ACT120 例えどんな世界だとしても


「シロちゃーん」


 十一月中旬、気候がだんだん冷たくなってきた緩やかな朝の通学路で。

 今日も今日とて、乃木真白は、後ろからやってくる友達の声を聞く。

 トレードマークのサイドポニーの髪を揺らしながら、真白はその声に振り向くと、


「っとと……おはよう、朱実は今日も元気ね」

「えへへー」


 たった今、声の主――仁科朱実は、真白の腕に勢いよく抱きついてきた。

 朱実は、真白が通う学校の中では一番の友達であり、そして誰よりも大切な恋人である。

 クセのあるセミロングの髪。童顔で少し丸っこい頬は、子猫みたいな愛嬌があり、小柄で細っこい身体からは、彼女の体温がほのかに伝わってくる。

 真白、そんな彼女からやってくるこのスキンシップを、ずっと気に入って、これがあるからこその朝だと思っている。


「最近寒くなってきたけど、こうしていると、温かいわね」

「ふふ、そうでしょシロちゃん。こういう寒い日の今朝は、特にシロちゃん分を補給したくてですな」

「あたしもよ。朱実分をもっと補給したい」

「おお。シロちゃんが言ってくれると、今日も一日フルパワーで頑張れそう」

「朱実もそこまで言うなら、別に、一日で切れないくらい補給してくれてもいいのよ? こう、もっとぎゅっと」

「それも良いかもしれないけど、それじゃ毎日こうやって補給できないからね。やっぱり一日一日大事に補給しないと」

「そう言われれば、そうかも知れないわ」


 補給で温かく満たされていく身体と心。

 そして……どういうわけか、周囲の生徒達からやってくる真白達への視線も、温かいような気がする。

 それもそのはず。先日の文化祭の場で、真白と朱実の関係は大々的にカミングアウトされてしまったからだ。

 その日はもうクラスメートを初めとする周囲からの祝福の嵐で、真白と朱実は息つく暇もなかったのだが、大騒ぎはその日限りのことで。

 今は、こうやってささやかに優しく見守られる日々が続いているのだけど。


「ねえ、朱実。文化祭のあの日のことなんだけど」


 ……そういえば、真白としては気になっていたことが、一つある。


「? どうしたの、シロちゃん?」

「文化祭で朱実を見つける趣向のアレ。結局、なんで朱実はあんなことを思いついたの?」

「ん……そういえば、シロちゃんに言ってなかったね。時々ちょっと、不安になることがあったんだよ」

「不安? なにが?」

「初めて出会ってからの高校生活だったり、告白だったり、そして今に至るまで、シロちゃんとの関係がとても順調すぎて。しかも、友達や家族、他の人達も含めて、わたし達の関係を優しく見守ってくれて。……この優しい世界は、本当は夢か幻なんじゃないかって」

「…………」


 言われてみれば、そうかも知れない。真白はそこまで深く考えたことがなかった。

 なるほど、わずかに距離が空いた期間やお互いに会えなくなった期間、帰宅を共にできなくなった期間などもあったけど、本当に微々たるもので。

 改めて考えてみたら、ここまで順調すぎると、逆に疑ってしまうのはしょうがないことなのかも知れない。

 仁科朱実は、優しくて、可愛くて、頼りがいがありながらも、ちょっと恥ずかしがりで、ほんの少し慎重な子だっていうのが、ここ半年以上の彼女との生活でよくわかっているだけに。


「でも、大丈夫だった。シロちゃんはきちんと、わたしのことを見つけてくれたから」

「朱実」

「しかも、まったく時間をかけずに見つけてくれちゃうんだもの。シロちゃんは本当にすごいなって、心から思った」

「それじゃ、もう、大丈夫?」

「うん。わたしは、シロちゃんを、この世界を現実だと信じているよ」

「そう言われると、照れちゃうけど……そうね。あたしからも、朱実に言わせてもらって良いかしら」

「え?」


 きょとんとなる朱実。

 真白はくっついていた朱実の腕を解いて正面に回って、その大きな瞳をまっすぐに見つめながら、



「例えこの世界が夢や幻であっても。あたしは必ず、朱実のことを見つけるわよ」


「――――」


「そして、例え世界が今みたいに優しくなくても、どんな世界であっても、あたしは朱実のことを大切に思うし。きっと、朱実のことを好きになるよ」



 乃木真白が、心から、想ったことだ。

 そして、躊躇わずに自分の想いを伝えることで……朱実は、顔を真っ赤にしたり、口をパクパクさせたりと、いろいろと照れの入った面白いリアクションを見せてくれるのだけど、それもこれもすべて、



「……うん。ありがと、シロちゃん」



 想いを、可愛い笑顔できちんと受け止めてくれる形だと、真白にはわかっている。


 受け止めてくれるから、真白はとても嬉しくて。


 好きという感情が、また、あふれてきて。


 素直に、それを伝えたくなる。


 本当に、大切な人だ。

 ずっと、ずっと一緒に歩いていたい。


「あ。おーい、シロっち、アカっち。今日も仲良しだなっ」

「おはようございます、お二方」

「真白、朱実。あともうちょっとで予鈴鳴っちゃうわよ」

「お急ぎくださいませ。待っていますので、共に参りましょう」


 そして、真白と朱実を中心として。

 今、校門前で待ってくれている友達。

 校内にいるクラスメート達。

 家で待ってくれている家族。

 そして自分達を見守ってくれるこの優しい世界も。


 真白は、大切にしたいと思う。


「っとと、ちょっと立ち話が長すぎちゃったみたいね」

「そうだね。今日も行こうか、シロちゃんっ」

「朱実、途中だった補給は?」

「もちろんするよっ」

「だと思った。朱実、ほら」

「うんっ」


 補給効果と、これからもお互いの存在を感じ取れる確信とで、気力充実。

 さあ、今日も一日頑張ろう。

 再びくっついて腕を組みながら歩き出す、乃木真白と仁科朱実の足取りは、とても軽い。

 

  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★

 

 いつだって、そう。

 乃木真白は躊躇わない。

 やりたいと思っただけで、なんでも実行してくれるし。

 伝えたいと思っただけで、なんでも気持ちを伝えてくる。


 そんなシロちゃんのことが。

 わたしは、ずっと、いつまでも――



「大好きだよ」




[おしまい]

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わたしの友達は躊躇わない 阪木洋一 @sakaki41

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