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 私は調査のため、あの時代に最も強力な核が炸裂したあの場所へ向かっていた。そこでは、重度の汚染地域であるにもかかわらず、一人の少女が防護服も着ずに生身の軽装で現れるという。そのような例は何度か過去にあったが我々の組織はそんなことはあり得ないとして錯覚や幻覚ということにして無視してきた。しかし、最近になってくるとその少女を見たという噂が極端に増えた。少女は何もないその荒れ果てた土地で一人、立ち尽くしているというのだ。そして先日、組織に所属するあの二人から彼女の特異な性質とその証拠となる映像が提出された。それは彼女が"彼ら"と同じ能力をもっていて、その力によって"彼ら"を殲滅し、その血肉を喰らうという内容だった。それは我々の組織が激しく求めていた亡国の試作人造人間、その一号機そのものを映し出していた。我々は何としてでも彼女を確保しなければならない。唯一、彼女は"彼ら"を殲滅することが可能なのだ。

 

 私が訪れたそこは映像にもあったかつての町の成れの果てだった。六キロメートル四方にもわたって陥没したこの場所は、大昔に放たれた核の絶大な威力を物語っている。

 ―――かつて、人類は自らが生み出した"生物兵器"に苦しめられていた。人類は人類同士の争いに罪のない様々な生物同士を掛け合わせた"生物兵器"を造り出し、戦いへ投じた。生物兵器はそれぞれの生物が持つ優れた能力を遺伝子組み換えによって取り出し、一つにまとめ上げた有力な兵器であった。生命倫理を無視し強さだけを求めて生み出されたそれらは通常兵器が通用しない最強の生物群となった。人類のそれぞれの国家は互いの兵器たちをぶつけ合い、戦争を進めた。生物兵器の制御は非常に簡単な仕組みとなっていた。生体の神経中枢にマイクロチップ一枚を埋め込み、微弱な電気信号によって生体に命令し、操作するというものだった。しかし、この制御方法には重大な欠陥があったのだ。

 ある国が生み出した生物兵器は強力な発電器官からの放電による攻撃を主力とした。発生する電気量は地上で発生する雷の三十倍ほどで、約二十三万体からなる軍勢が前線で放電攻撃を行った。すると、各国の兵器に搭載されたチップが焼き付き、次々と制御不能に陥った。そして電気を使った彼ら自身も制御不能となった。何の制御も効かなくなった生物兵器たちは自らの欲求の赴くままに残虐の限りを尽くした。食欲、性欲、そして製造時に加えられた破壊欲によって、ありとあらゆる通常生物が殺されていった。もちろん人間も例外ではない。街も村も国も全てが兵器と名のついた怪物によって破壊されてゆく。こうなってくると人類はも何もできなくなってしまった。ある手段を除いて。生物兵器に通常兵器は通用しない。生物兵器同士を戦わせるしかないのだが、生物兵器はすべて制御不能。ならばもう、あれしかなかった。"核"だ。人類は自らが生み出した無秩序に暴れ回る怪物達に対して核兵器を使用した。後世にも影響が残るとかそういうものは無視し、惜しげもなく核を投入した。生物兵器が盛んに持ち出される前、それまで使用されていた大型無人機から盛大に核弾頭をぶちまけた。効果は絶大だった。対象がどんなに頑丈であったとしても核の炎はすべてを焼き尽くし、見えない光があらゆる細胞を寸断した。生物兵器が暴走する前よりも酷い、後世にも及ぶ大きすぎる犠牲を出してしまったが生物兵器は完全に駆逐した。人類は戦争に勝利したのだ。人類と生物兵器との戦争には。

 

