ソース・vs・ソース学園

ちびまるフォイ

求める人にはつねに真実がよりそう

「知ってる? 3組の佐藤が彼女できたんだって」


「……ふーーん。その証拠は?」

「え」


「証拠は? その判断をした理由は? その情報源は?」


「ただの噂じゃん」


「そういう根も葉もない噂を流すのは犯罪だって知らないのかよ」


「その証拠はあるのかよ」

「あるよ」


俺はスマホの画面を見せた。

いつでもすぐに見せられるようにブックマークしている。


「ほら、ここに書いてある。今年に決まった法律で、

 テレビもネットも人間の話でも嘘をつくと逮捕されるんだよ。

 だから、何かを語るときは常に証拠を出す必要があるんだ。

 あと、これは法律の公式ページだから嘘じゃない」


「あ……ああ……」


「確証のないデマを流すくらいなら証拠を集める努力をしろよ。

 俺の人生を嘘で惑わせるな。今回は通報しないでやるけどさ」


クラスメートは泣きそうになりながら去っていった。

「証拠なし罪」が決まってから目にする情報は一気に変化した。


「なんか、もう昔の"熱愛報道!"とか見なくなったよな」

「恋愛に証拠なんて出せないもんな」


昔はテレビで芸能人のスクープが時間を割いていたが淘汰され、

事件や事故でもそれが本当に起きているかどうかの証拠を示さなければならない。


ネットでも誹謗中傷に限らずすべての情報発信で嘘は許されない。


なにかコメントするときでも証拠を示しつつ語らなければ誰にも信用されない。

それだけに「ネットで見た」「テレビで見た」の信用度は昔より高くなっていた。


「いちいち、情報を見た側が調べなくてもいいから楽だよな」

「だな」


今はずいぶん生きやすい世界になった。


昼休みが終わって教室に戻ると、みんなスマホを片手にうろうろしていた。


「なにやってんの?」


「いや、証拠集めようとしてるんだよ。3組の佐藤に彼女ができたっていう」


「ああ。でも、証拠なんてわざわざ探さなくても。お前、佐藤と仲良くないだろ」


「バカ。証拠には価値があるんだよ。

 自分に興味がなくても、興味がある人が証拠を求めるだろう」


「……なるほど」


キスをしている瞬間でも収められればと佐藤は常に軽快されていた。

うかつな噂は流せないが、やっぱりみんな噂好き。


確たる証拠を持っていれば、甘い噂の発信源に返り咲くことができる。


「まるで記者みたいだなぁ」


その時は一歩引いてその様子を見ていた。

翌日の学校ではひとだかりができていた。


「どうしたんだよ、このひとだかり」


「へへへ。実は付き合ってるっていう証拠を見つけたんだよ。

 みたい? なぁみたい?」


「いや……」


「ざーーんねんでしたーー。証拠をお前もほしければ金を払いな。

 証拠料1万円だからな!」


「聞いてないし……」


たかだか噂なのに強気な価格設定。

それでも噂の証拠はみんながこぞって買い求めていた。

みんな噂を流せるという権利がほしいに違いない。


証拠を知ったら知ったで「買ってないお前らとは違う」と

情報量を踏み台にして相手より優位に立つ……気分になれる。


「証拠ください!」

「証拠おしえて!」

「証拠を! はやく!」


みんな自分が「噂の真偽を知らない流行遅れ」にならないよう必死に証拠を求めた。


「そんなの、本人に直接きけばいいのにな」


第三者の集めた証拠をこぞって求める人だかりに気味悪さを感じた。

俺は噂の渦中である佐藤に聞いてみることにした。


「つきあってる? ないない。そんなわけないじゃん」


「そうなんだ。証拠は?」


「ほら、これうちの家系図の画像」

「よくそんなの撮ったな」

「いつも証拠求められるから」


家系図には文字だけでなく顔画像まで表示されていた。

いざというときに家族関係が本物かどうかの証拠を求められる場合もあるかららしい。


「うちの家系で女はうちの妹だけなんだ。彼女っていったのも妹の勘違いだろ」


「噂じゃ、お前がおとといデートしてたって言ってたけど

 その相手が本当に妹だっていう証拠は?」


「ほら、そのときの写真。画像に日付と時間うつってるだろ?

 おととい。で、これが妹。顔も家系図と一致しているだろ」


「……ほんとだ」


これはもう否定できない。


「なぁ、この画像とかもらってもいい?」

「いいけど。なにに使うんだ?」


「証拠に使う」


俺はひとしきりの情報を手に入れると、売られていた証拠のすぐ横で、証拠を売り始めた。


「さぁ、みんな聞いてくれ。そっちでは恋人だっていう証拠はあるがそれは嘘だ。

 俺のはもっと確定的な証拠をこっちで売っているぞ!」


人だかりの注目が一気に俺の方へと向けられる。


「ほ、ほんとうなのか?」


「ああ、あっちが嘘をついているという証拠がある。

 証拠がほしければ2万円だよ。なにせあっちより良質の証拠だからな」


「教えてくれ!」

「買った!」

「こっちのがいい!」


「押さないで。大丈夫。証拠を見せるだけから、いくらでもできるよ」


証拠を見た人はあっという間に手のひらを返して、

これまで別の証拠を売っていたほうを激しく糾弾した。


「おい! 嘘を教えやがって!」

「嘘つきは死ね!!」

「1万円返せよこの嘘つき!!」


「ちが……っ、僕は本当に……」


「本当? なにいってる。真実は俺の証拠さ。

 信じられないなら、俺の証拠を見ればいい。2万でな」


「……うっうるせぇ!!」


さすがに負けた相手の証拠をわざわざ金を出して買うのは抵抗があるようだった。

中途半端な証拠を持ってくるからそうなる。


後日、また人だかりができていた。


「みんな聞いてくれ! 新しいもっと正しい証拠を持ってきたぞ!

