から」

「今日はビールよりハイボール頼むべきだったかな」

「2回目で最前線はどうかと思います!」

「...二人外した」

「今日も死者無し問題無し...と」

「えぇ!!ちょっと、スルーですか!?」

 ちゃぶ台に乗り出す能見は藤見に色々訴えかけるが、全て流された。給料持ってくる。と言い二階に藤見が上がると、吉井が口を開く。

「あれ?ノミって今回2回目だっけ?」

「企業間のは何回か出ましたけど、戦争は2回目ですよ」

「...じゃあ問題ない」

「大ありですよ...か弱い乙女を一人で前線に上げるとか、きっとあの人悪魔かなんかですよ」

「か弱い乙女(笑)の間違いでしょ。あと最初はあたしもいただろ?」

「そうですけどー。だったらせめてもっといい武器よこしてくださいよ。AKみたいに使い勝手のいいやつ」

「...ノミには勿体無い」

「入って二週間のアマちゃんには貸せないって。M16でも十分だっつの。白、ライターとって」

「そうですけどー...」

「...どうでもいいからレベリング」

「お風呂出てからにしない?」

「湧いてるから入っていいぞ」

 会話の内容を除けば微笑ましい光景。それをぶち壊すかのごとく、仲川が急に割って入る。

「ノミちゃーん、一緒に入って僕の背中たわしで洗ってよ〜」

「セクハラで訴えますよ」

「いいじゃない、ストレス発散にさぁ...うぷっ...ゔぉろろろろろろろろ」

「うぎゃー!汚っ、この人吐きましたよ吉井さん!消化しきれてないさっきのお肉がまだ残ってて...なんか、私も...」

「おいバカ吐くな!もらいゲロとかやめろって!さっさと風呂に入ってこい!!」

「...私もかかった。一緒に入ってくる」

「は、はい...うぅ...」

 表情一つ変えず白銀しろがねはスリッパで仲川を叩くと、真っ直ぐ風呂場に向かった。

「片付けるの面倒だな...いいや。藤見に丸投げしよ」

 タバコを灰皿に押し付けると、吉井も風呂場へ向かった。するとギシギシと音を立てながら丁度藤見が階段を降りてくる。

 眠そうな目で見回すと、何か諦めたようにため息をつき、雑巾を持ち出す。仲川を外に放り出し掃除を始める。

「あいつらの給料から焼き肉代引くか」

 ぼそりと呟やかれた言葉は風呂場から聞こえる女性陣の声に消され、誰にも届くことはなかった。

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