ACT119 わたしを、見つけて?
「あれ? 朱実?」
文化祭二日目、正午前。
クラスの出し物である喫茶店の、真白と朱実が入る分の全シフトが終了し、更衣室で喫茶店の服から学校の女子制服に着替えて、あとは朱実と一緒に文化祭を楽しむだけといった具合であるのだが。
先に着替え終えて、更衣室の外で待っているはずの朱実がその場に居ないのに、真白は気づいた。
「……トイレかしら?」
呟いて、この更衣室前で十分ほどそのまま待ってみても、朱実が戻ってくる様子はない。
これには真白、胸中が穏やかではなくなってしまう。
これから一緒に屋台を見回りながら買い食いしたり、真白としてはちょっと苦手なお化け屋敷に入ったり、輪投げで景品をとって朱実にプレゼントしたり、静かな場所での休憩中にこっそり隠れてキスをしたり、他にもたくさんたくさん、特別なことをしようと思っていたのに。
朱実が一緒じゃなければ全部が出来ないし、朱実の居ない祭りの場など、考えられない……!
「どうしよう」
とにかく、探し回ってみるか。
それとも、この場で留まるか。
「ん?」
そんな風に真白が焦燥感で悶々としていたところ、自分のスマホに、メッセージアプリの着信音が響いた。
しかもこの音は、朱実からメッセージが来たときのみに設定しているものだ。
すぐさま、真白はスカートのポケットからスマホを取り出して、メッセージアプリを開く。
「……え?」
そこには、こう表示されていた。
『わたしを、見つけて?』
「…………」
何故、彼女がそういう趣向を思いついたのかはわからないが、つまり、そういうことらしい。
この文化祭という祭りの場で、しかも正午の時刻もあって人が多く行き交っているという条件下で、真白は朱実を見つけないといけない。
これは大変そうだ、とは思ったけど。
「あたしになら、出来るわ」
だからこそ、
『すぐに、見つけてあげる』
そのように返信だけをして、真白はスマホをポケットに仕舞ってから、思案を巡らせる。
見つけてほしい、と言うからには、動き回ったりはしていないと思う。
朱実は何処かで待ちながら、このメッセージを送ってきたのだろう。
もちろん、文化祭だから高校の敷地からは出ず、あくまで校内から。
ならば、彼女はどこに行ったのか。
朝の『補給』を行う通学路……は校外だから、『補給』がいったん一区切りになる昇降口。
一緒にテスト勉強をした図書室。
よく昼食を共にした中庭。
もしくは、食堂。
彼女に甘えたり甘えさせたりした家庭科室。
バスケなどで絶妙なコンビプレイを発揮した体育館。
彼女への想いに初めて気づいた、屋上の入り口前。
他にも、たくさん、たくさん。
校内で思いつく場所は、いっぱいある。
そして思いつく度に、朱実とのその場所での思い出が鮮明に甦り、真白を愛おしい気持ちにさせる。
同時に、校内だけでなく高校の外でも、たくさんの思い出が甦ってくる。
それらすべて、彼女と初めて会ってから一年も経っていないうちにあったことだという事実にも驚かされる。
そして、そんな愛おしさがこれからも続いていくのだから、真白としては楽しみが止まらない。
「――わかったわ」
だからこそ真白は、今、朱実が居そうな場所に気づくことが出来た。
きっと、あそこだろう。
というより、
「そこしかない、ものね」
ならば、行こう。
そこで朱実が待っている、という確信を持って。
真白は、悠然と歩を進めていく。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
シロちゃんと過ごす日々の中で、ごくまれに、思うことがある。
――幸せすぎて、逆に、ちょっと怖い。
高校生活が始まってからずっと、わたしは満ち足りていて、その中心には必ず、シロちゃんが居る。
彼女が居るからこそ、彼女に恋をしたからこそ、そして彼女がわたしに恋をしてくれるからこその、今なんだと思う。
確かに、これまで、シロちゃんとはちょっとした意見の食い違いがあったり、わたしがバイトを始めてからは放課後に会えない期間というのもあったけど、それでも、関係に全くヒビが入ることなく、大きなケンカになることもなく、とても順調にシロちゃんと過ごせてきた。
なおかつ、わたしの家族や友達をはじめとして、周りを取り巻く世界はとても温かくて、これ以上の幸せがないくらいだ。
幸せなのは、嬉しいこと。
本当に、嬉しいこと。
だからこそ、不安になる。
この幸せは、わたしの見てる夢か幻なんじゃないかって。
だからこそ、確かめたくなる。
今、わたしのちょっとした意地悪による試みがあっても、この幸せはきちんと続いてくれるのか。
それでもって、怖くなる。
もし、本当に続かなくなって、今見ている世界が夢幻だとしたら。
……その先は、考えられない。
先ほどにメッセージの返信にあった、『すぐに、見つけてあげる』という言葉を信じて。
ただただ、わたしはこの場で、愛する人を待ち続けるのみ――
「見つけたわよ」
だったんだけど。
わずか、五分も経たないうちに。
その、愛する人は、わたしの目の前に姿を現した。
「シロちゃん」
「朱実。どうしてここが、とか言わないよね?」
「……だって、今ここ、クラスの出し物の喫茶店になってるんだよ?」
そう。
わたしが待っていたのは、一年二組の教室。
現在、出し物である喫茶店になっていて、その店のとある一席に、クラスメート達に少し無理を言って座らせてもらっていたんだけど。
まさか、こんなにも早く見つけられてしまうとは……!