 やっぱり彼女ができたってのは本当だったんだ!」


「なに!?」


人だかりをかき分けて入っていく。


「バカな! 俺はお前の証拠に勝っていたはずだ!!」


「ひひひ。お前の証拠が中途半端だったんだろう?

 お前も買っていくか? こっちの証拠を。3万だぜ」


「バカ言え!」


俺だって買うものか。それは自分の証拠が嘘でした、と認めたことになる。

一方で新しい証拠を手に入れた人たちは一斉に目の色を変える。


「てめぇ! よくも嘘ついたな!」

「もっともらしい証拠を買わせやがって!」

「死ね! 金返せどろぼー!!」


「ぐっ……!!」


いったいどんな証拠を掴んだと言うんだ。

俺の証拠は確実だったはず。


それでもこのまま新しい証拠を出さなければ、俺は嘘つきになってしまう。


「これしかない!」


俺はすぐにまた新しい証拠を提示した。


「みんな聞いてくれ! 俺は完全無欠で不可逆的で前代未聞の

 スーパーアルティメットで超絶無敵な証拠を持ってきたぞ!」


新しいもの好きの群衆は振り返る。


「た、だ、し。今回の証拠はこれまでとはまるで違う。

 完璧だ。もうどこにもつけいるスキがない。それだけに高額。

 そうさなぁ、100万は必要だ」


「ひゃ、ひゃくまん!? そんなの払えるわけない!」


「それならそれでいい。俺は100万だけの完璧な証拠を持っている。

 知りたくなったっらいつでも来てくれ。誰にでも分け隔てなく教えてやるよ」


もちろん100万で証拠を帰る人なんて誰もいない。

でも、こうして新しい証拠を持ってくれば俺を糾弾することはできなくなる。


「100万だってよ……」

「それだけの価値があるってことは間違いないよな」

「この3万の証拠も実は嘘なんじゃね?」


100万証拠を売り始めてから、だんだんと3万の証拠が信じられない人が出てきた。

それはインフルエンザのように人から人へ感染していって、

しだいに「偽ブランド品」のように証拠を信じなくなっていった。


「100万の真実があるのに、3万の証拠なんて嘘にきまってる!!」

「そうだそうだ! 金返せ!!」


「ハハハハ!! ざまあないな! 今度はもっとちゃんと調査することだな!」


「貴様! どうやって100万の証拠なんて手に入れたんだよ!」


「それは秘密に決まってるだろ、このペテン師め」


形勢逆転。俺は真実の伝道者となった。

100万に見合う証拠なんてひとつもない。


けれど、値段が高い証拠があるというだけで、それ自体が証拠になる。


安心していたのもつかの間。



「100万の証拠をください」



「え?」


ひとりの女が証拠を買いにやってきた。


「冗談だろ? 100万だぜ? 持ってるわけ無いだろ」


「持ってきている。これでいいんでしょ」


ぽんと帯にくるまれたお金が出てきた。

どう見ても偽物じゃない。


「私、真実か嘘かをいちいち判断するのは嫌いなの。面倒だし。

 お金で解決できるあらゆる面倒なことは片付ける主義だから」


「ま、まぁ待てって……」


「お金は払ったわ。教えてよ、本当の真実を」


額から汗がぶわっと吹き出した。


「そ、その……実は証拠をさらに補強する証拠を見つけたんだ。

 その分が上乗せされて、100万じゃなくて200万に――」


「あるわ」


「しょ、証拠の希少価値があるから、さらに300万に――」


「ある」


「君だけに話すから、その分を考慮して1000万円だ!!」


「払う!! だから早く話しなさい!!」


開かれたアタッシュケースにさんぜんと輝く札束、札束、札束。

こいつは俺がどんなに値段を吊り上げても買う気で来ている。


必要以上に吊り上げれれば逆に疑われてしまい価値を失う。


もうだめだ……。



「……さい」


「サイ?」


俺は思い切り土下座した。


「ごめんなさい!! ほんとうにごめんなさい!!」


「どうしたのよ急に」


「実は……証拠なんてないんだ! 何も俺は掴んでない!

 でも……でも負けるのが嫌で、悔しくて……。

 みんなも辛く当たってくるからそれを逃れたくて!!」


「どういうこと? わかるように話して」


「100万円の証拠なんてない。全部うそっぱちなんだ。

 誰にも買えないほど高額な証拠を持ってるって言えば、

 俺が証拠をつかんでいると思ってくれるから、それで嘘をついたんだ」


「そうだったの」


「すまない。騙してたわけじゃないんだ。

 でも、これが真実なんだ。金はいらない。だから――」


「いえ、このお金はあげるわ」

「え?」


女はじっと俺の目を見た。



「あなたが証拠を持っていないっていう証拠を出して」



俺はもう何も言えなくなった。

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