 人類同士の戦争はまだ終わっていなかった。生物兵器殲滅のため、核同盟を結んだ国々は油断していた。脅威を排除する為に結んだ協定内に潜み、陰で着々と研究を進める某国の動きを感知できなかったのだ。某国は後に世界を支配することとなる。"核に耐える生物兵器"によって。某国が生み出した生物兵器は世界を席巻した。"核に耐える"ため、並大抵の核汚染など"彼ら"には何でもなかった。"彼ら"に対しては通常兵器はおろか、核すらも通用しない。我々人類は次々とその命を落としていった。何もかもが通用しない無敵の生物に対して成す術がなかったのだ。現在、その怪物は彼らの親であるはずの某国を亡国へと変え、世界中でその猛威を振るっている。映像にあった組織の二人組の言う"奴ら"がそれだ。"奴ら"はこうしている今も、現存する数少ない生命を貪りその血肉としているはずだ。だが、"奴ら"の時代もじきに終わる。そのためにも早く少女を捜しださなければ。


 私は窪みの縁からそれを眺めていた。ここから数十キロ四方に広がる戦史時代の恐ろしく大きな傷痕。深さは中心地点で五百数十メートルはあるだろう。私が縁に立ったことで足元少し下の壁面から黒い砂利がぱらぱらと転がり落ちていた。小さな音が反響し、実際よりも多くの数が転がっているような錯覚を起こす。中心部に目を向けるとかすかに何かがあるように見えた。防護服のヘルメットの蟀谷のあたりにあるコントローラーでバイザーの倍率を変えることによって、それははっきりと見ることができた。黒い土の上に奴らの成れの果てであろう臙脂色の無数の肉片が、凝固した大量の体液とともに散乱していた。肉片は干からび、三キロは離れている私のところにまでその腐臭を漂わせている。どぶ川のへどろを濃縮したものを次々と鼻に詰め込まれるようなひどい匂いだ。防護服なしであれば気絶する人間もいるだろう。

 肉片の様子からして、少女とその能力は確かなようだった。肉どもは強力な自己修復能力を備えている。損傷した細胞はすぐさま分解され超速的な細胞分裂によって完全に復元される。汚染環境下では常にこのサイクルを行っているため、我々からは蠢いているように見える。彼らは本来、体がばらばらになったとしてもある程度再生することができるはずだ。しかし、遠くで転がったままのおびただしい数の塊は完全に干からび、確実に死んでいる。これも少女の力なのだろうか。それとも弱点となる部位を狙えば彼らを殺すことができるのだろうか。いや、それはない。映像で彼女は単に圧倒的威力と質量の打撃を与え粉砕しただけだ。我々の中にも爆発物で彼らを粉々にした者がいたが三秒後にその人物は爆炎から伸びてきた触腕によって殺害された。やはり、彼らを殺すことができるのは彼女だけなのだろうか。

 私はドローンで肉片のサンプルをいくつか回収し、窪みを後にした。少女はここにはいない。待機させていた我々組織の無人ヘリに乗り、上空から少女の居場所を割り出すのだ。

 高度千メートルからクレーター周辺の様子を伺う。大きく口をあけた無駄に巨大な穴以外は原形のない樹木とも呼べそうにない樹木がたまにあるだけの黒い荒野だ。かつてここらは世界に名だたる有数の大都市であった。戦争末期に陥落し、暴走した生物兵器たちの餌場となった。最終的には兵器の総数の一割ほどがこの地域で巣くっていた。核の使用に乗り出した人類は怪物の根絶のため、最初にこの地へと飛び切り威力のあるものを投下した。かつての大都市は一瞬で無に帰したのだ。数少ない生存者たちも瞬時に蒸発し、亡き者となった。この地域はクレーターを中心に五、六十キロほどが黒化した荒野となっている。それは放射状に広がっており、端の方までいくと過去の大都市の一部が辛うじて廃墟として遺っているのを見ることができる。

 私は北西にある廃墟のあたりで土煙が舞うのを見つけることができた。ヘリに指示を出し、現場まで向かわせる。何者かが戦闘状態にあるか、朽ちた建造物が自重に耐えられず倒壊したかのどちらかであろう。私は前者の可能性を信じヘリを現地付近へと着陸させ、積んであった武器をいくつか手に取って煙の発生地点へと向かった。

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disastro 蓼茅うによ @unyon966

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