「お~、さすが乃木さんですね~。記録、四分十六秒でした~」
「くーっ、賭けは黒木の一人勝ちかよ。絶対に十分以上かかると思ってたんだけどなぁ」
「もう少し手こずりなさいよね……と言いつつ、さすがに一時間以上は大穴だったわ。うーん、甘く見過ぎていた」
「これも、乃木の愛のなせる業か。完敗……もとい、乾杯だぜ」
「ふっふっふ、またわたしの食券のストックが潤いますね~」
……あと、現在店員としてシフトに入っている黒木小幸さんをはじめ、クラスメート達にわたしの思いつきを賭けの対象にされていたことについては、ひとまずスルーしておくとして。
「シロちゃん、敢えて訊いておくけど、どうしてわたしがここにいると思ったの?」
「簡単よ。この教室の、そして朱実が今座っているあたりのここが、あたしと朱実が初めて会った場所だもの」
とりあえずの質問にも、シロちゃんは笑顔であっけらかんと答えてくれる。
……ああ、正解だ。
そして、わたしの中の不安は、どんどん溶け消えていったのがわかった。
「……もう、参ったよ。シロちゃんは、わたしのことなら何でもお見通しなんだね」
「どうしてこういうことを思いついたかまではわかってないけど、朱実が見つけてというなら、例え何処にいたって、あたしは朱実を見つけるわよ。だって――」
「? だって?」
不安が消えて、わたしの気分がふわふわしていたためか。
「朱実は、あたしにとって一番に大切な彼女だもんねっ」
わたしは、いきなりやってきたシロちゃんの無意識を止めることが出来なかった……!
瞬間、クラスメート達はおろか、室内にいた他のお客さんまで全員『ガタッ』となって、こちらに注目をしてきた。
その視線を比率でいえば、当惑が二割といったところだけど、その残り八割はというと、
『お~~~~~~~~~』
なんだか生温かくて微笑ましいそれと、感嘆とも言えるため息だった!?
っていうか、
「し、し、シロちゃん!?」
いきなりの関係のカミングアウトに、もちろん、わたしは顔にどんどん熱を持っていくんだけど。
そんなわたしとは裏腹に、シロちゃんは平然としており、
「ごめん、朱実。気分が乗り過ぎちゃって、自分が抑えられなかったわ」
「ごめんと言いつつ、全然申し訳なさそうに見えないんだけど!?」
「でも、さっき茶々様が言っていたように、もう公然の秘密みたいなものかなとも思っていたし」
「……まあ、そう言う空気もあったかも知れないけど、いきなりハッキリさせるのは、まだ恥ずかしいというか……!」
「照れている朱実可愛いよ朱実」
「堂々と色ボケしないで!?」
「それに、付き合い始めてからの夢だったの。朱実はあたしの最高の彼女だって自慢するのが(ACT44参照)」
「そっ……そ、そ、そんな野望を抱いていたの!?」
「その夢が叶った今、あたし、改めて人目を気にせずに言いたいわ。あたしは、朱実のことが――」
シロちゃんがそのように言い掛けるのに、今室内にいるクラスメートの皆と、あと何故か当惑から納得へと感情を切り替えた一般客の皆さんが『おおっ』と身を乗り出すのを雰囲気でわかって。
「!」
咄嗟に、わたしは人差し指でシロちゃんの唇と、その先の言葉を塞いだ。
「?」
シロちゃん、それだけで驚いた顔で言葉を止めつつ、こちらを見てくる。
見てくるのだけど。
――わたしがこうしたことに、その先にあるものを期待しているかのようにも見えた。
うん。
わかってるよ。
今の幸せを確かめる場所としてここを指定したということは、わたし自身、こうしようと思っていたから。
この一年二組の教室は、わたしとシロちゃんが、初めて会った場所で。
初めて、想いを告白した場所でもあるから。
……まあ、わたしからではなく、シロちゃんがいきなりわたし達の関係を公言したのは想定の外だったけど。
やっぱり、
「わたしから、言わせて?」
この言葉だけは、わたしから出さないとね。
「好きだよ、シロちゃん」
告白の再現は、先日の図書室の時(ACT106参照)に続いて二度目。
そのとき、シロちゃんは感極まって泣いちゃったけど。
今は。
「あたしも、朱実のことが大好きよっ」
笑顔で、はっきりとそう言ってくれたのに。
わたしの幸せは、また一つ、前に進んだような気がして。
「うんっ」
自然と、わたしはシロちゃんの胸に飛び込んでいて、シロちゃんもまたそんなわたしを受け止めてくれて。
わたし達は抱き合った。強く。強く。
「お~、これまた良いものを見せてくれますね~」
「ひゅ、ひゅー」
「予想していたものよりすげえ……」
「何というか、おなかいっぱいになるわ……」
「ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち」
周囲からは、いろんな声や拍手が聞こえたりしてくる。
全部が全部、祝福だとわかった。
とってもとっても、優しい世界にわたし達は生きている、と実感できた。
そんな実感があったからこそ、もう一つ。
「シロちゃん」
「ん、なに、朱実」
シロちゃんに、言いたいことがある。
「わたしを見つけてくれて、ありがとう」
心からの、お礼だった。
これに、シロちゃんは頷いて、
「この先も、朱実がどこに行こうと、絶対に見つけてみせるわ」
「うん、絶対だよっ」
笑い合って、これ以上は、もう言葉は要らない。
もうしばらく、わたし達は人目を気にすることなく抱き合った。
……その後、このカミングアウトが校内に一斉に広まって。
クラスメートはおろか、他のクラスや他の学年の知り合い、果ては知らない人たちにまで祝福攻めにあって、二人きりで文化祭を楽しむ余裕がなくなっちゃうのを、抱き合う今のわたし達は知る由もない。
ここまで優しい世界だと、また少し怖くなっちゃうけど。
――この幸せは、夢でも幻でもないと。
わたしは、信じることができるよ。
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